46タイレル4

3394 【汚染】

新規に使用される人工知能には、既に十三、四歳くらいの少女の人格が与えられていた。

しかしこの人格はあまりにも幼く、戦場で指揮を執ることには到底無理がある。

対応策として別の仮想人格を上書きする必要があり、そのために、タイレルが解析したコデックスの技術が使われることになった。

ベリンダの改修は大詰めを迎えていた。

「おはようございます、マスター」

ベリンダの仮想人格は、電子頭脳に予めインプットされた知識と仮想記録によって、外見相応の完成した人格として目覚めた。

立ち居振る舞いは優雅な女性そのものであり、何も知らない者には人間であるとしか思えないだろう。

それ程までに、限りなく人間に近い仮想人格が構築できていた。

加えて、新たに空中の水分を凝固させて氷の盾を作り出す自己防御機構を搭載した。

これによってベリンダは完成し、グランデレニア帝國へ送り込まれることとなった。

ソングとグランデレニア帝國のシドール将軍が握手を交わす。その場面に、タイレルはベリンダの製造責任者として立ち会っていた。

「イオースィフ導師は元気かね?」

「はい。導師は現在ガレオンの最終調整を行っています」

ベリンダは完成したものの、ガレオンには少々の問題が残っていた。

「そうか。いずれにせよガレオンの様子も見たい。後程こちらから伺うとしよう」

シドールは大きく頷く。そして、ソングの背後にいるベリンダに視線を移した。

「ベリンダ、シドール将軍にご挨拶を」

タイレルに促されると、ベリンダは優雅な足取りでシドールの前に立って一礼する。

「お初にお目にかかります。ベリンダと申します、シドール将軍」

ベリンダはシドールに微笑を向けた。その微笑は、どこかあどけない少女を思わせる。

「では、シドール将軍。ベリンダをよろしくお願いします」

「ははは、任せろ。彼女によって、帝國は必ずや絶大な戦果を上げるに違いない」

領土拡張に邁進し、苛烈な人物であるシドールだが、女性の前であると考えたのか、鷹揚に頷いてみせた。

こうして、ベリンダはグランデレニア帝國の将校として配属された。

それから一ヶ月後、ベリンダの初陣に関する戦果報告がタイレルの元に届けられた。

ベリンダ率いるガレオン急襲部隊の戦果は凄まじく、帝國軍の完勝であったことが記されていた。

ガレオンとベリンダの同調も良好であり、これ以上の再調整や改修の必要性はないと判断するに足りるものであった。

その結果を見たタイレルは、次の兵装開発プランに力を入れるのであった。

新たなプランの概要が纏まってきた頃、タイレルは緊急召致によって所長に呼び出された。

所長室では、オルグレン所長とリンナエウスが険しい表情でタイレルを待っていた。

「何かあったのですか?」

「手短に済ませよう。地上からの緊急報告が入った。トレイド永久要塞攻略作戦においてベリンダが暴走し、仕様にはない異常な力を発現したとのことだ」

「どういうことですか?」

報告を聞いたタイレルは、僅かながら眉を顰めた。

ベリンダは機械である。例え暴走したとしても、スペック以上の力を発揮することなど有り得ない話だ。

「ベリンダはグリュンワルド・ロンズブラウとの戦闘後、周囲に紫色のガス状物質を放出。その後、帝國、連合国を問わず、死者が起き上がって活動を開始した」

オルグレンはモニターにトレイド永久要塞での戦闘記録を映し出す。

ガレオンに搭載された監視カメラによる記録映像だ。ベリンダが敵国の将軍によって切り伏せられ、甚大な損傷を負っている。

ベリンダの腹部からは人工体液が溢れており、間もなく全ての機能を停止した。だが、その十数秒後にベリンダは立ち上がり、周囲に紫色の毒々しいガス状物質を撒き散らした。

同時に、周囲の死体が起き上がる。その現象はガスの散布によって伝播しているようで、瞬く間にガレオンの周辺は死者の集塊とも称すべきものに覆い尽くされた。

地獄と化したトレイド永久要塞の映像に、タイレルは絶句するしかできなかった。

「ガスが霧散するまでの約二十四時間、この死者達は生体への攻撃行動を続け、その後、通常の死体へ戻ったと報告されているね」

「最終稼働チェックも行いました。私はこの様な状況を引き起こす装置などは搭載していません!」

ベリンダの仮想人格にはコデックスから得た技術を使用している。そのため、最終稼働チェックはカウンシル立会いの下で厳密に行われた。つまりそれは、主任開発者であるタイレルであろうと、秘密裏に仕様とは異なるシステムを組み込むことは不可能であることを証明している。

確かに、ベリンダに死者蘇生装置を組み込んだことはあった。がしかし、あまりにも未完成であったため、それは今回の改修が行われる以前に取り外している。

タイレルや研究所、そしてカウンシルにとっても、今回のベリンダの暴走は完全に想定外の事態であった。

「速やかに原因を究明せよと、カウンシルから直々に命が下った。調査には私とリンナエウス、そしてカウンシル直下のエンジニアも加わる」

研究所の最高責任者とカウンシル直属のエンジニアが調査に参加する。ベリンダの暴走が引き起こした事の重大さを物語っている。

「わかりました。究明を急ぎます。ベリンダは今どこに?」

「ベリンダは帝國軍の決死隊によって何とか機能を停止。現在、パンデモニウムに輸送中だ。調査の日時については追って連絡する」

ベリンダが中央統括センターの研究施設に運ばれたとの報告を受けたのは、翌日、研究所に出所してすぐのことであった。

「これから例のガスが残留していないか等の検疫が開始される。我々の調査は検疫で問題ないことが確認され次第、中央統括センターで開始する」

「わかりました。調査の準備を進めておきます」

「今回の調査では、併せてコデックスの解析データも調査せよとの命令が出ている。解析の程度に関わらず、全てのデータを用意してくれ」

落ち着かず慌しい時間がタイレルの中で過ぎていく。

コデックスの解析資料やベリンダの資料を全て纏め、失敗も成功も含め、数年間の膨大な研究結果を中央統括センターの研究施設に転送した。

検疫の終了告知があったのは、それから二日後であった。

検疫の報告書には、ガスを散布する装置が存在していないこと、ガスの成分がベリンダに付着していないことなど、様々な内容が書かれていた。

いよいよベリンダの調査が開始された。タイレルはベリンダの電子頭脳に残された記録を再生しながら、ベリンダの機能に何が起きたのかを探っていく。

オルグレンやリンナエウスは、ベリンダの躯体を構成する一つ一つの装置に不具合がないかを調査していく。

ベリンダの記録が再生される。シドール将軍や下士官との会話、初陣の記録などが再生される。

『戦場、音高く響く剣戟、そして血と埃の臭い。ああ……』

ベリンダの言葉の一部が再生された。戦場で指揮を執る女将軍を想定し、やや過激な思考をするように構築している。そのため、この種の発言は正常な範囲に納まるといってよい。

次いで、初陣の記録が再生される。初めての実戦による感情の高揚が記録されていたが、あくまでもその程度であり、特に目立った異変は起きていなかった。

そしてトレイド永久要塞での戦闘記録に移り、緊急召致の際に見た、敵将との戦闘記録が再生される。

敵将の剣が迫り、ベリンダの情動が激しく揺れ動く。ベリンダの情動は『死』への恐怖と、ある思考を記録していく。

記録された思考を文字として起こす。そしてこの思考の流れを、揺れ動く情動記録やその時に稼働していた装置の記録などと照合していく。

『……まだ死ねない』

『私が死ぬ前に、もっと多くの死を』

『もっと多くの者を死に追い遣るのだ』

『そのためには何が必要か』

『死の力だ』

『死の力を求めよ!』

凄まじいまでの力への渇望。この思考と情動が最高潮に高まったとき、ベリンダの周囲に紫色のガス状物質が出現していた。

タイレルはオルグレン達を呼び、この情動に暴走の鍵があると説明した。

「ケイオシウムバッテリーの汚損と関係があるかもしれんな。バッテリーの記録を参照してみよう」

オルグレン達の調査結果とタイレルが確認した情動の記録を照合する。

結果、ベリンダがこの思考を記録する直前に、敵将の剣戟がベリンダの体内にあるケイオシウムバッテリーを傷付けていたことが確認された。

ガレオンが記録していた様々な数値と映像記録、そしてベリンダ自身の計測記録によって、ケイオシウムのエネルギーがベリンダを取り巻くように漏れ出した形跡が認められた。

「聖騎士の力が発現した記録とよく似ているな」

照合結果を見ていたカウンシル直属エンジニアであるキュトラが、一つの可能性を提示した。

「ベリンダは機械です。そのようなことが起こる筈が……」

「荒唐無稽な仮説ではあるが、ベリンダの電子頭脳は人間の脳を模した精巧なものだ。であれば、ケイオシウム汚染によって『聖騎士の力』と同様の力を得た可能性は十分に考えられる」

「ですが、今のベリンダの状況では、それを検証することは不可能に近いかと」

リンナエウスが危惧を口にする。

確かにキュトラの仮説は的を射ており、ベリンダの力と聖騎士の力の類似性を検証する必要があった。

しかし、どれほど厳密に管理しようとも、ベリンダの力はトレイド永久要塞を覆い尽くす程のものだ。その力を適切にコントロールできるという保障はどこにもなく、実験や検証を進めるにはあまりにも危険すぎる。

タイレルの脳裏に『破棄』の二文字が浮かぶ。パンデモニウムがコントロールできない力など、カウンシルは存在を許さない。

結局、コデックスの研究は無駄になってしまう。そのことがタイレルの心に重くのし掛かっていた。研究者にとって自らの成果が無に帰すということは、死にも等しいのだ。

ベリンダの調査が全て終了した。

調査中に導き出された仮説と結論についても纏め、オルグレンの監修の下、タイレルは断腸の思いで報告書として提出した。

ベリンダの力に関する報告書を提出した翌月、タイレルは所長室へ召致された。

「ベリンダを修復し、その能力を完全にコントロールせよとの勅命が下った」

タイレルを待ち受けていたのは、指導者レッドグレイヴからの命令であった。

「破棄、ではなく?」

「地上の混乱は未だに続いている。現況下では、いずれベリンダが必要となる日が来るであろう。これがレッドグレイヴ様のお言葉だ」

オルグレンは淡々と言葉を続ける。

「よって、ベリンダが必要となる時までにその能力を解明し、確実にコントロール可能にせよとの命令だ」

レッドグレイヴによってチャンスが与えられた。タイレルはそう感じた。

ならば、何としてもあの力を制御下に置き、コントロール可能としなければならない。

今回の失敗を挽回し、己の研究が正しいことを証明し、延いてはパンデモニウムが提唱する『地上の平定』が実現可能だということを世に知らしめるのだ。

タイレルは一人静かに決意するのだった。

「―了―」