3384 【任務と違和感】
連隊施設地下の下水道には霧が漂っていて、陰気な感じだった。
水が流れる音に混じって、施設の方向から足音が聞こえてくる。
それと同時くらいに、エンジニア謹製の時計に似た機械が小さなランプを明滅させる。イデリハからの合図だ。ってことは、そろそろこっちに来る。
その合図を見た俺様は、殺傷能力の低いテイザーライフルを構えた。当たると弱電流を流す電撃弾が込められている。
足音が大きくなった。テイザーライフルを構えると、安全装置を解除して狭い整備用通路に出る。
イデリハのいる地点からここへは完全な一本道で、そして俺様の10アルレ先には外に出るための梯子がある。
そっから先は施設の外。連隊司令部の管理が及ばない場所だ。めんどくせー手続きやら許可やらをすっ飛ばして外へ出るには、この手段を使うのが唯一だ。
連隊側の出入り口は司令部が管理してるけど、こいつは下水道だ。あちこちに雨水や溶けた雪なんかを排出するための穴が開けられてる。訓練所の広場にも人が落っこちそうなでっかい穴があって、そこからここへ入るフトドキモノがたまーにいたりする。
連隊施設の外に繋がる場所はこの先にしかない。だから、ここを通ろうとする奴はこの狭っ苦しい整備用通路に必ず入ってくる。
間近に迫る足音。そして濃くなっていく霧。
「はい、そこまで。こっから先は通っちゃダメなんだぜ」
足音が止まる。俺様の声にビックリしたのか、地面を擦るような音さえ聞こえない。
「動くなよ、動いたら撃たないといけねーんだから」
テイザーライフルの銃口を足音の方向に向けたまま移動する。
再び足音が聞こえ、俺様に近付いてきた。警告が無視されたのなら仕方がない。テイザーライフルを撃つ。霧で視界が悪いから照準は適当だ。
とりあえず、イデリハに当たらないことだけは祈っといた。
銃声にも怯まずに足音がどんどん近付いてくる。そう思ったのも束の間、足音が俺様の背後に移動した。振り向くと、体格のいい男の影が走っていくのが見える。
「イデリハ!」
「わかっちょる」
俺様の言葉に応えるように霧が晴れた。同時にイデリハが男の眼前に飛び出す。
「なん!?」
呆気に取られた男は、イデリハの電磁槍に一突きされておとなしくなった。
イデリハの使う槍も特別製。殺傷能力は無いけれど、槍頭から電流を相手に流して動けなくするシロモノだ。
◆
電撃で動けなくなった男を縛り上げ、額にこれまたエンジニア謹製の聖騎士の力を抑えるシールを貼り付ける。
「ふー、終わった終わった」
「放……せ!」
電撃を浴びてなお、男は藻掻いた。それなりにダメージを受けた筈だけど、さすがは歴戦の戦士。気絶まではしなかったようだ。
「ダメダメ。ここでお前を放したら、俺様が怒られちゃう」
「くそっ……くそっ!」
憤慨してるこの男の名前はアスカム。B中隊所属で、短い距離を瞬間移動する能力を持っている。さっき俺様をすり抜けたのがそれだな。《渦》のコア回収ポイントが要塞化されている時とかに絶大な力を発揮していた、と資料に書いてあったっけ。
だけど力に溺れて、休暇の度に都市に出向いちゃー、この力で犯罪を重ねていたらしい。
急に羽振りが良くなりゃ、そりゃ誰でも不審に思うわけだ。
で、速攻で司令部にバレて謹慎させられたらしいんだけど、謹慎が解けたとたん、今度はこうやって下水道を通ってちょくちょく抜け出してたとかなんとか。
こうなったらどうしようもないってことで、俺様達にアスカムの捕獲命令が下ったってわけ。
らしいらしいばっかりなのは、俺様とイデリハは捕獲命令が出るに至る話を直接聞いたわけじゃないから。あくまで資料として知ってるってだけ。
「さ、行くぞ」
アスカムはイデリハに立たされると、おとなしく来た道を歩き出した。
電撃で痺れている上に聖騎士の力も使えないとなれば、そりゃおとなしくするしかないわな。俺様でもそうする。
◆
下水道の連隊施設側の出入り口を入ったその先に、一つの小部屋がある。
中は会議室くらいの大きさで、簡単な執務用の机と椅子が備え付けられている。
この部屋は連隊の中でも俺様とイデリハ、他はミルグラム副長くらいしか知らない部屋だ。
◆
「ミルグラム副長、アスカムを捕らえました」
「そうか、わかった」
中にいたミルグラム副長にイデリハが報告する。
縛り上げていた縄越しに、アスカムがびくっとなって固まった感覚が伝わってきた。ミルグラム副長が出てきたことで、自分がこれから何をされるのか自覚したんだろう。
ミルグラム副長がどこかへ通信を始める。通信が終わってすぐに、赤くて動きにくそうな服を着た男達が入ってきた。
連隊の主な出資者である導都パンデモニウムからの使者だとか。こういった犯罪を繰り返す戦士から聖騎士の力を除去するために、パンデモニウムへ連れて行くことになってる。
「では、宜しくお願いします」
赤服の男達は無言で俺様からアスカムを縛っていた縄を受け取る。
「ミルグラム副長! もうこんなことはしませんから!」
「その言葉は謹慎中に何度も聞いた」
「い、嫌だ……。助けてくれ、頼む! なあ、お前らからも何か言ってくれ!!」
俺様とイデリハは顔を見合わせると、すっかり怯えた様子のアスカムに視線を移して肩を竦めた。
「そりゃ無理な相談だな」
「ディノに同意じゃ」
冷たいようだけど、司令部から何度も何度も忠告を受けて、謹慎までさせられたのに、それでも一向に改善しなかったこいつの自業自得だ。今さら助けてくれなんてムシが良すぎるってもんだぜ。少なくとも俺様はそう思った。イデリハも似たような反応をしてたから、多分同じ考えだろう。
赤服の男達は騒ぐアスカムをよそに、無言で奴を引っ張って部屋を出て行った。
アスカムの「許してくれ!」とか「嫌だ!」とか言う声も、すぐに聞こえなくなった。
「お前達、ご苦労だった。今日はもう戻って構わない」
そう口にすると、ミルグラム副長は重い溜め息を吐いた。こんなミルグラム副長を見るのは何度目だろうなぁ。
世界を救わんと集まった仲間が聖騎士の力に目覚め、その力に溺れてどうしようもないところまで落ちてしまったのを見るのは、かなり辛いんじゃないかと思う。
特にミルグラム副長はスターリング連隊長の副官的な立場の人、つまり連隊ができた頃からいる人だし、連隊への思いは誰よりもあるだろう。
俺様とイデリハは顰めっ面のミルグラム副長を残して、住居として宛がわれている部屋へ戻った。
◆
それから暫くして、また犯罪を重ねる戦士を捕獲して例の小部屋に連行すると、そこにはミルグラム副長の他にD中隊のミリアン中隊長がいた。
「あれ? どうしたんスか、ミリアン中隊長」
「スターリング大佐に代わり、ミルグラムが一時的に連隊長代理となって連隊を率いることになった」
スターリング大佐がいなくなって数ヶ月、とうとうこの時が来た。おそらくこのままミルグラムが連隊長の座を引き継ぐのだろう。そうなれば、この任務の指揮を執るような暇は無くなる。別の責任者が来るのは当然といえば当然だった。
「よってお前達、今後は俺の指揮の下で任務を行ってもらう」
「任務の内容に変更は?」
「特に変わりはない。今までと同じようにしてくれ」
「わかりました。ミリアン中隊長、宜しくお願いします」
「宜しくお願いします」
俺様とイデリハは同時くらいにミリアン中隊長に頭を下げた。
◆
ミリアン中隊長に指揮が替わっても、俺様達のすることに変化はなかった。
だけど数ヶ月が経った頃から、赤服の男達が次第に姿を見せなくなっていた。替わりに、テクノクラートのラームとかいうお偉いさんとその部下が姿を見せるようになった。
そして今度はそのラームの部下らしい奴らが、捕まえた戦士を何処かへと連れていった。
「なぁ、ミリアン中隊長。こいつを何処に連れて行くんだ?」
「オイ……いや、俺も気になっています。ミリアン中隊長」
ふと思い立ち、俺様はミリアン中隊長に尋ねた。イデリハも同様らしい。
「……パンデモニウムにある施設だ。そこで特殊な更正プログラムを受けることになっている」
ミリアン中隊長はぶっきらぼうにそう答えた。
「そんなこと可能なのか? 前に捕まえた奴らは誰も帰ってきてないぜ」
赤服の連中に連れて行かれた戦士達は、皆帰ってこなかった。聖騎士の力を奪われて何処かへ放逐されたと聞いている。
「君達が知るほどのことではないよ。パンデモニウムの方針転換はよくあることだ」
ミリアン中隊長が何か言おうとする前に、ラームが答えた。ラームの言ってることは尤ものような気がしたが、違和感がないわけではなかった。
「ラーム技官の言うとおりだ。お前達が気にするほどのことではない」
二人の言葉はやんわりとしてたけど、変に強制力がある言葉だった。任務を黙って遂行しろ、そう言われている気がした。
「そうスか。それならいいんです」
「妙なことを聞いて申し訳なか……ありませんでした」
「納得してくれたのなら、それで問題はないよ」
「さあ、お前達も疲れただろう。今日はもう戻っていい」
ラームとミリアン中隊長に促され、俺様達は居住区へと戻った。
◆
「なあ、イデリハ」
居住区へ戻って一息つくと、俺様は思ったことをイデリハに聞いてみることにした。
「なんじゃ」
「俺様達、この任務についてどれくらい経った?」
「二……いや、三年じゃ」
「結構長いことやってたのに、急に変えられるもんなのかな?」
「わからん。けんど、オイ達は従うしかなか」
「……ま、行く当てがあるわけでもないしな」
連隊を出たところで、俺様とイデリハは路頭に迷うのが目に見えていた。
イデリハは故郷の村を《渦》によって失っていたし、俺様のいたところは革命が終わったばかりでゴタゴタの真っ只中らしく、とてもじゃないけど帰れるような状況じゃない。
何より、ミルグラム副長にはE中隊があんなことになっちまった時に救われた恩があった。
◆
今の状況はマシなんだ。
俺様はミリアン中隊長やラームが匂わせる違和感を頭の隅に追いやると、次の任務に備えて武器の整備を始めることにした。
「―了―」