3381 【全滅】
ジ・アイから命からがら逃げ帰った俺様は、帰ってきた早々、施設にある医療棟にぶち込まれた。
さしもの俺様もジ・アイでの戦闘でかなりの傷を負い、結節点《ノード》を出た辺りからの記憶も無い。
医療棟にぶち込まれてから一日かそこらで目は覚ましたけれど、結構な重傷だった所為なのか、暫く頭がぼーっとしてた。
周囲も妙に慌しく、マキシマスの情報なんかも入ってこなかった。
◆
目を覚ましてから一週間くらいして、D中隊のミリアン中隊長が治療中のイデリハを伴って俺様に会いに来た。
「マキシマスは助からんかった」
故郷の言葉を出さないようにと普段から無口気味なのに、それに輪を掛けて無口になっていそうなイデリハがやっと一言、それだけを言葉にした。
「そっか……」
俺様とリーズがあいつを発見した時には、既に瀕死の状態だった。
コルベットにあった応急手当用の装備じゃ完全な止血もままならなかった。一度は意識を取り戻したけど、その時はもう呼吸すら怪しくて。
わかってたんだけどなー……。でも、少しだけは意識があったから、もしかしてって希望があったんだけどなー……。
改めてあいつの死を突き付けられて、俺様も俯くしかなかった。
「E中隊は全滅という形で処理されることになった」
イデリハに代わり、ミリアン中隊長が連隊で起きていることを説明し始めた。
ジ・アイから『生きて』帰還できたのは俺様たった一人。ローレンスを連れて戻ると吠えたリーズは、結局帰ってこなかったそうだ。
「E中隊の全滅により、連隊の組織全般も再編される。お前達も治療が終了次第、どこかの部隊に配属してもらうことになるだろう」
前の作戦で重傷を負ったE4小隊の連中も、復帰にはまだ時間が掛かるらしい。
「そう、ですか」
E中隊は実力者や所謂『聖騎士の力』を発現させた連中を集めた、ジ・アイ攻略作戦のために用意された特別な部隊だった。
それだけに連隊全体からの期待も大きかったし、難しい計算はわからないけど、作戦成功率も高かったとかなんとか。
確かにジ・アイで竜を倒し、コアの確保までは完了していた。それは俺様がこの目で見てる。そこまでは確かに成功していた。ただ、それ以降に起きたことが想定外だった。
コアが回収できないという異常事態、竜の復活と反撃。アーセナルキャリアの破壊。それも全部この目で見た。
「それから、エンジニアがジ・アイ内部のことをお前から直接聞きたいそうだ。当然、カウンセリング結果に問題が無ければだが」
ミリアン中隊長の表情は消えている。まあ、俺様の立場に立ったときのことを考えてくれてるんだろう。
俺様も今は何となく大丈夫そうだけど、いざ喋る段階で駄目になる可能性はゼロじゃない。
それにだ、俺様がエンジニアに話す内容は、おそらく連隊の歴史の中でも最も凄惨な失敗の報告だ。
「あー……。多分、大丈夫。です」
「無理はするなよ」
◆
それから俺様の病室に、カウンセリングを担当するユーインっていうエンジニアが来た。カウンセリング担当っていうくせに、他のエンジニアと同じく無感動な感じの奴だけど。
カウンセリングが始まって一週間くらいした頃、ユーインがもう一人エンジニアを連れて来た。
そのエンジニアを、俺様は見たことがあった。
「アンタ確か、モニタリング調査の……」
「そうだ。今は作戦技官として作戦室に配属されている」
「ふーん」
去年だか一昨年だかに急遽E中隊に配属された、能力調査技官のヒネクって奴だ。
俺様とはあんまり関わりが無かったけど、運悪くこいつの調査中に『聖騎士の力』が発現したイデリハとローレンスはしつこく付き纏わられてた。それに、作戦中でも構わずデータとやらを取りたがったので、とにかく邪魔だった印象がある。
ジ・アイ攻略作戦の直前に行った部隊再編の時から姿を見せなくなったんで、てっきりパンデモニウムに帰ったと思ってたけど、何だまだいたのかって感想しかない。
「では、ジ・アイでお前が見たものを聞かせてもらう」
「はいはい」
「お前の証言はコルベット内に残されていた記録と照合され、正式な調査報告として作戦室に送られる。何が起きたか、できるだけ正確に話すように」
「話す過程で嘔吐感や頭痛など、身体に不具合が起きたらすぐに報告するように」
どっかに表情を置き忘れてきたようなエンジニア二人に囲まれ、俺様はジ・アイ攻略作戦の開始からコルベット内部で気絶するまでに起きた出来事を話した。
「コアの確保までは順調に見えた。けど、いつもなら余裕で回収が終わるくらいの時間が経っても、コアが回収できなかった」
「回収班はその時何を? 回収班の会話などは聞いていたか?」
「わかんねえ。コアを取り返そうとする竜人を退けるので手一杯だったから」
話してる最中は頭の中に靄が掛かったみたいになってて、時々映像のようなものが再生されてる感覚だった。
「これで全てのようだな」
特に気分が悪くなったりすることもなく、俺様はジ・アイ内部でのことを話し終えた。
「もう何もないぜ」
「この件について聞き取りを行うことは今回で終わりだ。暫く脳を休めるように。また、何か心身に不調を感じた場合はすぐに知らせろ」
ユーインは最後にそう言って、ヒネクと共に病室を出て行った。
◆
「お前達は今日から一時的に研究棟の所属となる」
それから更に暫くの時間が過ぎて、俺様はイデリハ、ミック、バシリオの生き残った元E4小隊の面々と一緒に、再配属を待つばかりとなっていた。
だけど、治療が終わって晴れて復帰となった時、やって来たエンジニアが妙なことを口にした。
「はあ? 何言ってんだ?」
「俺達はエンジニアじゃない。何かの間違いでは?」
「お前達には後進の能力開発のため、研究棟で能力解析に協力してもらうこととなった」
「俺達は戦うために連隊に入ったんだ。研究だか何だかに協力する筋合いはねえぞ!」
血気盛んなバシリオがエンジニアに食って掛かる。
「話は最後まで聞け」
「何があるってんだよ」
「今回の措置は傷病者の復帰訓練プログラムを兼ねている。主任務は復帰訓練だ。その傍らで我々の研究に協力してもらう」
復帰訓練という言葉には、納得するしかなかった。俺様達は治療を終えたばかりの病み上がりだ。そんな連中が連隊の訓練や作戦にすぐ復帰できるかと言われれば、まあ無いわな。
◆
医療棟をやっと出られた俺様達は、そんな事情で研究棟に一時配属となった。
だが、一ヶ月、二ヶ月と能力開発への協力と復帰訓練を重ねていくが、段々とエンジニアは俺様達に、協力というのも怪しい、実験みたいなことを強要し始めた。
「いい加減、俺達を部隊へ復帰させろ!」
バシリオがエンジニアに怒声を浴びせた。
復帰訓練のプログラムは、もう何も問題なくこなせる。若い連中を相手にする能力開発のための模擬戦も、以前と変わらずに戦える。調子は取り戻していた。
だけど、一向に部隊への復帰命令が下らない。もう俺様達も我慢の限界だった。訳のわからない薬の投与や、意味不明の体力測定なんかをやるのは復帰訓練でも何でもない。
「エンジニアじゃ話にならない。ヘルムホルツ中隊長やミリアン中隊長へ取次ぎをお願いします」
比較的冷静なミックがエンジニアに告げる。
「それはできない。お前達を施設から出すことは許可されていない」
「話が違う! どうなってるんだ!」
「お前達は聖騎士の力を完全に扱えるのだ。そんな貴重なサンプルを施設から出すことはできない」
奴らの主張はもうワケがわからなかった。エンジニア共は俺様達を実験動物か何かとして扱っているような口ぶりだ。
「ふざけんな! 俺様達は人間だ、サンプルだのなんだの、冗談じゃねえぞ!」
「オイ達は渦と戦うために連隊に入った。こげんことをするためじゃなか!」
「これだから地上の者は野蛮だというのだ。貴様らが死なぬよう尽力しているというのに、わざわざ死地に赴こうとするとはな。沈静ガスを噴射しろ。この者らを拘束する」
訓練室に煙が吹き上がった。抵抗する間もなく、意識が遠のいていった。
◆
気が付くと、俺様は医療棟の病室にいた頃と同じようにベッドに寝かされていた。しかもご丁寧に拘束衣を着せられて。
エンジニアは俺様達を施設の外へ出す気は微塵も無いらしい。
イデリハもミックもバシリオの姿もない。でも、皆同じようにどっかに閉じ込められてるんだろうなと思った。
◆
どれ位そうしていたのか。俺様は拘束されたまま寝て起きるを繰り返していた。トイレは何かよくわかんねー装置が全部処理した。食事を取ることはできず、点滴で栄養補充されるだけだ。
生かさず殺さずってのはこういうことを言うんだろうなって、ぼんやりと思った。
◆
時間の感覚も曖昧になってきた頃、突然俺様は拘束衣を脱がされ、部屋から出された。
部屋の外にはミルグラム副長とイデリハ、ミック、バシリオがいた。
「ディノ!」
「お前ら、無事だったか!」
「これで全員だな。すまない、私が不甲斐ないせいで、お前達をこのような目に遭わせてしまって」
ミルグラム副長が頭を下げた。
「副長が謝ることないッスよ! 俺様をあそこから出してくれただけで感謝ですって!」
「そうです、副長」
「これでやっと連隊に復帰できます!」
「……いや、それはそうもいかないのだ」
「もう俺達は解放されましたよね?!」
「……解放は条件付きなのだ」
「じゃあ、俺様達はまた、エンジニアの変な実験に付き合わされるってことですか!?」
「いや、決してそれはない。お前達は私の直下に入ってもらい、聖騎士の能力を悪用する隊員の捕縛任務に当たってもらう」
「実験体にされるよりはマシですが、そんな奴らがいるのですか?」
ミックの言葉も尤もだ。そんな奴らがいたなんて、今まで聞いたことがない。
「今後も引き続き隊員は増強される。となれば、そういった悪意ある者が少なからず出ることは見越しておかねばならん」
「もしかして、俺達を施設から出さずに、という条件を満たすために?」
副長は無言だった。他にも何か事情があるように見えたけど、それを言うことはなかった。
「私ができるのはここまでだった、本当にすまない」
ミルグラム副長は沈痛な面持ちのまま、俺様達に頭を下げ続ける。
副長は頭を下げたまま話を続ける。
――連隊の再編により、エンジニアがより強い権力を振り翳すようになったこと。
――『聖騎士の力』が解析中であるとされている今の状況では、俺様達を拘束から解放することはできても、施設の外に出すことはできないということ。
――もし、施設の外へ出ようとしたりした場合、エンジニアによって再び拘束されてしまうであろうということ。
――何年掛かるかはわからないが、必ず状況を改善し、外へ出られるようにする。
といったことが語られた。
「わかりました、副長」
「ミック……。すまない」
「何年か我慢すればいいなら、あんな風に拘束されないなら、俺はそれで構いません」
「オイ……いや、俺も同じです」
「だから副長、頭を上げてくださいよ!」
「みんな。すまない。本当に……」
俺様達は、頭を下げ続けるミルグラム副長を励ますことしかできなかった。
「―了―」