3382 【絆】
弾丸が世界を切り裂きながら一点に向かって飛行していた。鉛の弾はウィル・パランタインの首に掛けられた縄を千切った。
響き渡る銃声によって、群衆は散り散りにアーチボルトから離れていく。
アーチボルトの銃は馬上から間髪を入れず、パランタインを捕縛していた処刑人達を容赦なく撃ち抜いた。
反逆者として処刑される直前だったパランタインをアーチボルトは抱え上げ、馬に乗せた。
「ドジを踏んだらしいな。 生きてるか?」
パランタインに声を掛ける。
「アーチボルト、お前か……なぜ来た?」
捕らえられていた間にパランタインは衰弱していたが、アーチボルトの背にしっかりとつかまった。
「その話は後だ、飛ばすぞ」
周囲の混乱の中、アーチボルトは馬を駆けた。手慣れた捌きで機械馬を操り、人と障害物を避け進む。
態勢を立て直した守備隊が、馬を捕らえようと次々に飛び出してくる。
この街の守備隊が「荒野」を渡る術を持っていないことを、アーチボルトは知っていた。
アーチボルトの機械馬が大きな駆動音を唸らせる。散発的に続く守備隊からの銃撃を避けながら、緩急をつけた動きで門への道を駆けぬけた。
外へと続く門の前には門衛が陣取っていた。そこへ速度を落とさずにアーチボルトは突っ込む。構えた銃からは精緻な軌跡を描いて弾が飛翔し、門衛達を仕留めた。
門扉を打ち破って外に飛び出し、アーチボルトとパランタインを乗せた機械馬は荒野を進んだ。散発的な銃声が響くが、すぐにその音は聞こえなくなった。
追ってくる者はいなかった。
荒野には夜が迫っていた。西に沈む太陽を見ながら、アーチボルトはパランタイン達反乱軍の拠点となっているキャンプへ向かった。
◆
パランタイン自身は「荒野」に暮らすストームライダーではなかった。しかし、荒野の民たるストームライダー達を決起軍の中心に据えていた。
パランタインはストームライダー達に紛れて都市間を移動しながら、革命のための準備を進めていた。
多くの城塞都市の守備隊にも、徐々にパランタイン派が増えてきつつあった。
しかし、その過程でパランタインは王国軍に捕らえられてしまった。彼が指導者だということは気付かれなかったが、怪しい者を全て厳しく処断している王国軍によって、反乱軍の一味として処刑されるところだった。
◆
アーチボルトは改めて追っ手がいないことを確かめると、速度を落とした。パランタインの様子がおかしい事に気付いたのだった。声を掛けても唸るばかりだった。
日は暮れていた。荒野で一晩を過ごすのは危険だとわかりきっていたが、このままの状態で連れて行くのは難しいと判断し、馬からパランタインを降ろした。
「ウィル。聞こえるか?」
意識を失ったパランタインに話し掛ける。
パランタインは目を覚ましたが、その視線は宙を彷徨っていた。
「アーチボルトか? ここは?」
「街の外だ。もう追っ手はいない」
「なぜ来た?」
「来たかったからさ」
「ごまかすな。シェイラか?」
「まあな」
アーチボルトはパランタインに水を飲ませた。ひどく熱がある。
「どこかに傷があるのか? 痛むところは?」
「すこしばかり休めば問題ない……。 疲れただけさ」
「隠し事はしないでいいぜ。オレはすぐ原隊に戻らないといけない」
アーチボルトはパランタインの表情に異変を感じていた。
「……胸さ。荒野の空気は俺に合わなかったらしい」
胸に手を当ててパランタインは答えた。グールド病が進行していた。「渦」の影響下にある荒野で発生する、致死性の風土病だ。
真っ先に肺がやられ、その後は全身の硬直が進んでいく。パランタインはアーチボルトと同じ二十代後半だったが、やつれていて随分と年かさに見えた。
「ここでしばらく休もう。眠ってくれ」
「……ああ、助かる」
パランタインは目を閉じた。
アーチボルトは立ち上がり、馬から荷を降ろした。
荒野の「獣」に見つからぬよう慎重に場所を選んではいたが、いつでも出発できるように馬と荷を配置した。
地平線の彼方で『渦』の光が夜の雲に反射していた。
◆
パランタインとアーチボルトとは、十年以上前からの友人だった。インペローダの一都市、ハイデンの州兵をやっていた頃に知り合った。
アーチボルトは「荒野」に生まれたが、早くから故郷を離れて都市間を放浪していた。気まぐれで雇われ兵として州軍に属していたとき、二人は出会った。
インペローダは王族の腐敗が進み、各都市では動乱の気配が漂っていた。治安の維持にあたる彼ら州兵の仕事とは、市民に銃を向けることだった。
そんな仕事に嫌気が差したパランタインとアーチボルトは、一部の州兵と共に反乱軍として市民の蜂起に加わった。
若い二人の感情にまかせた行動は、苦い失敗に終わった。多くの市民が殺され、自分達も惨めに敗北した。パランタインはアーチボルトと共に荒野に落ち延びた。
二人はアーチボルトの生まれたストームライダーの一族に匿われた。ここでパランタインは革命家としての人生を始めた。
ストームライダーと共に王国内の都市を巡り、抵抗する市民達を連携させ、指導を行った。
長い時間は掛かったが、次第に彼の革命は現実味を帯び始めていた。何度も失敗を繰り返していたが、確実にその存在を大きくしていた。
しかし、その傍らにアーチボルトはいなかった。
「……もう、俺がいなくとも革命は成就する。 無理に助けに来なくともよかったんだ」
焚火の前で古い記憶を辿っていたアーチボルトへ、目を覚ましたパランタインが声を掛けた。
「らしくない話だな、『不屈の闘士』パランタインにしては」
「もうすぐ人生の願いが叶おうとしている。いまこのまま眠ったあと、目覚めなくとも後悔は無い」
「本当か? シェイラはどうなる。 お前は一人じゃないんだぜ」
苦い記憶の底にあるその名を、アーチボルトは口に出した。
「もう長くないことはお互いわかってるんだ。自分なりに準備はしてきた」
「革命も、家族も、できるところまでやった。こうなったのは運命さ」
パランタインの顔は穏やかだった。
「オレはそんな風には思わないぜ。まだできる。まだ……」
アーチボルトは親友が死病に冒されているという事実を受け入れられなかった。
「まだ……できるか」
パランタインは目を逸らして空を見た。そして目を閉じて、また眠りについた。
陽が昇り、朝になるとアーチボルトは荷を纏めた。
パランタインの症状は、一晩で随分と落ち着いていた。
野営地に向かって二人は出発した。
昼を過ぎた頃に、拠点が地平線の向こうに現れた。近付いていくにつれ、その異変がはっきりとわかった。
野営地は完全に破壊され、人影は見えなかった。
アーチボルトは馬の速度を上げた。
「―了―」