3395 【スラムの少年】
チンピラ達は矛先を変え、アベルと対峙する。
対象が替わっても変わらぬ殺意。どうやらアベルの事も生かして帰すつもりは無いようだった。
スリの少年はこの機に乗じて逃げ出すような気配を見せない。事の成り行きをしっかりと見物する腹積もりらしい。
よほど肝が座ってるのか鈍感なのか。アベルは半ば呆れた。
◆
「やっちまえ!」
頭目と思わしき男の合図で、二人がアベルに飛びかかる。
「やれやれ。随分と血の気が多いことで」
攻撃を避け続けながら、チンピラ達の実力を見極める。
素早い身のこなしに加えて息のあった動き。なるほど、強気になるだけあって、そこそこ腕が立つのは確かなようだ。
「ヤロウ、ちょこまかと!」
「その大仰な剣は飾りか!」
息を上げ始めたチンピラ達が減らず口を叩く。威勢の良さは変わらない。
二人の攻撃が止まり、目配せをしたと思うと、タイミングを合わせて攻撃を仕掛けてきた。
ほぼ同時の攻撃、並の相手なら防ぐ事ができずにその刃に倒れたのだろう。だが、彼等の前に立っているのはレジメントの生き残り、アベルだ。
頭目らしき男が勝利を確信した次の瞬間、二つの金属音と二つの呻き声が路地に響いた。
アベルが行った最初の反撃、二人に対しての一閃。その一回で勝敗は決した。
大剣の一太刀で武器を弾き飛ばされて呆気にとられている二人を余所に、頭目らしき男の元へ一気に詰め寄った。
「まだやるかい?」
喉元に大剣を突きつける。
「ちっ。行くぞ、お前ら」
実力差を痛感したチンピラ達は、忌々しげに立ち去っていった。
◆
「大丈夫か、小僧。ま、これに懲りたら金の稼ぎ方を考え直してみるんだな」
かかっていた網を外してやると、しゃがんだままの少年に手を差し出す。
少年はその手をつかみ返す事なく一人で立ち上がり、衣服のホコリを払った。
「助けてくれなんて一言も頼んでないよ、おじさん」
アベルを見据え、まるで何もなかったかのように少年は言い返した。
「おじ……!」
アベルは物怖じしない少年に意気をくじかれた。
「あのなぁ、そこは一つ二つ感謝の言葉を言うところだろう」
アベルは頭を掻きながら少年を諭すが、聞こえていないかのように反応が無い。
「とにかく、盗んだものは返してもらうぜ」
少年から金の入った革袋を取り返して腰に付け直す。2~3回軽く革袋を叩き、その存在を再確認する。
「じゃあな小僧。余り無茶はするんじゃねぇぞ」
少年は無言で突っ立っていた。こんな子供が命懸けで泥棒でもしなければ生きていけない世界なのだ。
「おっとそうだ。腹へってんじゃねえのか、小僧。なあ、メシに付き合え」
アベルはちょっとした同情心から考えを変え、少年を連れて酒場に向かった。
◆
レオンとの待ち合わせ場所でもあった酒場に到着すると、酒を注文し、メニューを少年へ手渡す。
「ほれ、好きな物を頼みな」
周囲の視線が二人に集まっていた。それは余所者と子供が酒場にいる、というだけではなさそうだった。
酒を取りにカウンターに行くと、バーテンが話し掛けてきた。
「兄さん、アイツはスラム街のゴロツキを纏めあげてる悪ガキですよ。警察も手を焼いている札付きだ。下手な関わりは持たない方がいいですぜ」
「アイツが? 冗談だろ」
笑いながら、警告を意に介さない。
「なに、剣の腕には少しばかり自信がある。ここらの悪ガキやゴロツキ達が束になってかかってきたところで、全部追い返してやるさ」
そう言うと、アベルは酒を抱えてテーブルへと戻っていった。
◆
「ところで小僧、ここらで顔が広いってのは本当か?」
顔をグッと近づけて少年に問う。
「……小僧じゃない。あと酒臭い」
「ん?」
「ボクにも名前がある。ジェッドだ」
一丁前にプライドがある様子を見て、アベルは微笑む。
「これはすまんな。そういえば俺も名乗って無かった。アベルだ。よろしくな」
「別におじさんの名前は聞いてないよ」
つくづく可愛げの無い。アベルに対する呼称を変更するつもりは無いらしい。
「まぁいい、もう一度聞くぞ。ジェッド、ここらで顔が広いってのは本当か?」
食事を口に運びながら頷くジェッド。
「どうだ。一つ仕事を頼まれてみないか」
「ひごと?」
口の中に食べ物がある状態で聞き直した為、少しおかしな発音になる。興味は持ったようなので説明を続けた。
「人探しだ。俺のダチなんだが、こっちに呼んでおいて一向に姿を見せない困った奴でな」
アベルはレオンの人相を伝える。
「今までに見かけた奴がいないか、一週間くらい聞き込みしてくれないか。報酬は一日あたりこのくらいで……そうだな、報告時に飯も奢ってやるよ」
革袋から報酬金額を取り出して提示する。
「やってもいいよ」
言うや否や、テーブルに置かれた現金をさっと懐にしまい込む。
「おいおい、前金と言ったつもりはないんだが……まぁ頼んだぞ。報告は毎日。この場所にこの時間で」
◆
「どうだった」
翌日の酒場。アベルの前には酒、ジェッドの前には大量の食事が並ぶ。二人の存在だけでなく、ジェッドが注文した大量の料理にも周囲の視線が集まる。だが当人達は気にもとめない様子だった。
「東区の連中は誰も見てないし、知らないって」
「そうか」
「その人、もう死んでるんじゃないの」
考えまいとしている事をあっさりと突きつけられる。
「その心配はしてない。アイツは殺しても死ぬような奴じゃないからな」
機転が効いて腕も立つ。そんなレオンが何故アベルをこの街に呼んだのか、その本人が何故未だに現れないのか。疑問ばかりが積もっていく。
◆
ジェッドにレオン探しを頼んでから一週間が過ぎた。
今日も酒場で食事をしながら、代わり映えのしない、そして最後の報告を受ける。
「やはり手がかりなし、か。 短い間だったが世話になったな」
ジェッドに革袋を放り投げる。一度は盗まれた革袋だ。当然中身は当時より減っているが、それでも事前に約束した報酬よりはずっと多い。
「これでしばらくは食うに困らないだろう。その間にカタギの仕事でも探しておくんだな」
「約束より多いよ」
「なに、気にすんな」
そう言ってアベルは酒場の勘定を済ますと、振り向かないまま背中越しに手を振り、別れを告げた。
◆
ミリガディアにいた痕跡もなく、いつまで待っても来ない。
元々時間をきっちり守るような奴ではなかったが、やはり何かあったと考えるべきなのだろう。
ジェッドにも話した通り、命の心配はしていない……が、何か厄介事に巻き込まれている可能性はある。
アベルはレオンの行方を探す為、ミリガディアを離れる決意をした。
「―了―」