14フリードリヒ1

3386 【訓練生】

「あのおっさんが?」

回転椅子に座ったままのフリードリヒは驚きの声を上げ、双子の兄であるベルンハルトを見上げた。フリードリヒに「おっさん」と言われた人物は厳格なことで有名であり、レジメントの卵である訓練生《トレイニー》達を一人前のオペレーターに育て上げる教官でもあった。今期生の訓練が始まったばかりのこの時期に、教練に穴を空けるなどしそうになかった。フリードリヒ達が入隊した頃には既に「鬼のハウズ」という二つ名が定着していたくらいだった。

「ああ。なんでも、パンデモニウムに呼び出されたらしい」

フリードリヒと会話をしながら、ベルンハルトは出撃の身仕度を進めていた。休養日であるフリードリヒは気楽にその様子を眺めている。

「つまり今期の訓練生達はいきなり休暇か。 いい御身分だな」

「その心配は無い。代役は既に手配済みだ」

「ウチの組織にそんな物好きがいたか? 面倒見の良さそうな隊長や副隊長達は忙しくてそれどころじゃないだろうに」

「お前だよ、フリードリヒ」

フリードリヒは再びベルンハルトを見上げる。声は出なかった。

「えー。 諸用でしばらく来れなくなったハウズ教官の代理、フリードリヒだ。 よろしくな」

フリードリヒは訓練生達の眼を見る。不安混じりではあるが、皆いい眼をしているように思えた。そして若かった。選抜された少年達だった。

フリードリヒはベルンハルトに渡されたカリキュラムに眼を通す。過去に見つかった渦に関する統計と傾向についての座学だった。

「えーと、どこからだ……『渦の種類は大別すると脅威度によって四種に分かれている。 その基準となる脅威度は3332年に起きた……』」

冒頭のみを語ったところでフリードリヒは本を閉じ、大きく息を吸った。手元の本を追っていた訓練生達の視線がフリードリヒに集まる。

「あー、たるいな。 お前らこんなもん後で勝手に読んどけ」

そう投げ遣りに言い放った。

「よし! 止めだ止め。外へ行くぞ。実技へ切り替えだ」

突然の内容変更に室内がざわついた。

「俺らの入った頃は、こんなもの無かった。 もっと有意義なことをお前らに教えてやる」

そう言うとジャケットを掴み、真っ先に教室から出て行った。

「さて、と」

フリードリヒは自分の正面にいた、背の低い金髪の少年に剣を放り投げた。少年は突然飛んできた剣を受け取る事ができなかった。地面に落ち、数回転がった剣の鞘から銀色の刃が覗いた。

「お前、名前は?」

「……アイザックです」

「よし、アイザック。俺はこの中から動かない」

フリードリヒは直径半アルレ程の円を描くと、その中心で二本の木剣を構えた。

「その剣で斬りかかってきな。もし俺をこの円の外へ出せたら、今後の剣技試験は免除にしてやるよ」

だがアイザックは動かない。ぎこちなく剣を構えるだけで、フリードリヒに向かっていく様子がまるでなかった。

「本気で来い。 殺すつもりでな」

何もしないアイザックに対し、周囲から野次のような言葉が飛び始めていた。

「どうしたアイザック! 相変わらず腰抜けだな!」「俺と替われー」

一斉に他の訓練生達が笑った。

意を決したようにアイザックは呼吸を整えると、素早く踏み込み、斬り込んだ。

「浅いよ、坊主」

切っ先に迷いがあった。フリードリヒは木剣で剣を薙ぐと、バランスを崩したアイザックの腹に木剣の先を突き立てた。

もんどり打ってアイザックが倒れ、のたうつ。息ができなくなった様子で、声も出ていない。

「本気で来いって、言ったはずだ」

アイザックは膝立ちになってフリードリヒを見返した。

フリードリヒはそんなアイザックを無視し、訓練生達に声を掛けた。

「次。 条件は同じだ」

素早く一人の少年が倒れたアイザックの傍まで来ると、彼の元にあった剣を取り上げた。

眼鏡を掛けた黒髪の少年だった。

「エヴァリストです。やらせてください」

「来い」

対峙する少年の構えから、その技量は判った。筋は悪くなさそうだ。

足で距離を測りながら、素早く突きを繰り出してきた。

切っ先がフリードリヒの喉元を掠る。

「いいぜ。 その調子だ」

その切っ先にはしっかりと『殺意』が乗っていた。

そのまま往なすと、第二、第三の突きが繰り出される。

フリードリヒは体裁きでそれを躱し続ける。その口元に笑みが浮かんだ。

「剣筋もいい。なかなかの気迫だ」

しかしパワーとスピードは、フリードリヒ達聖騎士が必要とするレベルには程遠かった。

フリードリヒの掛けた言葉は黒髪の少年の耳に届いていない。

「時間切れだ」

フリードリヒはそう言うと、少年の剣をはたき落とした。それは訓練生達の目には追い切れない速度だった。

剣を失った少年は肩で息をしているが、フリードリヒは息一つ切らしていない。

「面倒だ、次はそこのお前。あとは端から順番に来い」

そう言ってフリードリヒは訓練生を指名した。

体を動かしていると、時間が経つのはあっという間だった。全ての訓練生達がフリードリヒに挑んだが、最初に描かれた円の外へフリードリヒを動かす事ができた者はいなかった。

訓練生達は皆座り込み、立っているのはフリードリヒだけになった。

「さて、これで全員か。 なかなかの運動になっただろう。 今日は終わり! 飯だ飯!」

陽気に声を掛け、真っ先に食堂に向かった。

ビュッフェに他期の訓練生達はまだ来ておらず、先程までフリードリヒの訓練を受けていた少年達だけが食事を始めていた。

フリードリヒは彼らの着替えが終わる前に、先に食事を取り終えていた。

席を立とうかとフリードリヒは思ったが、目の端に先程の訓練で最初に対峙した二人が並んで座っているのを見つけた。

共に行動しているという事で仲は悪くないのだろうが、どこか雰囲気に影のある二人組だった。

「よう、お前ら」

飲み物だけ持って二人のテーブルに座った。

「腹は大丈夫か、坊主」

ふざけた調子で金髪の少年の腹をまさぐる振りをした。

少年は苦笑いで対応した。

「慣れたか」

「はい、それなりに」

黒髪の少年が答えた

「それなりかよ」

フリードリヒは明るく笑った。

「まあ、やることは単純さ。強くなって化け物を倒して、渦の働きを止める。そんだけさ」

「今日の訓練、なかなか面白かったです。 自分達はまだ剣術の指南を本格的に受けていなかったので」

アイザックは黙々と食事を続け、主にエヴァリストが応じていた。

「俺はあれぐらいしかできねーからな。オッサン、おっと、ハウズと違ってね」

「で、お前達、何期になるんだっけか」

「十五期です」

「まじかよ。俺も歳を取るはずだぜ」

「教官は何期ですか」

「俺は三期。 こう見えても、もうここじゃ古株だぜ」

「三期だと、入隊は77年ですね」

「よく知ってるな。 九年目さ」

座り直して、フリードリヒはアイザックに語り掛けた。

「おい、坊主。 じゃねえ、アイザックだったな。 ちゃんと量を食えよ、若い内は。まだまだお前らはでかくなる必要がある」

「戦うためにですね」

無言のアイザックに代わり、エヴァリストが答えた。

「そう……」

一呼吸置いて、フリードリヒは諭すように二人に言った。

「だがな、まずお前らは生き残ることを考えろ。 死んじまったらそれで終わりだからよ」

「でも、このレジメントは死を厭わない、『世界を救う戦い』に身を捧げる部隊ですよね。 任務のために死ぬのならいいのでは?」

エヴァリストが異を唱える。

「そりゃ建前はそうさ。 でもな、自分が生きたいと思わなきゃ、戦いには勝てねえんだ。 建前に忠実な正義漢、『世界のために』なんて言ってる奴ほど早く死んじまう」

「別の言葉で言やあ、相手を殺してでも絶対生き残りたいと思ってる奴じゃなきゃだめなんだ」

フリードリヒは饒舌に語った後、アイザックに向かって言った。

「アイザック、お前には期待してるぜ。 もんどり打って腹抱えたときのお前、俺を殺してやるって目で見ただろ。 あれだよ、 忘れるな」

アイザックは食事を止めて、頷いた。

「じゃあな。 俺は用事があった。 ゆっくり、たらふく喰えよ」

フリードリヒは席を立った。

「あと、俺が暇なときはいつでも相手になってやる。 気軽に声を掛けてくれ」

「はい」

「じゃあな」

そう言って、フリードリヒは自分の部屋へと戻って行った。

「―了―」