65レタ2

—- 【黒の大地】

黒い靄が晴れた先には、薄紫の光が降り注ぐ漆黒の大地があった。

その大地に勢いよく一歩を踏み出した瞬間、レタの身体がふわりと浮き上がる。

「わ! わ!!」

レタはそのまま腰の高さほど浮き上がり、ゆっくりと下降して大地に足を着けた。

「ふーむ……、今までとは物理法則が違う世界のようだな」

レタの様子を見たホロムゥが一つ頷いた。

「気をつけて動かないと、危ないかな?」

「いや、そこまで気にする必要はないだろう。そうだ、幅跳びする感覚で地面を蹴ってごらん。移動がかなり楽になる筈だ」

「へー……」

ホロムゥの言葉を聞きながら、レタは走る体勢で勢いよく地面を蹴った。

レタの身体が軽く浮き上がり、一蹴りの勢いのまま、ホロムゥから二アルレ程の距離を移動できた。

レタの後をホロムゥが歩いて追い掛けてくる。

「どうだ?」

「凄い! これ楽しい!」

こういった物理法則は初めての体験であり、レタは気分が高揚していた。

「だが、何かに触れるときは慎重にな。今までの我々の感覚で触れると、思わぬ事故が起こるかもしれん」

「はーい」

「さて、ひとまずは町を探すとしようか」

「街道か、もしくは見晴らしのいい高台なんかが見つかるといいんだけどね」

二人は黒い大地を歩き始める。情報を収集するには、その世界の知的生命体を見つけ出すのが一番早いのだ。

しばらく歩いてみるも、代わり映えのしない景色だけが続く。

真っ直ぐに歩いているが、丘の形が少し変わる程度で、目立つような草木や岩、構造物といったものは一切見当たらない。

レタは同じ場所を延々と歩かされているかのような感覚に囚われていた。

「なんか、どこをどう歩いてきたのかわからなくなりそう」

「こうも殺風景ではな。おそらく、何も無いのはここら一体だけだとは思うのだが」

「茂みどころか、花も木も無いもんねー」

「だからといって、休憩以外で立ち止まるのは愚策だろう。出た場所が悪かったと思うしかないな」

「そーだねー……」

二人は無言で歩き続けた。あまりにも殺風景ではあるが、この世界に辿り着いてから、まださほどの時間は経っていない。

地面の下から危険生物が這い出てくる可能性もある。何が起きるかわからない以上、警戒を怠る訳にもいかなかった。

更に歩を進めていくと、前方が何やら騒がしい。魔物のような獣の声と、レタには聞き取れない言語で何かを叫んでいる声が聞こえる。

近付いていくと、少し離れた丘の下に荷台があり、その持ち主らしき者達が虎と鰐を掛け合わせたような大小の生物に襲われているようだった。

荷台の持ち主達は、レタの世界で言うところの狸のような顔を持つ二足歩行型の生命体だった。言語と道具を使っているところから、この世界の人間に相当する生命体なのだろう。

「あれ、は」

「囲まれてる! どうしよう?」

「助けよう。知的生命体の可能性がある以上、情報収集の手段を失うわけにはいかない」

「わかった! 先に行ってる」

レタは背負っていた荷物を地面に降ろすと、武器である長物を手に取る。

このような場合、様々な機械を持ち歩くホロムゥと一緒に向かうのでは時間が掛かりすぎる。小柄で敏捷なレタが先行して牽制し、強力な銃器を持つホロムゥが後方で支援に回るのが大体の役回りとなっていた。

「気をつけろ」

ホロムゥの言葉を背にレタは駆け出す。地面を蹴って飛ぶ加減を覚えていたのが早速役に立つ。

そしてその勢いのまま、今にも荷台の持ち主に襲いかかろうとしていた小型生物の一匹を切り飛ばした。

突然の第三者による介入に驚いたのか、荷台の持ち主達が何事かを叫ぶ。

しかし、ホロムゥのように翻訳装置を持っていないレタでは、彼らの言葉を理解することはできない。

そんなレタにできるのは、襲い来る小型生物をもう一匹切り伏せて、敵ではないことを示すことだけだった。

狸顔の者達は小型生物を攻撃するレタの姿に、少なくとも敵意は無いと判断したのだろう。急いで荷台を襲う群れの討伐に戻った。

彼らは手の平から不思議な文様を出現させ、それを介して何かの物体を銃弾のように射出している。

狸顔達の様子を見たレタは、群れの掃討に集中することにした。

襲い掛かってきた小型生物を長物で叩き落す。攻撃の隙にレタ目掛けて飛び掛ってきた小型生物がいたが、その顎がレタに届くより前に、勢いよく吹っ飛んでいった。

「大事ないか?」

「ありがと」

すぐ後ろでホロムゥが銃を構えていた。

「さっさと殲滅してしまおう。大型の方を頼む」

「群れのリーダーっぽいしね」

襲い来る小型生物を切り払い、レタは真っ直ぐに大型生物の方へと走る。

大型生物もレタに気付いたのか、咆哮を上げてレタに向かって跳躍する。

「よ、っと……」

この世界では俊敏に動けることも手伝い、レタはいつも以上の立ち回りを見せる。

大型生物の跳躍を回避し、距離を置いた。

レタはその距離を目測すると、大型生物が自分の方へと引き寄せられる姿をイメージする。

目の前に、この大地以上に黒い色をした、球体のようなものが出現した。

「来い」

レタは小さく呟く。その声に引き寄せられるように、大型生物が首を引っ張られるようにして引き寄せられる。

長物を構え、レタは少しだけ立ち位置をずらして大型生物を迎え撃つ。やはり物理的な法則が変化しているらしく、引き寄せるスピードはいつも以上である。

レタの長物の切っ先が大型生物の顔に突き刺さり、そのまま一気に喉まで切り裂いた。

レタは返り血を浴びる前に大きく跳躍してその場を離れると、ホロムゥのところへ駆け寄る。

ホロムゥと狸顔達の奮闘もあり、群れは完全に壊滅状態にあった。

「お疲れ様」

「ホロムゥもお疲れ様」

「さて……」

群れを全滅させたことを確認すると、ホロムゥは荷台の持ち主に近付く。

助けたことを切っ掛けに、町への道を尋ねるなどの交渉をするためだ。

ホロムゥと狸顔のリーダー格が二言三言を話し、戻ってくる。

「町まで乗せて行ってくれるそうだ。ここから半日ほど掛かるらしいが」

「ほんと?」

「ああ。それと、町で改めて礼をしたいらしい。理由はわからんが、積荷がとても大事なものだったんだろう」

「いい人たち、なのかな?」

「だったらいいんだがな」

幌の掛かった荷台に空間を作ってもらい、二人はそこに座った。

御者台に座る者が何かの合図を出す。すると、二人を軽い浮遊感が包み込んだ。

この荷台は何らかの技術で浮遊し、低空を飛行するものらしい。荷台を引っ張る馬や驢馬に相当する動物がいないのも頷けた。

半日ほど飛行すると、緩やかな山道の下に、幾何学的な文様を描く円形の街並みが見えてきた。

町が描いている文様は、先ほど狸顔達が群れを攻撃してきた時に出現したものにとても似ている。

「不思議な感じ。あの人たちがさっき攻撃する時にも使ってたし、何かの力を呼び出すための文様なのかな?」

「おそらくそうだろう。科学的なものか、それとも呪いなのか、その辺はわからんがな」

「力の発生源とか、あるのかな?」

「どうだろう? とにかく、行ってみなければ何もわからんよ」

「それもそうだね、気を引き締めなきゃ」

異世界の知的生命体との本格的な交流を前に、レタは居住まいを何となく正した。

何が原因で敵対してしまうかもわからない。習慣の違いによる行動で、一瞬にして不利な状況に陥ってしまうかもしれない。

会話による交渉はホロムゥが全てやっているが、自分の行動一つでその交渉を台無しにしてしまう可能性だってある。

それを考えると、自然と緊張が走るのだった。

「今回も上手くやれるといいな……」

レタは一人、近い未来の行動を考えて呟くのだった。

「―了―」