40カレンベルク4

3259 【幼子】

スラムの廃聖堂を出たその時、カレンベルクは急に酷い頭痛と動悸に襲われた。

「う……ぐうぁ……」

堪らずに膝を突くが、このままここで倒れてしまえば組織に見つかってしまうかもしれない。カレンベルクは苦しみながらも廃聖堂の物陰に隠れ、そのまま朝がくるのをじっと待った。

夜明けと共に空が白んできた頃、ようやく頭痛と動悸が治まった。

体はまだ重いままだったが、カレンベルクは引き摺るようにして何とかロンゴの元へと戻った。

ビアギッテの居場所はわかった。だが、敵の本拠地でこのような事態が起きればどうなるか。敗北にしかならない。

「能力の使い過ぎだな。コンラッドに打ち勝つために無理をしたんだろう」

ロンゴに頭痛と動悸のことを話すと、すぐにそんな返答が戻ってきた。

「お前の力は強大だ。だがそれ故に、使い方を誤れば今回のような不調に見舞われることになる」

「力をコントロールするための訓練が必要、ということですね」

「その通りだ。大事な人を助け出すためには、まずはお前自身が能力を完璧に使いこなさねばならん」

ロンゴの助言に従って、カレンベルクは更なる訓練を重ねた。訓練や能力の調整には二年程の時間を要したが、確実にビアギッテを救い出すためであれば焦りも無かった。

能力を完璧にコントロールできると実感してきた頃、ビアギッテがミリガディアの西端にある聖堂に『大君直属の祭司』として遣わされているという情報を入手した。

カレンベルクはビアギッテを取り戻す契機であるとみなし、急いでその聖堂へと向かった。

結果から言えば、既にビアギッテは聖堂から去った後であった。

さらに、この聖堂には組織の超人化実験施設が存在していたため、組織の構成員から手荒い歓迎を受けてしまった。

組織の構成員をあらかた片付けたカレンベルクは、ビアギッテの洗脳を解く手掛かりがないか、施設を調査することにした。

手掛かりは無さそうだと諦めかけた頃、どこかから子供の泣き声が聞こえてきた。

声のする方へ足を運ぶと、子供部屋もかくやと言わんばかりの小さな部屋に、泣きじゃくる一人の幼子を発見した。

「どうしたものか……」

カレンベルクは思案した。

このままここに放置してしまえば、死んでしまうか、運よく生き残ったとしても、超人実験の犠牲者となるだけだろう。

それならば自分がこの子を保護し、ロンゴと共に生育に適切な場所を探すのがいい。一人でもいいから、自分と同じように力に翻弄される子供は減らしたい。

カレンベルクはそう考え、何もわからずに泣き続ける幼子を保護した。

「この子の生育に相応しい施設を探してくれませんか」

カレンベルクが連れてきた幼子にロンゴは驚いたが、カレンベルクから話を聞くとすぐに頷いた。

「ならば、マイオッカに私の個人的な知り合いが運営している養護院がある。そこなら組織の手も伸びてはこないだろう」

幼子の保護先はすぐに決まった。

しかし、一つだけ問題が起きた。幼子がカレンベルクに懐いてしまい、傍を離れるのを嫌がってしまったのだ。

「これは……。困ったな」

「もう少し自我がはっきりすれば諭すこともできるだろうが、この成長具合ではどうしようもない。ひとまず、マイオッカまではお前が連れて行くしかなさそうだ」

「そうですね。この子は僕が助けた子です。責任を持ってマイオッカまで連れて行きます」

「では、向こうの司祭に連絡を入れておく。道中は交易をやっているストームライダーに案内してもらうといい」

そうして、名もない幼子はシャーロットと名付けられ、カレンベルクによってマイオッカ共和国にある養護院へ預けられることになった。

「君がここに来る数日前、ロンゴから君宛の手紙が届いた。君が到着したら至急渡して欲しいとのことだ」

「至急、ですか。ありがとうございます」

シャーロットを連れて到着した養護院には、ロンゴからの手紙が届いていた。手紙を受け取ったカレンベルクは、すぐにその内容を確認する。

手紙にはビアギッテの目撃情報が書かれていた。カレンベルクがシャーロットと共に旅立った後、聖ダリウス大聖堂で行われた式典にビアギッテが祭司として参加していたとのことだった。

「シャーロットをよろしくお願いします」

「ああ。彼女のことは我々に任せてくれ」

「何かあったら、すぐにご連絡を」

手紙を読み終えたカレンベルクは、シャーロットとの別れもそこそこに、すぐに首都ルーベスに向けて旅立った。

ミリガディア王国の首都ルーベス。その中央通りとされる通りの先に、目的地である聖ダリウス大聖堂が見える。

中央通りは真夜中にもかかわらず人の往来が多かった。こんな夜更けに大聖堂へ向かう者など、不審者以外の何者でもない。だが、往来する人々はカレンベルクのことを見向きもしない。

妨害も警戒するような視線も寄越さないルーベスの人々を一瞥しつつ、カレンベルクは聖ダリウス大聖堂への道を急いだ。

聖ダリウス大聖堂は組織の本拠地なだけあって、異形や超人による猛攻が相次いだ。だが、繊細な能力のコントロールを可能にしたカレンベルクに敵う者はいない。

妨害してくる敵を次々とザジの音で屠り、ビアギッテを探した。だが、彼女の影すらどこにも見あたらなかった。

カレンベルクは大聖堂の最深部、玉座の間へと到達した。

そこには、カレンベルクを待ち構えるように、杖を手にした一人の老人が佇んでいた。

この老人には見覚えがあった。ルピナス・スクールの創設者であるとされる老人で、スクールに飾られていた肖像画で幾度も目にしていた。

そしてこの老人こそが、かつて父が語った『偉大な人物』その人であり、醜悪なこの組織の首領、ギュスターヴであった。

「ビアギッテを何処へ隠した!」

「隠してなどはおらぬよ。あの娘には組織のシンボルとして尽くしてもらっている。それだけだ」

「ふざけるな! それが彼女の意志だとでもいうのか!」

カレンベルクは怒りのままにザジの弦を弾く。しかし、老人はザジから発せられる音波を杖の一振りで掻き消した。

ザジの音と杖から発せられる術がぶつかり続ける。

相手が老体ならば接近戦が有利であろうと、カレンベルクはとにかくギュスターヴへ近付こうとする。

カレンベルクの考えを見抜いているギュスターヴは、距離を取ろうとする。

互いに優位な位置を確保すべく、音波と術の応酬の合間に巧みに位置取りを変えていく。

「あの娘は心の底から組織に尽くしておる。貴様のように離反などせぬのが、その証左よ」

「詭弁を弄するな!」

若者と老人とでは基礎体力にそもそも大きな開きがある。少しずつギュスターヴが圧され始めた。

「貴様を殺す前にもう一度聞く、ビアギッテを何処へ隠した!」

「若造が、ほざくなよ。あの娘が欲しくば自らの力で探し出すがよい」

「この……!」

答える気など欠片もないギュスターヴに、ついにザジが発する音波が届く。

音波をまともに受けたギュスターヴは倒れ伏した。

それを見たカレンベルクは、ギュスターヴが完全に動かなくなったのを確認しようと近付く。

老体の脈を測ろうとしたその瞬間、カレンベルクの目の前に光り輝く不思議な紋様が出現した。

「しまっ――」

油断したつもりはなかった。だが、ギュスターヴの巧妙な罠にはまってしまった。

紋様から放たれた光と熱が、うねりとなってカレンベルクに襲い掛かる。

(防ぎきれない!)

諦念から目を瞑ってしまうカレンベルク。

その時、突如カレンベルクの身体が光に包まれ、宙を舞った。そのままカレンベルクは光と熱の奔流から回避し、床に降り立つ。

「何だ!?」

術を回避されるとは思っていなかったのか、ギュスターヴは明らかに動揺を見せた。

カレンベルクも何が起こったのかわからずに困惑したが、ギュスターヴよりも早く我に返ると、そのままギュスターヴに向かってザジの楽曲をぶつける。

動揺した隙を突かれたギュスターヴは、カレンベルクが奏でる復讐の楽曲をまともに浴びてしまう。

「こ、こんな……こと、が……」

カレンベルクの力を全身に受けてしまったギュスターヴは、今度こそ絶命した。呼吸も止まり、もはや二度と動き出さないことが明白であった。

カレンベルクを包んでいた柔らかな光は徐々に弱まり、間もなく消え失せた。

光が消える間際、誰かの囁き声が耳に届いた気がした。だが、カレンベルクはその声を聞き取ることはできなかった。

「……まだ終わってはいない」

動かなくなったギュスターヴから視線を外すと、カレンベルクは玉座の間から立ち去った。

能力のぶつかり合いによって体力は殆ど残っていなかったが、そんなことに構ってなどいられなかった。

広大な地下施設の一部屋一部屋をカレンベルクは調べて回った。

ビアギッテがこの場にいないとしても、行方を知る何かしらの手掛かりを掴めればそれでいいと考えた。

結局、ビアギッテに関する情報は何も得られなかった。

だが、諦める訳にはいかない。首領が滅したことで、超人組織の有り様も変化するだろう。

その混乱に乗じてビアギッテを探し出し、取り戻す。

カレンベルクは決意を新たに、崩壊した組織の本拠地から立ち去るのだった。

「―了―」