13ベルンハルト1

3381 【渦】

「補充は無しか?」

「そうだ。 装備が整っていない」

ベルンハルトはD中隊の長、ミリアンに問い質した。

「エンジニアの分析班は、今度の作戦にはお前の小隊で十分だと言っている」

ミリアンは渦を表すモニターから目を離さず答えた。

「お決まりの『損耗率は許容範囲』というやつか」

「そうだな」

「彼奴らの判断が常に正しければ、俺達はこんなところで命を賭けてない」

「そう当たるな。悪いが決定事項だ。作戦室はお前の小隊を信頼している」

「信頼しているならもう少し態度で示すよう、エンジニア達に言っておいてくれ」

ベルンハルトは最後にそう言って、中隊長の部屋から出た。

向こう側は暗闇だった。コルベットのヘッドライトが照らす部分以外は完全な闇。コルベットの駆動音以外は何も聞こえない。渦《プロフォンド》の中心部へ突入したのは陽も眩しい昼時だった。こちら側とあちら側で時間が異なる事など珍しくはなかったが、空に星は一つも無く、まるで、一切の光が存在していない世界のようだった。

それでも引き返す訳にはいかない。互いの世界を繋ぐ鍵を破壊しなければ、元の世界に歓迎されざる様々な異形が訪れ続けるからだ。

話の通じる友好的な異界生物が存在すると考える者もいるが、ベルンハルトはそのような生物に遭遇した事は一度も無かった。

代わり映えのしない視界に変化があった。ベルンハルトは、コルベットの操縦手であるメルコルに小声で静止を命じた。

「止まれ」

静止したコルベットのライトが照らし出したものは、白骨の山だった。大小様々で多様な部位の骨が積み重なっていた。

メルコルを残し、ベルンハルト率いる小隊は地表へ降りた。幸か不幸か、周囲に何かがいる気配は無い。

「どう思う」

ベルンハルトは白骨の山の前にしゃがみ込むと骨の一つを掴み、それをしげしげと眺めながら、傍にいた隊員に見解を問う。

「見た事の無い骨格も多いですが、人間と思わしき骨もあります。おそらくは渦《プロフォンド》の発生時に巻き込まれたオールブルグの住民達でしょう」

「同意見だ」

悼ましい事ではあったが、オールブルグの住民達が生き延びていないであろう事はわかっていた。こうして死を確認できた事は、むしろ幸運とも言える。気休め程度でしかないが、小隊全員で黙祷を捧げた。

問題は、この場所に骨を集めたのは何者か、という点だった。ベルンハルトは未だ姿を見せぬ捕食者の体躯や習性を想像した。

ベルンハルトがコルベットへの引き揚げ命令を出そうとした時、敵襲を知らせる無線が響いた。

「三時の方向、襲撃!」

襲撃地点へ駆け付けようとするが、それは新たに現れた異形からの攻撃によって阻まれた。

「ぐ……!」

初撃は咄嗟に体を捻って躱し、第二撃は剣を使って受け流す。武器こそ持っていないが、異形の持つ鋭く長い爪は、並の短刀と同等以上の武器であると考えた方が良さそうだった。攻撃自体はすんでの所で躱せたものの、ベルンハルトの代わりに切り裂かれたコートがそれを物語っていた。

ベルンハルトの前には二体、周囲を見渡すと、皆一体から三体の異形との対峙を余儀なくされていた。奇襲に対処しきれず傷を負い、明らかに分の悪そうな隊員もいた。

奇襲に失敗した為か、警戒を強めた異形達はベルンハルトと距離を取って睨み合う格好となった。今度はなかなか飛び掛かってくる様子は無い。

ゆっくりと間合いを広げると、素早く剣を銃に持ち替え、一体の頭部に狙いを定めて銃弾を撃ちこむ。命中。紫色の液体を流しながら地面に倒れた。もう一体に銃口を切り替えようとしたが、脱兎の如く闇の中へ戻ろうとしている最中だった。他の隊員を襲撃した異形達も形勢不利を悟ったのか、次々と闇の中へ戻っていく。

誰もが奇襲に対応できた訳ではなかった。最初に攻撃を受けたトゥークは初撃を躱しきれずに傷を負った。かすり傷程度でしかなかったが、異形達にはそれで充分だった。動揺する事なく敵襲を知らせる無線を発し、目の前の異形と睨み合った。そこまでは良かった。

再び異形が襲い掛かってきた時、我が身が思うように動かなくなっている事に気が付いた。異形の爪は鋭いだけではなかった。受け流すつもりが右腕への直撃を受けてしまい、大きくよろめく。トゥークを弱った個体だと判断した異形が次々に襲い掛かる。彼にそれを防ぐ手立ては残されていなかった。レジメント達の反撃を受けて撤退していく中、トゥークを襲った異形達は彼を抱えて闇の中へ去っていった。後にはトゥークの持っていた剣だけが残された。

「それは確かなんだろうな」

「間違いありません。奴等はトゥークを運んでいきました。方向は覚えています。今すぐにでも追いましょう」

ベルンハルトが辺りに転がる異形の死骸を検分しているときに、若い隊員のランモスから報告を受けた。

体毛が無く、大きく開いた眼を持ち、長く伸びた鋭い爪を持つ化け物だった。ぼろぼろになっている服か布、傷みが激しくどちらなのか判別はできなかったが、それらを腰巻にしている個体も見られた。おそらく奴等が作ったものではなく、犠牲になった人達が身に着けていたであろう事は、想像に難くない。

「今は作戦続行が優先だ」

ベルンハルトはランモスの提案を一蹴した。

「ですが」

トゥークと仲の良かったランモスは食い下がり、ベルンハルトを睨みつける。

「命令だ」

ランモスは俯き、拳を握りしめて体を震わせたが、何も言わずにコルベットへ戻っていった。

道中、十体前後の異形達が群がる地点に遭遇した。掃射を行って奴等を追い払うと、そこにはトゥークの遺体が残されていた。全身の肉を食い千切られており、骨まで見えるような惨状だった。必死の形相で固まった顔からは、トゥークが最後まで抵抗しようとしていた事が察せられた。

ベルンハルトはランモスに声を掛けようと手を伸ばしたが、彼はその手を払い除けた。

仲間の死が何人目になるのかを考えようとしたが、すぐに止めた。感傷に浸る暇は無い。略式の葬儀を済ませた後、一行の探索は続いた。

カルデラを思わせる巨大な窪みの中に、この世界の結節点《ノード》となるケイオシウムがあった。光の無い世界で常に様々な色に変化し続けるあの輝きは見間違えようがない。ケイオシウムを中心に、周囲には異形達が何重もの輪になっている。どうやらここでもケイオシウムは特別扱いされているらしい。そっと奪うという訳にはいかないようだった。

端から攻めるにはこの場所は広く、異形の数は多すぎ、そして味方の数が少なすぎた。

協議の結果、上空より中心部に降下し、ケイオシウムの回収成功後、すぐさま離脱する事になった。

ベルンハルトは愛用のセプターを手に取り、これまでの戦いに思いを馳せる。兄弟で入隊して今も共に生き延びているのは奇跡のようなものだ、と言われた事もあった。これ以上仲間の死を見るのは御免だった。大きく深呼吸を行い覚悟を決めた。降下命令を下すと、真っ先に自分が飛び降りた。

「―了―」