36C.C.2

3385 【溜息】

研究成果を提出して間もなく、C.C.は所長のヘイゼルに呼び出されていた。

「私が、ですか?」

「ええ」

所長の推薦か、あるいは実力か。C.C.はレジメント施設への出向を命ぜられた。

レジメント付き技官への任命は、エンジニアにとって出世の近道であった。

渦の向こう側の世界には新たな発見が多く、それに刺激されるエンジニアが多い。

事実、任期を終えて戻ってきたエンジニアは、次々と画期的で新しい理論を発表していた。

「日時は追って通達します。何か質問は?」

「あの、辞退は……?」

「そのようなことが許されるとでも思っているのですか」

冷たい声で返されてしまい、C.C.は縮み上がりながら所長室を出て行った。

「レジメントへの出向が決まったようですね」

作業室に戻る道すがら、正面からやって来たタイレルに声を掛けられた。

同期のタイレルは、短い期間ではあるものの共にローフェンに師事していたこともあり、まともに会話を交わすことができる唯一の人物であった。

「あ、タイレル。もうみんな知ってるんだ」

「ええ。先ほど通知がありましたので」

「そっか」

「おめでとう、と言うべきですね」

「そんなことないわよ。別に私自身の技能が求められてる訳じゃないもの。主任の代替でしかないわ」

「それでも君は選ばれた。堂々と胸を張ってください。それとも、選考に漏れた僕を惨めな気持ちにさせたいのですか?」

「あ……。ごめん、なさい」

タイレルは研究熱心であり、向上心も人一倍持っていた。上級技師になる近道とも言われるレジメント出向に対し、かなりの労力を割いていたであろうことは想像に難くない。

タイレルを傷付けるつもりは微塵もなかった。それだけに、彼のこの言葉はC.C.の心に深い影を落とした。

それから、タイレルと改めて話をするタイミングもないまま引継ぎを済ませ、C.C.はレジメントへと出向した。

「もう帰りたいー……」

レジメント施設にやって来て数週間。

施設の一角にある研究棟の一室で、C.C.は小さく不満を漏らした。

主任クラスのエンジニアが使っていた部屋だけあって、備え付けの設備は上等なものだ。

しかしながら、生活の大部分を機械での自動化に頼り切っていたC.C.にとって、初めての地上での暮らしは中々に大変だった。

まず補助機械なしに全て自らの手で、その上等の環境を保持する必要があった。

ほぼ男性のみの環境がそうさせるのか、研究棟以外の施設では清掃や備品の整頓が行き届いておらず、どれも埃と汚れに塗れていた。

食事ひとつを見ても、外と中を慌ただしく出入りする男達のことを考えると、衛生管理が行われているかすら怪しく思える。

地上は無秩序で汚れていて、お世辞にも整っているとは言い難い。C.C.の目にはそう映っていた。

加えて、事前に受けた『地上での行動における注意事項』が、C.C.の気分を更に重くさせていた。

曰く、職務以外で施設の外へ出てはいけない。

曰く、地上の文化に触れてはいけない。

曰く、レジメントの隊員は地上の者の中でも特に野蛮で下賎なので、職務上絶対という状況以外では接触してはならない。

等々。パンデモニウムの住民として尤もだと思うものもあれば、それはやり過ぎなのでは? と思うようなことまで、実に事細かく規定されていた。

「あの人が過労で倒れたのもわかる気がするわ」

レジメント付きエンジニアの統括責任者は、C.C.に対して前任のセインツと全く同じ技量と仕事量を求めてきた。

そのため、C.C.に与えられる仕事の内容はとにかく激務であり、複雑だった。

専門であるケイオシウムを動力とした新規の兵装開発と平行して、セインツが指揮を執っていたという、動作不良で問題を起こしたセプターの安定化改善案の提出。さらにコルベットやアーセナルキャリアに搭載されている帰還装置の改良まで。

しかも、関係資料はコンソールの中に整理されないまま散在していた。激務のため、整理整頓することすらままならなかったのだろう。

「はぁ……」

C.C.は過酷な職務の合間を縫って、この資料のデータを整理していた。

そうでもしなければ、セインツの残した資料を探すだけでも時間が取られてしまうことが明白であった。

ある日、C.C.は訓練棟で不調を起こした設備の検分を行っていた。

自分の後ろから聞こえる若い声は、訓練生と呼ばれているオペレーター候補達のものである。

「若いなぁ……」

自分と一〇も違わない年齢の筈だが、それでも訓練生達の姿は随分と幼く見えた。

――渦の脅威に立ち向かう戦士となるべく、修行を積む少年達。

そこで生まれる絆、腹を割って話せる友。かけがえのない日々を過ごし、少年達は成長していく。――

ほんわかした妄想をしながら設備の検分をしていると、不調の原因が見つかった。

どうやら機器の隙間に入り込んだ異物が原因のようだった。

「バルデム技官。原因が判明しました」

小型の通信機器を作動させると、上官に判断を仰いだ。

詳細を説明すると、分解して異物を取り出せという指示が下った。

「すみません。できないことはないですが、私、その……」

「ここに出向した以上、専門分野外でもやらねばならん。セインツ主任は顔色一つ変えずにやっていた」

「そうですか。わかりました」

通信を切って溜息をつく。

過去様々な人から何度この言葉を言われたか。パンデモニウムにいても、レジメントにいても、常に父親の影はつきまとっていた。

「仕方ないよね……」

気にしてもどうにもならないと、C.C.は気分を切り替えて分解作業を開始した。

絶えず聞こえてくる少年達の声を癒しのように感じながら、作業を進めていく。

――時にはいがみ合うこともある、気の合わない奴だっている。

様々な人種が集まるレジメントだからこそ、起こる衝突。

時には嫉妬し、時には励ましあい。

思春期の少年達は大きく戦士として成長していくのだ。――

異物は機器同士の隙間に入り込んでおり、機器を傷付けないよう慎重に分解作業を進めていく。

「やった、取れたっ!」

やっとの思いで異物を取り除くと、苦労のあまりか、思わず声を上げてしまった。

少年達が何事かとC.C.の方を見た。

「あ……」

注目を集めてしまい、C.C.は内心しまったと思った。

「ご、ごめんなさい。なんでもないわ」

動揺したことを悟られないよう、勤めて冷静に声を出す。

彼らに関わってはいけないと、C.C.は自分に言い聞かせた。

規則を破れば、当然、罰則が待っている。

「おばさん、だっせぇ」

「だっ、誰がおばさんですって!?」

C.C.は思わず叫んでしまった。

あくまでも冷静に対処して切り抜けるつもりだったが、二十代になりたてのC.C.にこの言葉は堪えた。

ゲラゲラと笑い出す訓練生達。先程までのほんわかした気持ちは消え去り、替わりに怒りが湧いてくる。

「おい、お前ら! サボるんじゃない!」

訓練生の様子に気付いた教官が訓練生を怒鳴る声が聞こえた。

それを合図に、訓練生達はバツが悪そうな顔をして訓練を再開し始めた。

ほっとしたC.C.は、とにかく心を落ち着かせなければと、妄想もせずに作業に没頭し、つつがなく報告を済ませた。

「以上です。あの設備の周辺は訓練によって砂埃が舞うので、フィルター設置等の対策を施すことを提案します」

「そうか、検討しよう。それとC.C.、研究棟に戻ったら一度休憩に入ったほうが良いだろう」

「あ、はい。ありがとうございます」

バルデムの気遣いとも取れるような言動に、C.C.は首を傾げながら研究棟へ戻った。

研究棟に戻って鏡を見ると、土や埃に機械油で顔は真っ黒。髪もばさばさであった。

これではおばさん扱いされて笑われても仕方がない。そうC.C.は思った。

「はぁ……」

職務は苛酷の一途を極め、癒しの糧にしていた訓練生達にも散々な扱いをされる。

レジメントの施設にやって来たC.C.の溜息は増えるばかりだった。

「―了―」