51ユーリカ3

3376 【復活】

逆賊カレンベルクの手によって組織の首領ギュスターヴが倒されてから、長い年月が流れていた。

不幸中の幸いか、ギュスターヴの頭脳には致命的な損傷は無く、組織の技術によって完全な死を免れていた。

しかし身体に受けた傷はあまりにも深く、組織の総力を挙げて再生治療に尽力しているものの、再生には未だ活路を見出せずにいた。

ユーリカはグールド病患者を験体として収容する傍ら、かつての同志であったグラントの行方を調査していた。

「グランデレニア帝國の工業都市にて、対象者らしき姿が確認されました」

「当人であると確認でき次第、速やかに接触しなさい」

グラントはかつてギュスターヴの思想に共鳴し、ギュスターヴの手によって超人となった人物であった。しかしユーリカが組織に参画した直後に、彼なりの思惑があるとして組織を出奔していた。

グラントはギュスターヴと同じく、薄暮の時代にバイオニクス研究の権威として名を馳せていたテクノクラートである。その彼の協力を仰げば、ギュスターヴの治療も前進するであろうと考えてのことであった。

だが、グラントはその影を発見することはできても、一度として接触することは叶わなかった。

そうして、ギュスターヴの復活に目処が立たないまま長い時間が過ぎていき、組織のありようにも少々の変化が見えていた。

「ローゼンブルグの下層に設置していた孤児院ですが、最終的な処理が完了しました」

「孤児達は?」

「コンラッド祭司が抗争に利用していたようで、全員が重篤な薬物中毒に陥っています」

「……貴重な超人候補でしたが、仕方がありませんね。治療の目処が立たない者は、全て再生治療の実験に回しなさい」

組織の幹部であるコンラッドが、ローゼンブルグで進めていた超人化計画の遂行中に死亡。詳細な経緯は調査中だが、犯罪組織間の抗争に関与したことが原因であった。

古くからの幹部を失い、クロヴィスはその穴埋めのために奔走。ユーリカもローゼンブルグ内でのコンラッドの痕跡を消す作業に追われていた。

ローゼンブルグに関連する処理が終わってから間もなく、とある聖堂に滞在していたユーリカの耳に、併設の医療施設に一人の少年が収容されたとの報告が入った。

運ばれてきた少年は魔物に襲われて酷い怪我を負っており、一応の応急処置を施したものの、治療の甲斐なく死亡するであろうと思われていた。

身分を証明するものは何も無く、程なく死を迎えるであろう少年。

その少年の傷が収容時よりも回復しているとの緊急報告を受けたのは、身寄りのない少年の墓を用意せねばと手配を始めた時のことであった。

「誤診ではないのですね?」

「はい。私が彼を診たとき、彼は脊椎に致命傷を負っておりました。ですが……」

「隔離室にこの少年を運びなさい。実験を行います」

少年の身体の謎に、ユーリカは興味を抱いた。

隔離室に運び込まれて拘束された少年の腕を、ユーリカはナイフで深く切り付けた。

「ぐ……」

少年は呻き声を上げる。表情は苦痛に悶えていた。

だがそれも一時のことだ。少年の腕に付けられたナイフの傷はゆっくりと、だが常人では、いや、超人でさえも有り得ない早さで塞がっていく。

「なるほど。これは研究のし甲斐がありそうです」

ユーリカはすぐにルーベスの研究員に招集を掛けた。

この医療施設からルーベスまで、足の速い馬車を使っても一日は掛かる。少年が目を覚ます前に、ルーベスの研究所へ運び込む必要があった。

「この少年にD4265の薬剤を投与。目が覚める前に大聖堂研究所に移送します」

「承知しました」

この異常な再生能力を持つ少年こそがギュスターヴを救う鍵になると、ユーリカは確信していた。

「ここは……」

少年が目を覚ます。澱んだ昏い目がユーリカを見つめる。

だが、理由はわからないが、少年は少しの抵抗さえ見せようとしない。何が少年をそうさせるのかはわからないが、ユーリカ達にとっては好都合であった。

「それを知る必要はありません。あなたは今から、我らの首領を救うための礎となるのですから」

ユーリカのこの少年に対するもっぱらの関心は、その異様な再生能力のみにある。

「何を……」

「光栄に思いなさい。神を救うための贄となることを」

少年のいる部屋を出ると、ユーリカはそのままその足で研究者達の待機する部屋へと向かう。

「この生命体を徹底的に研究しなさい。生命活動の停止間際まで追い込むくらいが丁度よいでしょう」

「そこまでしてしまってよろしいので?」

研究者が怪訝な顔でユーリカを見る。この少年がどの超人ですら持ち得ていない再生能力を持つとはいえ、実験に耐えきれるかどうかを不安視しているようだった。

「この生命体は驚異的な回復力を持つ、人間ではない何かです。何をしようと問題はないでしょう」

「では、念のために頭部と心臓への実験は最小限に抑える、というのでは?」

「……そうですね。ギュスターヴ様を復活せしめるものが見つかる前に、万が一死んでしまっては意味がありません」

「畏まりました。最良の結果を提示してみせましょう」

「あなた方の研究に全てが掛かっています。肝に銘じておきなさい」

出自不明の少年の研究は、昼夜を問わずに続いた。

研究を続ければ続けるほどに、少年の身体が持つ特異性が明らかになっていく。

そして、少年の細胞には首領ギュスターヴを完全に復活させるに足る力があることが、確信に変わっていった。

研究者達の嬉々とした報告を、毎日のようにユーリカは聞き続けた。

「ユーリカ様、動物を使用した細胞再生の実験が成功しました」

「では、人体での検証を許可します。実験体五〇一号から五一〇号までの十体を使用しなさい」

「はい」

幾度かの人体実験を経て、ついにギュスターヴの再生治療が開始された。

損傷が激しいために時間こそ掛かるものの、ギュスターヴの治療は確実に進んでいく。

目的を達し、ほぼ用済みとなった少年は、研究者達の体のいい実験玩具となっていた。

ギュスターヴが目を覚ましたとの報告を受けたのは、ギュスターヴが再生治療機器からベッドに移されて間もなくであった。

ユーリカとクロヴィスがギュスターヴのいる部屋へ赴くと、すでにギュスターヴは起き上がり、ベッドの上でいくつかの書類を読んでいるところであった。

「気分はどうだい?」

「うむ。何も問題ない。むしろ、若い肉体というものの健康ぶりに驚いているところだ」

「再生治療に使用した細胞による作用です」

「ほう、面白いものを作り上げたようだな。あとで研究資料を見たい」

「畏まりました。すぐに用意させます」

倒れる以前と何も変わらぬギュスターヴの様子に、ユーリカは安堵する。

クロヴィスもそれは同様であったようだ。ギュスターヴが倒れて以降ずっと引き締まっていた表情が、幾分か和らいで見えた。

それから一ヶ月は、ギュスターヴの身体検査などで慌しい時間が過ぎていった。

復活の知らせはギュスターヴ当人が『その時宜ではない』とし、再生治療に関わった研究者達と幹部のみが知るに留まっていた。

「謀反人の処分、ですか?」

「いくつかの聖堂で不穏な動きがある。そう報告があっただろう?」

「はい。ですが、ギュスターヴ様が直接手を下すまでもないかと思われますが」

長期にわたるギュスターヴの不在によって、力を持つ祭司が不穏な動きを見せ始めていた。

ユーリカ達は彼らを密かに監視下に置き、行動を起こし次第粛清に乗り出す計画であった。

「なに、彼の者らがどのような思惑で謀反を企んでいるか、直接尋ねるだけぞ」

「身体の慣らしも兼ねて、かい?」

「そうだ。この若い肉体がどれ程の力を行使できるのか、それを知りたくもあるのでな。丁度よい実験よ」

ギュスターヴは以前と変わらぬ深い笑みを浮かべた。

クロヴィスはその様子にやれやれといったように肩を竦めたが、表情は心底から嬉しそうだ。

ギュスターヴの容姿はだいぶ変わってしまったが、それ以外は何も変わっていない。

「わかりました。手配をいたします。まずは何処に潜入なさいますか?」

自らが信頼し続けた首領が本当に帰ってきたことを、ユーリカは実感する。

そして以前と同じく、ギュスターヴのためにあらゆる準備を粛々と進めるのだった。

「―了―」