—- 【パーツ】
何の気配も漂っていない通路を、シラーリーは歩いていた。
無遠慮に通路を歩いては、目に入った扉を片っ端から開け放って中を調べていく。
真新しい服が埃で白く汚れるのも気に留めず、乱暴に、そして乱雑に、錆び付いた機械や道具類をかき集めて並べる。
経年劣化によって組成が脆くなっているものは、シラーリーの乱暴な扱いに耐え切れずに破損していった。
「ちっ、めんどくせえ。こういうのは苦手なんだよ……」
シラーリーは誰にも聞かれていないのをいいことに、舌打ちして愚痴を漏らした。
◆
シラーリーは現在、ルビオナ王国北部にある遺跡にいた。
かつて人類に反旗を翻した自動人形達が拠点にした施設の一つであると、ノイクロームは言っていた。
そこに残されているであろう機能停止した自動人形から、電子頭脳に使われている小さなチップを探し出すこと、それが今回のシラーリーの任務であった。
◆
「ハァ……。どこもかしこも荒らされまくってんじゃねえか」
この遺跡がルビオナ王国の首都アバロンからそう遠くない場所に位置している所為もあるのだろう。遺跡の内部は何者かによってすでに荒らされた形跡があった。
薄暮の時代の遺物を求めて考古学者が発掘したのか。はたまた、金品目当てで盗掘されたか。
何にせよ、シラーリーが求めるものは既に持ち去られている可能性が高かった。
「はぁー……」
何度目かの溜息を吐きながら、シラーリーはここに来る前にノイクロームと交わした言葉を思い出していた。
◆
「さて、仮初めの肉体を手に入れた気分はどうだ?」
何も無い空間で、シラーリーはノイクロームに見せられた夢と同じ肉体を得ていた。
「悪かねぇな。でも、どうしてかりそめ? なんだ」
仮初めと言われたものの、骨と皮だけになって瀕死だったときと比べれば雲泥の差である。
「その肉体はだね、君のあるべき未来の姿を私が作り上げたものであって、君の本当の肉体ではないのだよ」
シラーリーはその言葉をすんなりとは受け入れられなかった。
「そうは見えねぇけどな……」
「私は人間ではない、全く違う存在だ。故に人間の肉体が持つ機能の内、いくつかが再現できなくてね。例えばそうだな……痛覚とかいう感覚があったな」
そう言われて、シラーリーは自身の腕に痛みを感じるような刺激を加えてみた。しかし痛みが走ることはなく、ただ鈍い衝撃のようなものを感じただけだった。
ひとまず痛覚は機能していないことがわかった。おそらく他にも何らかの不都合があるのだろう。
「なるほど。じゃあ、どうすれば本当の肉体を手に入れられるんだ?」
「それには、世界の因果を歪ませているものを倒すだけでよい。そうすれば、君の魂は正しき因果によって現実へと復活を果たす」
「よし、わかった。なら、さっさとその歪みとやらをぶっ潰しに行こうぜ」
「待て。話は簡単ではないのだ。すぐにでも実行できるのなら、誰の手も借りずに、私一人で実行している」
勇むシラーリーをノイクロームは諫止する。
「何だよ? まどろっこしいな」
「世界を歪ませる力は強大だ。となれば、それを押さえつけるだけの力が必要となる」
ノイクロームは言葉を続けた。
「世界を歪ませたものの片割れである自動人形。まずはそれを探し出さねばならない」
◆
ガタンガタンと強い音を立てながら、シラーリーは遺跡を荒らすように調べていく。
薄暮の時代には、一人の人間につき一体の自動人形が与えられていたという。つまり、それほど大量にある自動人形の中から該当する一体を探し出さなければならないというのは、正直無理な話に近かった。
加えて、シラーリーが降り立てる時代にも制限が存在していた。
シラーリーは、自身が『生きていた』時よりも過去の時代へ赴くことはできない。
「この世界のあらゆるものは、全て因果によって縛られている。君が生きていた頃よりも過去へ赴けないのは、君が存在するという因果が、それ以前に発生し得ぬからなのだ」
ノイクロームの言葉は壮大であり、教養のないシラーリーにとっては全くもって理解不能だった。
それでも一つだけわかったことがあった。本当の肉体を手に入れ、あの苦しくも明るい目標があった世界で暮らすためには、ノイクロームの指示に従わなければならない。それだけははっきりとわかった。
◆
ノイクロームの難しい言葉を思い出しながら遺跡を調べていくと、自動人形の残骸が多数放置されている部屋に辿り着いた。
人工筋肉が剥がれ落ち、白いフレームを剥き出しにした自動人形が何体も倒れている。
「気味がわりぃな……」
人間の死体とも違う異質なものを目にした、率直な感想であった。
とはいえ、ただ不気味がっている訳にもいかない。シラーリーは自動人形の頭部を探し出し、その場で分解していく。
必要なのは電子頭脳のチップだけ。それ以外のものは手に入れても邪魔なだけである。
◆
自動人形の頭部を無心になって分解し続けていたその時だった。
突然空を切る音がして、シラーリーの右腕をジャベリンのような武器が掠めていき、そのまま床に突き刺さった。
「あぁん?!」
シラーリーが注意を払っていなかった背後に視線をやる。
そこには、何者かが立っていた。
「なんだ? てめえ」
手に持っていた自動人形の頭部を放り出すと、シラーリーはノイクロームから与えられた大鉈に手を掛け、その何者かにランプの明かりを当てた。
「……不気味な奴だな」
明かりの先にいたのは、完成された体躯を持つ女であった。
一見しただけでは人間の女と変わりはなかったが、皮膚の合間から僅かだけ自動人形と思しき白いフレームが露出している。つまり、この女は自動人形なのだ。
無言で攻撃してきたところを見ると、この施設を護衛するために調整された、戦闘用の自動人形である可能性が高い。
「白くなった奴ばっかりかと思ってたけど、てめえみたいなのもいるんだな。おもしれえ」
シラーリーは笑うように喉の奥を鳴らす。
それとほぼ同時に女自動人形はゆらりと揺らめくと、左手に持っていた槍を右手に持ち替え、シラーリーに向かって突進してきた。
シラーリーはランプを女自動人形に投げ付ける。
このランプは薄暮の時代の遺物で、火を使わずに機械の力で明かりを照らす仕組みになっており、周囲に燃え移るようなことはない。
一瞬、女自動人形はランプをぶつけられた衝撃で怯んだ。
その隙をシラーリーは見逃さない。シラーリーは大鉈を薙ぎ払うように振り回し、胴体に攻撃を加えようとする。頭部を狙わなかったのは、この自動人形からチップを回収した方がいいと思ったからだ。
何もかもが沈黙している遺跡の中で、ただ一体だけ動く自動人形。それがどれほど貴重なものなのかは、無学なシラーリーでもすぐにわかるものだった。
◆
女自動人形は身軽なだけでなく柔軟でもあった。シラーリーの一撃を高く飛び上がって回避すると、再び槍を投擲してきた。
「させるか!」
大鉈を縦に振るい、投擲された槍を弾き飛ばす。
女自動人形は武器を失ったのにも構わず、シラーリーに向かって突進してきた。
「ちっ!」
シラーリーの胴を女自動人形が捕らえた。
タックルを受けたシラーリーは、そのまま女自動人形と共に地面に激突する。その衝撃にもかかわらず、シラーリーは大鉈を手放さないよう腕に力を込めた。
女自動人形が両腕を振り上げる。その腕から隠しナイフか何かの切っ先が見えた。
両腕がシラーリーの額に届く紙一重のところで、シラーリーは何とか右腕を動かすことができた。
大鉈が女自動人形目掛けて袈裟懸けに振り下ろされる。
その一撃によって動作をコントロールする機器が壊れたのか、女自動人形は機能を停止した。
「ふぅ……あぶねえとこだった」
シラーリーは盛大に溜息を吐く。
痛覚が無いとはいっても、肉体が傷付けば行動は制限されてしまう。それに、傷付いた肉体を修復するにはノイクロームの力が必要不可欠だ。
この肉体が動かなくなったら自分は一体どうなるのか、その辺りのこともよくわからない。そのため、なるべく肉体の損傷は避けたいというのがシラーリーの考えだった。
「さて、と」
シラーリーは女自動人形に近付き、その頭脳を解体しようと座り込む。
よく見れば女自動人形はとても綺麗な顔立ちをしていた。その人工皮膚を剥がして解体するのは何だか惜しい気がして、シラーリーは女自動人形の顔をじっと見つめていた。
◆
「よくやった」
どれくらい女自動人形の顔を見ていただろうか。不意にノイクロームの声が聞こえ、シラーリーの眼前に現れた。
ノイクロームの手には、白い真珠のような球体が携えられている。
「ノイクロームか。どうした?」
シラーリーの問いに、ノイクロームは解体直前の女自動人形を指差した。
「その自動人形、修理すればまだ使えそうだと思ってな」
「どうやって修理するんだよ」
「私に考えがある。その人形といくつかのパーツを回収し、付いてこい」
「わかった」
ノイクロームの考えることはさっぱりわからない。
いずれわかる時が来るのだろうか? そんな疑問を胸に、シラーリーはおとなしくノイクロームに従うのだった。
「―了―」