3385 【代替】
あ、誰かがぶつかった。
ボロボロの白衣は主任っぽいな。派手なサンダルの方は、この間入った新人君かな?
あ、いつも嫌味満載で文句ばっかりの主任が先に謝った。めっずらしー。
うーん、これは何だろう。もしかして二人は……!?
いや、まてよ……
◆
「C.C.、C.C.! 聞こえているんですか?」
「ふぁっ!? はいっ!!」
同僚のタイレルの声でC.C.は我に返った。急に呼ばれたことで変に高い声が出る。
慌てて口を塞ぐも時すでに遅し。先程妄想の種にしていた主任や新人さえも、C.C.の方を凝視していた。
「あう……」
「まったく、また呆けていたんですね。ヘイゼル所長から緊急招集です。 行きますよ」
「何だろう……すぐ行くわ」
呼吸を正して平静を取り戻すと、C.C.は立ち上がって他の所員達と共に所長室へと向かった。
◆
「昨日、あなた方の部署の主任であるセインツが倒れたとの報告を受けました。 原因は不安定な勤務時間と長時間労働による過労。中央病院の見解では、レジメントに戻ることは無理だろうという話です」
C.C.達が所長室に入って間もなく、報告書を読み上げるように、研究所の所長であるヘイゼルは所員に告げた。
この研究所の兵装研究部主任であるセインツは、携行型兵装研究の第一人者であり、C.C.の父親だ。
そして現在はレジメントに出向し、その才能を存分に振るっている筈だった。
「この件に関して、レジメント統括部署から早急に代わりの者を送れとの要求が来ています。 そこで……」
淡々と言い募る所長に、兵装研究部の所員達は俄にざわついた。
導都パンデモニウムに住む者は、地上の人々は洗練されていない野蛮な人間の集まりであると、初等教育の段階から教えられていた。そういった教えを受けているC.C.達にとって、下賎の民とされている地上の人々と接触することは、とてつもない苦痛であった。
「静かに。二日後、レジメントへの補充要員を決定する選考会が開かれます。 兵装研究部の人員には、その選考会に現在の研究成果を提出してもらいます」
突然のことに動揺してざわつく所員を強い口調一つで黙らせると、ヘイゼルは背後にあるスクリーンに選考会の予定を映し出した。
「提出期限は本日の退所時間までです。 開発途中の物でも、全容がわかるものであれば構いません。以上、何か質問は?」
ヘイゼルが周囲を見回す。所員達は黙ったまま俯く。所長の命令に逆らえる者は誰一人としていない。
「無いようですね。 では、C.C.以外は持ち場に戻ってください」
「え……あ、はい……」
他の所員に混じって退室しようとするC.C.を、ヘイゼルは呼び止めた。
やがてC.C.以外の所員が居なくなり、所長室の扉が閉ざされた。
「残留させた意味はわかっていますね、C.C.」
「いえ……」
「言い方を変えましょう。 今回の選考会の件ですが、あなたには特に注力してもらいたいのです。 この意味がわかりますね?」
「セインツ主任の……いえ、父の代わりになれということでしょうか?」
「事実のみを抜き出せばそうなります。セインツ主任は全てにおいて優秀でした。 その代わりを務められるのはC.C.、あなたしかいないと私は考えています」
セインツの遺伝子を優良な形で継いでいるC.C.は、幼い頃から通常の教育課程と並行して兵装研究専門の教育を受けていた。
C.C.がセインツと同じ研究所に配属されたのも、兵装研究者として非常に優秀なセインツの予備という側面が強かった。
だが、それに対して逆らうことは許されないし、そもそも考えたこともない。パンデモニウムの住民にとって、遺伝子スクリーニングによる決定は絶対である。
「ですが、まだ私はここに配属されたばかりで……そ、それに提出の期限も短いのに注力だなんて……」
父親の代わりがすぐに務まるとは思えない。C.C.は必死にレジメント出向を拒否する言葉を探す。
「これは決定事項です。 父親の不始末を解決するのも、代替であるあなたの務めです。期待していますよ、C.C.」
「そんな……」
ヘイゼルはにべもなく言い切った。
◆
所長室から戻ったC.C.は、選考会に提出する兵器の完成図を作るべく、開発室に一人篭っていた。
「はぁ……レジメントかぁ。一体どんなところなんだろ……」
注力しろと言われたものの、C.C.は全くといっていい程やる気が起きなかった。
現実逃避をするように、予備知識だけでぼんやりとレジメントの妄想を脳裏に走らせる。
◆
――渦の脅威に立ち向かう、若いオペレーター。
渦により家族を失い、復讐のためにレジメントに入隊した、少年といっても差し支えないような年齢の男。
彼らは年齢を重ねた上官に見守られながら、時に傷付き、ぶつかり合いながらも仲間との絆を深めていく――。
◆
「若い男の子の熱い友情……それを間近で見られるのは良いかもしれないわね……」
頭は完全に妄想に染まりながらも、手は勝手に動いて図面の組み立てを進めていた。
最新型の折り畳み式携行砲撃兵器の完成図がモニター上に出来上がっていく。
兵器の完成図とその展開図が完成に近づく程に、C.C.の妄想も加速する。
◆
――死と隣り合わせの生活。昨日まで笑いあっていた仲間が、今日には居なくなるかもしれない恐怖。
生と死の狭間で極限まで削られていく心と体。自分はいつまで、ここでこうやって仲間と明日を迎えることができるのだろうか――。
◆
「研究成果の提出はまだですか? C.C.」
不意にヘイゼルの声が開発室に響き、天井のパネルが明るく点灯する。それと同時に、C.C.は妄想を中断させられた。
「え、あっ!? やだ、もうこんな時間! すみません、所長!」
C.C.ははっとなって立ち上がる。時計を見ると、退所時間を大幅に過ぎていた。
「またですか……。 あなたは一度自分の世界に入ってしまうと他の事に目が行かなくなる。 セインツ主任にも似たような癖はありましたが、ここまで酷いものではなかったですよ」
表情を崩すことなく、ヘイゼルはC.C.を咎めた。表情にこそ出さないものの、その語気には明らかに呆れが混じっている。
「す、すみません……」
C.C.の様子など気にも留めず、ヘイゼルはモニターに映し出された携行砲撃兵器の完成図を見ていた。
「これが提出するデータですね」
「あ……それは……」
「おや、違うのですか? 一見したところでは完成しているようですが?」
「いやあの……そうです。 これを提出します」
「ならばいいのです。全く、どうしてこうあなた方親子は、私の手を煩わせることばかりするのか……」
大きな溜め息を残して、ヘイゼルは戻って行った。
◆
「あぁ、またやっちゃったのか……」
所長が去った後、完成した図面を見つつC.C.は項垂れた。
妄想の合間に作業をしたせいで、どのように進めたのか殆ど記憶に無い。
だが、携行砲撃兵器の完成図は成果物としてファイルに纏められており、あとは所定のサーバーに送るだけの状態になっていた。
「……まあ、大丈夫よね」
どの道、ヘイゼルにはこれを提出すると言ってしまっている。
C.C.はファイルをサーバーに送信するべく、キーを叩いた。
「―了―」