3381 【強き者】
飛竜が崩れ落ちていく。激戦でぼろぼろになった隊員達から歓声が上がる。
「コア回収装置、起動します!」
エンジニアがアーセナルキャリアに搭載されているコア回収装置を作動させた。
「E1小隊とE2小隊は竜人の殲滅! 残りはアーセナルキャリアを守れ!」
生き残った竜人達がコアに殺到してくるのを、リーズとディノの小隊が阻む。コア確保時の激戦により、二つの小隊を合わせても一個小隊程度の隊員しか残っていなかった。
コアの回収が始まった。これであと数分もしないうちに退路確保の指示が出る。それを励みにリーズ達は死に物狂いで竜人達を屠っていく。
だが、いつまでたっても指示が聞こえてこない。リーズはディノの援護を受けながら、増える一方の竜人を焼き払い続けた。
「くそっ、まだか! コアはどうなってる!」
「もう持ち堪えられんぞ!」
隊員達の必死な声が戦場を飛び交う。コアの様子を窺おうにも、竜人が多すぎて確認すら覚束ない。
◆
「なぜだ、なぜコアが回収できないんだ!」
想定外の事態に、ベルキンがエンジニアに詰め寄る声がする。
「回収機構が働かないのです。 こんな筈はないんだが。自己修復するなんて……」
怒りと焦燥が入り交じる異様な雰囲気に包まれる中、巨大な爆炎と共に再び飛竜が翼を広げた。
「馬鹿な! 飛竜が復活したのか!」
復活した飛竜がアーセナルキャリアに迫る。コアを奪還しようと襲い来る竜人の数が多すぎて、リーズはベルキン達の援護に向かうことができない。それどころか、E1小隊とE2小隊はリーズとディノが辛うじて生き残っているだけだった。
「アーセナルキャリアを放棄しろ!」
「できるわけがない!」
大きな衝撃音と爆風を轟かせながら飛翔していく飛竜の姿がリーズ達の目に映る。その鋭い鉤爪には、アーセナルキャリアが引っ掛かるようにぶら下がっていた。
もはやコアの回収が不可能なのは一目瞭然だった。
作戦は失敗。それどころか生還することさえ難しい状況である。
「くそっ、撤退だ! コルベットへ撤収するぞ!」
誰かの声がした。ベルキンの声のようにも聞こえたため、リーズとディノは頷き合うと手榴弾を同時に投げた。爆音が上がる。竜人達がそれに怯んだ隙に、リーズとディノはコルベットに向かって駆け出した。
◆
追い縋る竜人達を振り切ってコルベットに辿り着く。守備隊は壊滅していたが、奇跡的に二機のコルベットが残っていた。
コルベットの周囲には竜人も味方もいない。ダニエルが竜人と相打ちになって絶命しているのを確認した。
「おい、リーズ! マキシマスだ!」
ディノが片方のコルベット内部で気絶しているマキシマスを発見した。頭部を負傷しており、早く治療を施さねば危険な状態であることが窺えた。
「発進させよう、急げ!」
ディノがコルベットを発進させる。コルベットが地面から離れたその時だった。必死にコルベットのところまでやって来たローレンスが竜人に囲まれているのが見えた。
「ディノ、マキシマスを頼む」
「は? リーズ、おい待て! どこ行く気だ!」
「ローレンスを助ける。コルベットはもう一つ残ってるし、何とかなるさ」
リーズはそれだけを言うとコルベットから飛び降りた。生き残りがいるのなら助けなければという思いがあった。
まだコルベットは一機残っている。ならばローレンスを助け、彼と共に帰還することができるだろう。遠ざかるエンジン音を背に、リーズはローレンスのいる場所へと駆け出した。
周囲の竜人を炎で焼き払う。ローレンスは竜人の攻撃を受けていたが、どうにか自力で行動できる様子だった。
「この馬鹿野郎! どうして戻ってきた!」
「コルベットはもう一機残ってる。 生きて帰るぞ!」
罵声を浴びせてくるローレンスを一喝すると、リーズはローレンスを連れて残ったコルベットへ向かう。
だが、そこへ凄まじい咆哮と共に飛竜が飛来してきた。ローレンスは飛竜の鉤爪の餌食となって虚空に放り投げられ、竜人の集団の中へと落ちていった。
「ローレンス! くそっ!」
リーズは壊れかけたセプターを手に飛竜と対峙する。飛竜の口が開く。リーズは反射的にセプターを介して炎を呼び出し、飛竜に向かって斬り掛かっていった。
飛竜の業火とリーズの劫火がぶつかる。双方の炎がうねりを上げながら周囲を焼いていく。
全身が炎に焼かれ、酷い痛みに襲われた。それがリーズの最後の感覚だった。
◆
◆
適度に弾力があり、不思議な感触のするベッドのような場所にリーズは寝かされていた。
生きている。目覚めたリーズが初めに感じたのはそれだった。
ローレンスが殺され、飛竜と再び戦闘に入ったところまでは覚えていた。しかし、そこから先の記憶が不確かだった。
飛竜はどうなったのか。ディノ達は助かったのか。そんなことが頭を巡る。
「目が覚めたか。私の言葉がわかるか?」
声が聞こえた。
そちらの方に顔を向けると、リーズと同じか少し下くらいの年齢の、小柄な女性が立っていた。
「あ、あぁ……」
とにかく状況を把握しなければと起き上がろうとしたが、全身に痛みが走る。
「ああ、まだ動けるような状態じゃないぞ。ちょっと待っててくれ」
女性は手早くリーズを寝かせると、足早に誰かを呼びに出て行った。
間もなくして、全身が甲虫のような甲殻に覆われている生物が二体、部屋の中に入ってきた。
二足歩行をしているものの、どう見ても人間とは思えなかった。しかし、彼等が自分を襲ってくるような気配は無い。
彼等は目覚めたリーズを見ると、ギシギシと甲殻を鳴らして何かのやり取りをしている様子だったが、ややあってリーズに向き直る。
「目が覚めたか。 強き者よ」
やや言葉に詰まりがあるものの、リーズが理解できる言語で彼等は喋りだした。
「俺は、一体……」
「大きな火傷を負って我らの国に落ちてきた。この国は異世界からよく物が落ちてくる」
自分の身体を見てみると、動かした箇所から痛みが走る。全身の様子はよく確認できないが、怪我をしていることは本当のようだ。
「しばらくは傷を治すのに専念するといい」
甲殻の者はそれだけを言うと、立ち去っていった。
「彼等は私達の言葉に不慣れなんだ。私が代わりに説明するよ」
そう言って、女性はルディアという名前を名乗ると、自分達が置かれている状況を説明し始めた。
――ルディアはリーズと同じように《渦》からこの世界へ漂着し、この世界の住民である甲殻の者達に助けられたこと。
――言葉が通じることから、おそらくリーズとルディアは同じ世界の住民であること。
――この世界には異世界からの物がよく漂着するが、生きた生物がやって来ることはとても珍しいこと。
――そんな奇跡のような存在である自分達を『異世界からやってきた強き者』と呼び、救世主のような扱いをしているということ。
――そして、彼等の国は争いによって疲弊しており、それを救うのが自分達であると言われていること。
◆
「急にこんなことを言われても困るよな」
「そう、だな……」
苦笑するルディアに、リーズは歯切れの悪い言葉を返した。
夢の中にいるような感覚なのは否めない。その所為か、ディノ達は助かったのか。これが現実だったとしても元の世界に戻ることができるのか。どうして生き残ってしまったのか。そんなことを考えていた。
「怪我を治すついでに、これからどうしたいかを考えてもいいと思う。私もここで世話になりながら、元の世界に戻る方法を探しているんだ」
ルディアはそう言うと部屋を出て行った。リーズが考えを纏めるのに配慮してくれたようにも見えた。
◆
リーズは怪我を治す傍らでルディアと情報を共有し、元の世界に帰る方法を模索していくことにした。
同年代の女性と話すのは本当に久しぶりだったが、同じ世界から来たということが確認できたおかげか、信頼関係ができるまでにそう時間は掛からなかった。
この世界の医療技術は元の世界よりも発達しているらしく、自身が思うよりも早く怪我が治っていった。動けるようになると少しずつ連隊式の訓練を再開し、腕の立つ剣士でもあったルディアに相手をしてもらうことで、鈍った身体の状態を徐々に戻していった。
この世界を救う者とは言われていたが、甲殻の者達はリーズとルディアをできるだけ争いから遠ざけようとしていた。
「大事な役目がある者を、おいそれと前線に出すわけにはいかない」
甲殻の者達はそれを繰り返すだけだった。だがある時、ついに国を守る壁が襲撃を受けてしまう事態が発生した。
今度ばかりは手助けして欲しい。甲殻の者達は懇願してきた。
急かす彼等に促されて建物の外に出る。外には戦車のようなものが待機していた。
「もう一人の強き者は先に行っている。強き者よ、早く」
戦車らしきものに乗せられる。前窓から赤い空と、彼等の国を守っているらしい壁が煙を上げているのが見えた。
◆
彼等の国を守る壁に到着すると、甲殻の者達が蛸や烏賊を思わせる触手を持った二足歩行の海洋生物に襲われていた。
リーズの背丈より二回り程大きな海洋生物は、ハンマー状の武器を用いて甲殻の者達を攻撃している。甲殻の者達も氷玉状のものを発射する兵器で応戦していたが、応戦し切れていない様子だった。
海洋生物の一方的な蹂躙かと思えたが、抵抗する甲殻の者達の中にルディアがおり、彼女が敵に一歩も引けを取らない戦いをしているのが目に入る。
「あれか」
「どうか救いを」
甲殻の者の手には剣があった。
「これは?」
「強き者に捧げるために作られた剣。もう一人の強き者も同じ物を持っている」
一瞬だけ、彼等に加勢してよいものかと逡巡した。だが、異世界で野垂れ死んでいただろう自分を救ってくれたのは、確かに彼等なのだと考える。
リーズは甲殻の者から剣を受け取ると、感触を確かめるように一振りした。同時に、セプターと同じように炎が刀身を覆う。
初めて握ったとは思えない程、この剣はリーズの手に馴染んだ。加えて、セプターと同じように炎を扱えるのはリーズにとって幸いだった。
「おお、強き者よ……」
「助けてもらった恩は返さないとな。そうしないと気が済まないだけだ」
リーズは感激に甲殻を震わせているらしい甲殻の者を一瞥すると、海洋生物に向かって突進していった。
「加勢する!」
「来てくれたか!」
「まずはこいつらを片付けるぞ」
「わかった」
リーズが戦線に加わると状況は一変した。海洋生物は炎に弱く、リーズの炎に為す術もなく焼き殺されていった。
◆
目の前の敵を片っ端から倒していくと、一際大型で身に付けている装飾品も豪奢な海洋生物が現れた。
巨大な海洋生物の唸り声に、前線でリーズ達と共に戦っていた甲殻の者達が怯えたように後退る。
「どうやら親玉のお出ましらしいな」
ルディアは剣を一振りして海洋生物の体液を払い落とす。
「あれを倒せばいいんだな?」
巨大な海洋生物は大きさに比例して動きが緩慢だった。だが、その分一撃の破壊力が凄まじいであろうことは容易に想像される。
「私が囮になる。その隙にあなたの炎を叩き込んでくれ」
「わかった。無理はするなよ」
ルディアの身体を黒い靄のようなものが包むと、一瞬にして海洋生物の眼前に移動して斬り掛かり、即座に離脱する。それを何度も繰り返した。
巨大な海洋生物は目の前をうろつくルディアを追う。その隙にリーズは海洋生物の背後に回り込むと、炎を纏わせた剣を海洋生物の頭部らしき箇所に突き刺した。
決着は一瞬だった。配下の海洋生物と同じように、巨大な海洋生物は炎に包まれて燃えていった。暫く藻掻いていたが、身に付けていた装飾品と骨のような残骸だけがそこに残った。
その様子を見た配下の海洋生物は、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
◆
戦闘が終わり、リーズとルディアは英雄の如き歓待を受けた。
「海洋の王を滅したことで、長い戦いがついに終わりを迎えた。強き者達よ、我らの世界を救ってくれたことに感謝する」
そう言いながら、甲殻の者の長は丁寧に装飾された箱を持ち出した。箱の中には七色に淡く輝く宝石のようなものが鎮座している。
「これは世界を渡る宝珠。 これをあなた方に献上する。この宝珠は闇に反応しやすいため、平和でなければ使えない。 救世主が世界を救うまで封印しておく必要があった」
リーズとルディアは顔を見合わせた。長の『世界を渡る』という言葉が確かなら、これを使えば元の世界に帰還できるということだ。
歓待が終わった翌日、リーズとルディアは宝珠を使うことを決めた。元の世界へ戻りたい気持ちは同じであった。
旅の支度を整えた二人は祭壇で宝珠を掲げる。宝珠は《渦》のような紋様を虚空に生み出した。
「元の世界を強く思い描くのだ」
長の言葉通り、リーズは連隊の仲間達のことを思い浮かべた。ディノとマキシマスは生きて帰れただろうか、イデリハは怪我が治っただろうか。父は元気でやっているだろうか。
そんなことを考えていると、吸い込まれるような衝撃がリーズを包み込んだ。
◆
気が付くと、リーズは暗闇の中に放り出されていた。上下左右が把握できず、動くこともままならない。
ルディアの名を呼ぶが、応えはない。代わりに空間のどこかから、男とも女ともつかない不可思議な声が響く。
「私がお前を呼んだのだ」
「どこにいる? お前は誰だ」
空間の所為なのか、突如頭痛に襲われる。その痛みは炎の力を初めて発現した時とそっくりだった。
次いで全身を飛竜に焼かれた時の激しい痛みが走る。リーズは堪らずのた打ち回る。
「選択せよ。ただ死に行くか、世界を変えるか」
不可思議な声と共に全身の痛みが治まっていき、次第に暗闇に包まれていた視界が開けていった。
リーズの眼前にはモノクロームの世界が拡がり、そこに石造りの大きな館があった。
「―了―」