05レオン2

3394 【出発】

監獄の扉が開き、男が入ってくる。その姿を認めて拷問吏が畏まる。

「もういい。その男は解放する」

拷問吏は状況が飲み込めず、男とレオンの顔を交互に見比べるだけだった。

「所長、もう少しでこいつは落とせますよ。 あと、ほんの数時間だけくれませんか?」

納得がいかない拷問吏は食い下がる。自らの仕事が無駄になろうとしているのだから、無理もない。

所長はそれに答えず、自分の後ろに男が付いてきていることを顎で示した。

背後には白い制服を着た初老の男が立っていた。高位のエンジニアを表す制服だった。

「早く鎖を解いていただけますかな? 上からの命令も出ているのですよ」

初老のエンジニアは冷たく言い放った。

「チッ」

拷問吏が煮え切らない表情のまま鎖を解くと、衣類と所持品をレオンへ投げつける。現状で可能な精一杯の不満表明なのだろう。

レオンは立っているのもやっとな様子でそれを受け取る。

「あんたか……」

ぼやけた視界に写った男の姿を見て、小声でレオンは呟く。

「挨拶はあとだ、随分とひどくやられたようだからな。 まずは休みなさい」

戒めから解き放たれて自由の身となったものの、体力の衰えは隠せず、レオンは男の言葉を最後まで聞くと、ゆっくりとその場で崩れ落ちた。

「……っ」

「目が覚めましたか。丸二日ほど眠っておられましたよ」

レオンの目の前には若い看護師の姿があった。

ベッドから上半身を起こして辺りを見回す。医療器具と薬品が目にとまる。どうやらここは医務室のようだ。

疲れが残っているせいか、思考が上手くまとまらない。こういう時はストレートに聞くに限る。

「ここは?」

「ここはアイアコス監獄の医務室です。お待ち下さい、ラーム様をお呼びしますね」

その名前を聞き、レオンは思い出した。この監獄で拷問されているときにあのエンジニアが現れ、自分を助けたことを。

医務室の扉が開き、ラームと呼ばれたエンジニアが現れた。

「レオン、目を覚ましたか」

「まさかアンタが助けてくれるとはな。ラーム」

「なに、お前のような男の命を、こんなつまらんところで失わせる訳にはいかんと思ってな」

「俺がここに捕まってるとなぜ?」

「お前らの盗んだ積み荷はエンジニアの資産だからな。 当然盗んだ者の素性はこちらにも伝わる」

「なるほどな……」

「その様子じゃ、積み荷の中身を知らんようだな」

レオンは無言だ。

「アーチボルトがやったのはわかっている。一杯食わされたようだな」

「……なに、今度会ったら倍返しするさ」

「勇ましいな。しかし、あいつは食えん男だよ」

「あいつが持っていった物は何なんだ?」

「そいつは、お前は知らんほうがいいな。 まあ、大まかに言えば戦争の道具だ」

「エンジニアどもの秘密主義ってのは、ほんと徹底してんな」

「それこそが我々の力の源だからな。まあ悪く思うな」

ラームは改めて切り出した。

「実はな、ひとつお前に頼みたいことがある。 怪我あけで大変だとは思うが、お前の力が必要でな」

「話によるぜ。すこし休みてえからな」

「なに、たいしたことじゃない。 ある物を運んでほしい」

ラームは部下を呼び寄せた

部下は片手で持てる程度の木箱を持ってきた。

「こいつだ。 ある人物を助けるために、こいつを届けてほしい」

「どこに?」

「お前もよく知っている場所。 プロフォンドの『眼』だ」

「眼は無くなったぜ。本隊と同時にな」

「そう、レジメント本隊が最後に消えた場所だ。しかし、今はその場所が重要なのだ」

『眼』と呼ばれる『渦』は、レジメント本隊が全滅した場所であり、最後に消失したプロフォンドだった。

以後、世界から渦は消失し、曙光の時代が開けたのだった。

「あそこは渦こそ無くなったが、今も普通の人間が行けるような場所ではない」

渦が引き込んだ化け物は、数こそ少なくなってはいたが、まだ存在していた。そしてそんな危険な場所にわざわざ寄りつく人間も国家も存在していなかった。

「その場所にこの機械を置いてきてほしい」

「おいおい、ずいぶんとヤバイ話じゃねえか」

たいしたことがないといって始まった話にしては大げさだったので、思わず苦笑しながら言い返した。

「確かに。だがお前ならできる。レジメントの生き残りだからな」

レオンは真顔になって少し思案した。

「あんたには二度、命を救われたことになるな」

レジメントは、眼《ジ・アイ》と共に本隊が地上から消滅した後に解体された。しかし、本隊に同行しなかった若年の騎士達が残っていた。

「みな、アンタがいなければ、連隊の解体とともに処分されていた」

「まあ、そうなるが。 私がお前達を助けたのは役得でも義務でもない。 死ぬ必要が無いと思ったからだ」

「借りたものは返さなきゃな」

「やってくれるか」

「ああ」

「で、そいつをどうすりゃいいんだ?」

「若い技官に説明させよう」

ラームは若い部下を呼び、引き渡す機械の話をレオンに聞かせた。

「頼んだぞ、レオン」

ラーム達を乗せた馬車を見送り終えると、自身も出発する事にした。門の向こうでは拷問吏がこちらを睨んでいる。いい気味だ。

アイアコス監獄の周囲には何も無く、ただ荒野が広がるのみだった。

「さて」

今後すべき事に思いを巡らせると、荒野の乾燥した空気を大きく吸い、一度深呼吸を行う。

背負った荷物は思ったより重たく感じた。レオンは落ちた体力を恨んだ。

「面倒なことになりやがったぜ」

ラームより託された荷を背負い、レオンは荒野の中を一人歩き出した。

「―了―」