3394 【虜囚】
レオンは夢を見ていた。懐かしい荒野の風景だった。
月のない夜に、地平線に見える「渦」-プロフォンド-が様々な光を混ぜ合わせて歪み輝いていた。ぼろぼろのキャラバンに連れられた子供のレオンは、荷馬車に揺られながら、きらきらと光るそれをいつまでも眺めていた。
安全な城塞都市に囲われて住む人間達が、死ぬまで見ることのない風景だった。
その不思議な光にいつまでも魅了されていた。子供心にずっと見ていたいと思ったあの風景だった。
◆
頭から水を掛けられたレオンは眼を覚ました。
魅惑的な光が一瞬で押し流され、体の痛みが熱さとなって戻ってきた。
「いい夢みてたんだぜ。もうすこし楽しませろよ」
鎖に繋がれたレオンは、呟くように言った。
「そろそろ吐かないと、死ぬことになるぞ」
拷問吏が冷たく突き放した調子で脅す。
レオンは捕まって何日経ったか思い出そうとしたが、無理だった。三日目まではわかったが、それ以降はだめだった。
繋がれた腕は赤く腫れ上がり、背中に受けた傷は心臓の鼓動に合わせて引き攣るように痛んだ。
「しぶとい男だ」
ブンッと空気の鳴る音がすると同時に、激しい痛みが背中を襲った。二度、三度と間髪入れずに鞭が振るわれた。
「仲間の情報を言え」
拷問吏の質問が遠くに響くのを感じたまま、レオンは意識を失った。
そして、アーチボルトの行動をもう一度思い出していた。
◆
レオンは荒野で当てのない暮らしをしていた。
彼の一族はインペローダ周辺の荒野を拠点とする、ストームライダーの一族だった。
しかし、『渦』が世界から去り、都市間の交易を担った「ストームライダー」達もいなくなった。
世界は安全に変わった。しかしレオンは自分の居場所を確実に失った気分だった。まるで海が無くなった船乗りのような気分だった。
過去の生活は過酷で無惨だったが、とても居心地がよかった。過去に生きることも未来に生きることもできない自分に、レオンは苛立っていた。
そんな生活のある日、アーチボルトが荒野にあるレオンの家にやってきた。
「久しぶりだな」
アーチボルトはレジメントで共に戦った戦友であり、師ともいえる存在の男だった。レジメントの崩壊後も残った数少ない戦士の一人だった。
「アーチボルト! 生きていたとはな! どっかで野垂れ死んだんじゃないかと心配したぜ」
「憎まれ口は相変わらずだな。お前こそ、調子はどうだ?」
「気楽にやってるよ。ちょっと退屈だが、都市に住むよりはマシだ」
レオンは久しぶりの友人と出会えた嬉しさを隠さなかった。アーチボルトは鍔広の帽子を脱いで机に置き、椅子に座った。
レオンは気の置けない会話をアーチボルトと楽しんだ。もともと孤独を好む方ではなかった。レジメント時代の話や戦友達の話をした。久しぶりの会話だった。
そんな会話が一段落すると、アーチボルトは本題を切り出した。
「お前に仕事を頼みに来た。ある隊商を襲う。お前の力を貸して欲しい。 一人じゃどうしてもできない仕事なんでな」
「なにかヤバイものなのか?」
「普通に考えればな。ただ、俺とお前でなら難しくはない。わかるだろう?」
「詳しく話を聞かせてくれ」
アーチボルトが語る仕事とは、インペローダからミリガディアに送られる隊商を襲い、その荷を奪うことだった。
隊商の規模は四十人から五十人、守備隊はインペローダの正規軍。ただし秘密裏に運ぶ必要があるため、警護はカモフラージュされ、経路も秘匿されていた。
アーチボルトは隊商のスケジュールと経路を既に掴んでいると言い、今すぐ準備に取り掛かる必要があると語った。
「わかった、やろう。ただし目的を教えてくれ。ただの金儲けや政治のためでもいいが、まったくわからないってのは気分が悪い」
「目的か」
アーチボルトは息をついた。
「世界のため、さ」
「冗談でごまかすなよ」
「本気さ」
アーチボルトは帽子をかぶり直し、席を立った。
「言いたくねえのはわかったよ」
レオンは拗ねた素振りを見せたが、話自体には乗る気だった。
何よりアーチボルトと共に戦える、というだけで、彼にとっては報酬だった。
「明日また来る。時間が無いから、すぐに仕事に取り掛かろう」
アーチボルトは出て行った。
数日を掛けた「仕事」の準備はうまくいった。経路から罠を張るのに有利な地形を探し出し、爆薬を運び、隠し、陽動に使用する荷馬車も配置した。
あとは隊商を待つだけとなった。
待ち伏せ場所から少し離れた見晴らしのいい場所に監視ポイントを作り、翌日の襲撃まで待った。
「この仕事が終わったらどうするんだ?」
襲撃の前の晩に、レオンはアーチボルトに聞いた。
「まだ、いろいろやることがあるな。 お前がよかったら協力してもらいたい」
「……そうか、考えておくよ」
レオンは答えた。
次の日の正午過ぎ、隊商が現れた。三台の荷馬車が隊商を組んでいた。
先頭の馬車が徐々に仕掛けた罠へと近付いていく。アーチボルトは爆薬のスイッチを押した。大きな爆煙が上がり、先頭の馬車は跡形もなく吹き飛んだ。
残りの馬車が足を止めて護衛の兵が飛び出してくる。レオンは用意しておいた馬車を駆り、一気に後衛の馬車に向かっていった。
護衛の兵は一斉にレオンの馬車へ銃を向け発砲する。レオンは巧みに馬車を操り、後衛の馬車に近付いていく。同時にアーチボルトは馬で目的の荷を積んだ二番目の馬車に向かう。
アーチボルトの振るう二丁拳銃が、正確に護衛を打ち倒していく。その弾はまるでそうなるのが定めであるかのように、兵達に吸い込まれていく。
レオンは自分の乗る馬車を後衛の馬車にぶつけるために飛び降りた。馬車はぶつかると同時に爆発した。
アーチボルトはすでに二番目の馬車の護衛を殆ど打ち倒していた。レオンはすぐに立ち上がると、爆発後も生き残った兵を素早いナイフ捌きで倒していった。
最後の爆発から十分も経つと銃声は止み、ぱちぱちと一部の破壊された馬車が燃える音だけになった。
レオンは慎重に周りの安全を確かめると、アーチボルトを探した。
二番目の馬車の傍からアーチボルトの声がした。
「ここだ、レオン。手伝ってくれ」
「いま行く」
と、数歩進んだ瞬間、突然立ち眩みの様な感覚に襲われて動けなくなった。
この感覚をレオンは知っていた。
「悪いな。レオン」
後ろからアーチボルトが近付いてくる。その表情をレオンは確認しようとするが、身体が動かなかった。
次の一瞬、重い衝撃を感じた後、レオンは意識を失った。
目を覚ますとインペローダの監獄だった。レオンはインペローダの軍に捕まっていた。もちろん、機密の重要物資を強奪した罪で。
物資はアーチボルトと共に消え、残されたレオンだけが捕まって、ここにいるのだった。
◆
「お前は見捨てられたんだ。そんな仲間を庇い立てする意味があるのか?」
「意味? あってもお前には言いたかないね」
一旦視界から消えた拷問吏が、矢床を両の手に持ち返ってきた。カチカチとならして威嚇する。
「今、そのくだらねえ減らず口を叩けねえようにしてやるからな」
マスクを被った拷問吏の顔が近付いてくる。脅すように矢床をレオンの顔前に持ってきた。
「つまらねえ前書きはいらねえぞ。やるならとっとやれよ」
レオンは言い放った。
その時、監獄の扉が開き、男が入ってきた。
「―了―」