63アリアーヌ2

2837 【武器】

「軽度の過労と睡眠不足でしょう。ですが、念のために詳細な検査をお受けになることをお勧めします」

不安な表情のアリアーヌに対し、医者は淡々と告げた。

医者の言葉にアリアーヌは安堵した。少なくとも、今の段階では父親の容態はそれほど深刻なものではない。

「そうですか、わかりました。ありがとうございます」

ベッドで横になっている父親の顔色は、朝に見たときよりは幾分か良かった。

「すまない、心配を掛けたな。医者の話では、二、三日もすれば体調は戻るらしい」

「ここのところ働き詰めでしたもの」

「それは仕方がないな。会社の人手が全然足りていないんだ。その分は働かなければ」

「お父様、お願いだから無理はなさらないで。もしお父様に何かあったら……」

自分が止めなければ、父親は際限なく無理をしてしまう。アリアーヌは必死で父親に懇願した。

「お前の言う通りだ。今後は気をつけるとしよう」

「この際だから、他にも悪いところがないか、全部検査をしていただきましょうよ?」

「そこまでは……。いや、そうだな……。うん、お前の言う通りだ」

アリアーヌの言葉を受け入れる父親の様子に安堵し、アリアーヌは席を立った。

アリアーヌが病室から出ると、スーツ姿の男達がアリアーヌに一礼してから父親の病室へと入っていった。会社の役員達だ。おそらく、父親が休養を取っている間の会社の方針について話をするのだろう。

倒れたばかりなのだし、もう少し休ませてくれてもいいのにとは思うが、大勢の社員を抱える身はそれは許されないのだろう。

であれば、せめて話し合いが早く終わり、一分でも長く父親の休息時間が取れるようにと、アリアーヌは願うばかりであった。

精密検査に関する手続きを済ませたアリアーヌは邸宅に戻り、誰もいないリビングで一息ついた。

ここに移り住んでからは出迎えてくれる家人もいないが、父親がいないことが、より一層の寂しさを感じさせた。

寂しさのせいか、会社の人に父親が倒れたと聞かされたときの恐怖がまざまざと蘇ってくる。

これ以上家族を失いたくない。アリアーヌの胸中をそれだけが占めていった。

「お母様、ポレット……」

誰にも聞かれることのない呟きが、リビングに反響した。

父親が倒れて以降、アリアーヌはますますアンチ・オートマタの集会やデモにのめり込むようになっていた。

「アリアーヌ、ここ最近毎日出掛けているようだが、何処に行っているんだい?」

休養中の父親が心配するほど、アリアーヌは毎日集会や話し合いに出掛けては、夜になって帰宅するという生活を続けていた。

「少し働いてくるだけです。大丈夫、夕食までには戻ります」

アリアーヌはアンチ・オートマタの集会に頻繁に参加していることを、父親には秘密にしていた。

この集会を主催する団体は今でこそ社会に認知されているものの、つい最近まで「前時代的な標榜を掲げる怪しい集団」と言われていたのだ。そのような集団の活動に執心していることが父親に知られれば、父親に余計な心労を掛けてしまう。それは理解していた。

「オートマタの撤廃を!」

「これ以上、犠牲者を増やすな!」

「オートマタ廃止の法令を作れ!」

統治局に続く大通りを、原始的なプラカードを掲げたデモ隊が行進している。

このデモ隊を構成するのは、オートマタの暴動によって何らかの被害を受けた者ばかりだ。

アリアーヌは行進の最前列でプラカードを掲げ、政府に訴えを主張する。

妹であるポレットを亡くし、その事件が切っ掛けで住んでいた場所を思い出ごと奪われ、現実に向き合いきれない父親が倒れた。その怒りや鬱屈、やるせなさを、アリアーヌはオートマタ暴走に対して打開策を見出せない政府への憎悪に転換していた。

そうでもしなければ、寄る辺のないアリアーヌの心は父親以上に壊れていたであろう。

デモ隊を警戒するためだろうか、統治局の建物に近付くにつれ、警備用オートマタが配備されているのが目につき始めた。安全を守る警備用とはいえ、オートマタが配備されていることは集団の怒りを助長させた。

このデモを行っているのは、オートマタによって被害を受けた者達だ。統治局の行為は火に油を注ぐものに他ならない。

「ふざけるな!」

「我々をオートマタの餌食にする気か!」

「いい加減にしろ!」

「また暴走が起きるぞ!」

シュプレヒコールに怒声と罵声が入り混じり始めた。

デモ隊の先頭がもう少しで統治局前の広場に辿り着こうという、その時だった。

「暴動だ!」

後方からそんな言葉が聞こえてきた。

アリアーヌ達は行進を中断して背後を見やる。しかし、長い列の後方がどうなっているのかは見当が付かない。

「何だ? どうした?」

「このデモでは暴力に訴えるなと言ったはずだぞ!」

「早く、誰か早く止めろ!」

デモはあくまでも政府に自分達の主張や意見を示すものである。その行為が暴力の発生によって鎮圧されてしまっては意味が無くなってしまう。

「違う! オートマタの暴動だ!」

後方から伝言ゲームのように情報が伝わってくる。

「くそっ、こんな時に!」

「統治局前の警備用オートマタも暴動に同調するかもしれない! 逃げろ!」

最前列でデモの指揮を執っていた男が叫ぶ。

オートマタの暴動は拡大した。時間を置かず、先程叫んだ男が言ったとおり、警備用オートマタも暴走し始めた。

デモ隊は暴走オートマタの被害から逃れようと、蜘蛛の子を散らすように散り散りになっていく。非暴力でオートマタの撤廃を訴えるデモ隊には、オートマタと対峙できるような力はなかった。

デモ行進はオートマタの暴動によって解散せざるを得なかった。暴動の影響が少ない場所まで逃げてきた後は、デモ参加者達の無事を確認するだけで一日が終わってしまった。

憎むべきオートマタによってデモ行進が中止させられたことは、アリアーヌ達の憎悪をより一層膨れ上がらせる。

「これだけの惨状を見てなお、政府はオートマタを使い続けるというの?」

「政府はオートマタに乗っ取られてるんじゃないのか?」

「やめてよ、気持ち悪い! 機械に支配される世界なんて、そんなのいや!」

アリアーヌ達は、政府への不満とオートマタへの憎悪を口にしながら帰路へ就くしかなかった。

数日後、アンチ・オートマタ信奉者達が拠点としている雑居ビルの一室で、デモ行進におけるオートマタ暴動への対策について会議が行われることになった。

この会議には有志の者達が出席しており、アリアーヌも出席していた。

「数台の装甲車を用意すべきなのでは?」

「相手はリミッターの外れた暴走オートマタですよ? 装甲車なんかで自分達の身を守れるとは、到底思えません」

「とは言え、何も無いよりはましだろう。それにだ、装甲車であれば、デモ隊が襲われた際のバリケード代わりにはなるんじゃないか?」

会議は長引きそうであった。

どうすればオートマタによる圧倒的な力を防げるのか。意見は膠着し、沈黙が増えていく。

「武器を携帯したほうがいいのかもしれませんね」

そんな中、アリアーヌと同じくらいの年頃の青年が、そんなことを口にした。

「だが、それでは政府に鎮圧の理由を与えることになってしまわないか?」

「私は何もせずにオートマタに殺されたくはないですし、デモに参加する皆様が殺されていく姿を見たいとも思いません。自分達の身を守るために必要な措置は執るべきだと、私は思います」

アリアーヌは武器を所持すべきという意見に賛同した。何もできずに殺されていく妹を見てしまったが故の意見であった。

「やはり、政府が警戒を強めない程度には護身武器を携帯した方がいいのか?」

会議の焦点は、自分達の身を守るために武器を所持するか否かに絞られていった。

真っ先に武器を所持すべきだと主張した青年を中心に、アリアーヌらの若い有志達は武器を所持すべきであると主張する。

「護身用に販売されているスタンバトンではどうでしょうか?」

「法的に認可されているものならば、所持していても問題はなさそうか……」

そうこうして、武器を所持するという結論が出たのは、更に二時間くらいが経過してからであった。

「装甲車に非常用のスタンバトンを乗せよう。だが、これはあくまでも万が一、オートマタに襲われた場合にのみ使用する」

政府にデモ鎮圧の口実を与えないように、年配の有志達が知恵を絞って意見を交わし合った結果であった。

アリアーヌを含め、若い有志達には若干の不満が残る。

だが、不安や課題が山積されているとはいえ、自衛のために武器を持つことができた。これで、誰かがオートマタに殺される姿を無力の中で見なくて済むかもしれない。

それを思えば、自分の意見は無駄ではなかったのだと、アリアーヌは強く感じていた。

「―了―」