3389 【監獄】
止むことのない銃声。通信機のスピーカーががなり立てる叫び声。次々と報告される死傷者の情報。
それら全てを振り払い、C.C.はコア回収装置に誂えた隙間にアインを収めた。
これで、アインは自身の世界にコアを持ち帰ることができるだろう。
「バイバイ、アイン。向こうで幸せになってね」
アインの返事も待たず、C.C.はコア回収装置の蓋を閉めた。
◆
「さて、私もやるべきことをやらないとね」
アインが無事に為し遂げられるか不安だったが、C.C.はそのことを頭の隅に追い遣り、もう一つ別の装置をコア回収装置に接続した。
この装置にはステイシアの機能が内包されており、『世界の破滅を防ぐ』ためのものだ。
しかし、この装置はステイシアが送ってきた設計書に従って組み上げただけであり、ステイシアがこの装置を通じて何をしようとしているのかはわからなかった。それに、部材こそこの世界で調達可能なものになっているが、組み込まれているプログラムはステイシアが送ってきたコードをそのまま使っている。
アインのこともあるため、コアそのものに何かあっては困る。C.C.は前もってステイシアに、コアを消失させるのかどうかを確認していた。
「確かにコアを利用する形にはなるわ。でも、アタシが目指しているのは、コアのその先にある世界よ」
「コアのその先の世界?」
「そう。その世界ではあらゆる事象が遍在するの。簡単に言えば『何でも願いが叶う世界』といったところかしら」
「……そんな世界、本当に存在するの?」
「ええ、存在するわ。それで、コアはそこに行くための道標として使うだけで、コア自体を使う訳じゃない。コアはそのまま残るから、あなたの好きに使える筈よ」
「ならいいけど……」
『何でも願いが叶う世界』というのは何かの比喩なのだろうとC.C.は思うことにした。もし本当にそんな世界が存在するのなら、どんなに説明のつかないことでも簡単に起きてしまう。それはあまりにも非科学的だ。
ステイシアの言葉を否定したくはないが、そんな世界が本当に存在するとは到底思えなかった。
◆
ステイシアとの会話を思い出しながら、C.C.は装置の接続に問題がないかをモニターで確認する。
「……やるしかないのよ、私」
C.C.の所属は、連隊付き技官の中でも現場投入されることが無い開発室である。そのため、本来であれば作戦への同行は有り得ない。しかし、今回の作戦に使われているコア回収装置には自らの手によって改良が施されている。それを理由にC.C.は同行を志願し、装置の調整担当としてそれが受け入れられたのだ。
やるべきことをやるために、世界を救うために。
様々な難関を掻い潜り、やっとここに辿り着いたのだ。何としてもやり遂げねばならない。
◆
程なくしてロッソから合図が発せられ、同期が開始された。
この段階において、不安要素が一つだけ残っていた。
ロッソが同期装置の内部に、何か別の装置を組み込んでいることだ。
一度ロッソの目を盗んで調べようとしたが、気付かれてしまい痛い目を見た。それ以降は同期装置に近付くことも禁止されたため、内部の仕組みが不明なままだ。
「こっちの装置と干渉し合わないでちょうだいよ……」
C.C.はモニターを睨みながら呟く。ステイシアを内包している装置がロッソ側の装置に干渉しないかどうかを観測し続けなければならない。
もし、こちらの装置が少しでも同期装置に干渉してしまえば、ロッソに気付かれてしまい、どうなるかわからない。最悪の場合は回収作業自体が中断されるだろう。
そうなれば自身の命に関わるだけでなく、ジ・アイで散った全ての命を無駄なものにさせてしまう。
失敗する訳にはいかない。
◆
同期が最終段階に入る。レッドスローン側のコアとブルーピーク側のコアが、寸分の狂いも無く同時に回収される。
あと少しでコアの回収が完了する。その時だった。
オペレーター達が倒した筈の竜が立ち上がり、その大きな口を開けた。
「駄目!!」
C.C.は咄嗟にコアとコア回収装置を庇うように覆い被さる。すると突然、コアが光を発した。その光によって世界が歪み、急激に滲んでいく。
C.C.は背中に迫る熱を感じながら、白い光に視界を奪われた。
◆
C.C.は一人、様々な色が交じり合う不思議な空間に放り出されていた。
背後に迫っていた炎も、巨大な竜もいない。
それどころかコア回収装置や同期装置、アーセナルキャリアの機影すらも見当たらなかった。
「あははははははは、やったわ。これでやっと、あいつを消せる」
不思議な世界に響いたのは、心底楽しげな少女の声だった。その声を追い掛けると、そこには痩躯な少女の姿があった。
「ありがとう、C.C.。アナタのおかげでアタシはここに来ることができたわ」
「だれ……?」
「やだ、忘れちゃったの? メインフレーム越しだったけど、アタシはずっとあなたとお喋りしてたのに」
「……ステイシア!?」
少女の言葉に思い当たる所があり、作戦前夜まで会話をしていた人工知能の名前を口に出す。
「うふふふ、正解!」
少女はC.C.に笑いかけた。だがその目はじっとC.C.を値踏みするように凝視しており、とても笑っているようには思えない。
「ここは一体どこなの? 私を元の場所に戻して!」
「え? 戻りたいの?」
「決まってるじゃない! 早くしないと、施設に帰れなくなる!」
C.C.は必死だった。身体が無事であるならば、こんな場所にいる必要はこれっぽっちも無い。一刻も早くコルベットに戻らなければ。
でないと、自分はジ・アイの世界に取り残されることになってしまう。
「何それ? せっかくここに連れてきてあげたのに」
ステイシアは一変し、つまらなそうに口を尖らせた。
彼女の一挙一動は少女の外見に相応したそれである。しかし、その声には恐ろしい程に感情が存在していなかった。
「そんなこと頼んでないでしょ!」
「ふぅん。ホントにあんな場所に戻りたいと思ってるんだ。意味なんか無いのに、おかしなひと」
ステイシアの目がC.C.を冷たく見下ろした。
「どう……いうこと?」
「ま、いいわ。あなたの気が済むまで、何度だって送り返してあげる」
ステイシアはC.C.の問い掛けには答えなかった。
「じゃあ、またね。今度は一緒に遊びましょ」
ステイシアの無感情な声と共に、C.C.の視界は暗転した。
◆
光の奔流が収まる。同時に、C.C.の視界に滲む世界が飛び込んでくる。
C.C.はアインの入った箱を抱え、ブルーピークのコアの前に立ちつくしていた。
「C.C.、あとどれくらいだ!」
フリードリヒの声が聞こえた。
「もうすぐです。あと七分!」
はっとなったC.C.は、慌てて時計とモニターを見返して返答する。
竜がコアを奪取せんと迫り来る中、連隊のオペレーター達はフリードリヒの指揮下でコアとC.C.を守るように戦っていた。
その様子をC.C.は、まるで映画でも見ているかのように眺めていた。
現実とは思えなかった。スクリーンの中の出来事のように感じられてならなかった。
◆
前方で爆音が轟き、巨大な竜が咆哮を上げる。
フリードリヒが戦っている。彼の率いる部隊が巨大な竜に翻弄されている。
何度この光景を見ただろう。何度この作業を繰り返しただろう。
◆
コアの回収を終え、アインと共に彼女の故郷へ送った。ステイシアを《渦》を完全に消滅させる世界へと送り出した。
その筈だ。
なのに、気が付けばコアの回収は始まってもおらず、アインは箱の中にいない。
彼女は何処へ行ったのだろう。でも、もう探す気はなかった。
何をしても無駄なのだ。ステイシアが言ったように、この場所に戻ることに意味など無かったのだろう。
◆
コア回収装置が動き始める。同期が始まったのだ。
ふとC.C.は考えた。アインの故郷へ向かわないコアは、一体何処へ行くのだろう。
C.C.はコア回収装置に収められつつあるコアに手を伸ばした。
コアの中では、黒い影と白い光がぶつかり合って揺らめいていた。
自分がやるべきことは全てやり終えたのだ。あとは施設に帰って、パンデモニウムに戻って、自分の研究と父親から引き継いだ研究を続けるだけ。
「帰りたい……。ステイシアの所に行けば帰れるのかしら?」
すべきことを終わらせたC.C.に残ったもの、それは疲弊だった。パンデモニウムに帰りたい。ただそれだけだった。
ステイシアが言っていた『何でも願いが叶う世界』、そこに行けば自分の世界に、パンデモニウムに帰れる。ふと、そんな確信にも似た思いが頭をよぎった。
◆
竜の咆哮が迫る中、ついにC.C.の手がコアに触れた。
次の瞬間、C.C.の身体は凄まじい熱に包まれた。
目の前が真っ赤に染まり、そのまま黒く暗転する。
何が起きているのかC.C.には認識できない。目まぐるしく事象が変転していく。
◆
C.C.の視覚が、様々に交じり合って渦巻く色を認識した。
「うふふふふふふふふ、お帰りなさい、C.C.。さあ、アタシ達と一緒に遊びましょう!」
楽しそうに笑い声を上げる少女の声が聞こえた。
「―了―」