01エヴァリスト2

3397 【晩餐会】

宮殿で定期的に開かれる晩餐会には、貴族や政治家、高級官僚といった帝國の支配階級が集まっていた。

そしてこの日は、戦争で功績を上げた軍人達も招待されていた。エヴァリストとアイザックもその中にいた。実質、拡大派による晩餐会であり、統制派の有力者は殆ど参加していなかった。

「ムダに豪勢じゃねえか。 こっちは戦争中だぜ」

アイザックは文句を言いながらも、出されている食事をがつがつと食べていた。

「ロスバルド大尉、そういう事は思っても口に出すものではない」

「へいへい。……っとこれはシドール将軍閣下、失礼しました」

振り返ると、将軍がグラスを片手に立っていた。

「折角の晩餐会だ。もっと楽しんではどうだね」

「十分楽しんでますよ。メシはなかなかだ。でも、こんなとこより戦場の方がよっぽど楽しめますがね」

「それはそれで頼もしい限りだ。ところでヴァルツ少佐はどこに」

アイザックはフォークを持った手で、エヴァリストのいる方向を示す。

「ほう。さすがだな」

エヴァリストは年頃の娘達とダンスを踊っていた。軍人らしからぬ足捌きで周囲を盛り上げている。

いずれも有力者達の娘であるのだろう。

帝國軍拡大派の若き英雄というだけでなく、あれだけ整った顔立ちだ。人気が出ない筈がない。

「ヴァルツ様、次は私とお願いします」「いえ、わたくしと」「いいえ、私と!」

踊りが一段落したところでエヴァリストへ近付こうとするが、黄色い声の嵐で入り込む余地が無い。

シドール将軍が大きな咳払いをし、女性達とエヴァリストに語り掛ける。

「すまないが、お嬢様方。少しの間少佐を借りるが構わないかね」

「だめです!」

てんでバラバラだった声が一つにまとまり、明確な拒否を示す。

エヴァリストが助け舟を出す。

「申し訳ありません、皆さん。後程必ず戻ってまいりますので」

優しく、エヴァリストは微笑みかけた。

「はい!」「お待ちしております」

「やれやれ、彼女達の前では私の地位は何の役にも立たないようだな」

「ご婦人方は流行物がお好きなのでしょう」

「ある方に会っていただく」

シドール将軍とエヴァリストはホールを出て、宮殿へと進んでいった。

別室に通されたエヴァリストの目の前には、壮麗な椅子に座った若く美しい女性がいた。

しかしその佇まいは、他の貴族とは明らかに異なっていた。

そこには皇妃アリステリアがいた。肖像画等でしか見た事のない、帝國を象徴する人物だ。

エヴァリストはその場で膝を突き、黙礼した。

帝國において皇妃は際立って特別な存在だった。不死皇帝の后として、その言葉を臣民に伝えることのできる人物なのだ。

絶対的な権力があるとすれば、この皇妃の存在に他ならない。

アリステリアは椅子から立ち、エヴァリストの前に立った。

「皇妃陛下、エヴァリスト・ヴァルツ少佐をお連れしました」

皇妃が腕を出すと、エヴァリストは面を上げ、手に口づけをした後、立ち上がった。

「お会いできて光栄です。皇妃陛下」

「あなたの活躍は聞いています。すばらしい働きでしたね」

「ありがとうございます、陛下。しかし私だけの力ではありません。部隊皆の力です」

アリステリアは肖像画よりずっと幼く見えた。しかし、その瞳の光には不思議な冷たさ、落ち着きがあった。

将軍はそっと場を辞すると、部屋には二人だけになった。

「何故ここにいらっしゃるのです?」

通常、皇族の警護にあたるカストードらの気配は無かった。

「帝國の宮殿に皇妃がいて不都合が?」

ゆっくりとエヴァリストの傍に立ち、皇妃は腕を組んだ。

「緊張を解きなさい。誰もここにはいません」

エヴァリストの心を読むかのように、皇妃は答えた。

エヴァリストを皇妃アリステリアに引き合わせたシドール将軍は、二人から離れ、気の赴くままに会場を歩く。

多くの人達はシドール将軍の姿を認めると、向こうから話し掛け、遜ってくる。自らの権勢を再確認できシドール将軍はひどく機嫌がよかった。

そんな中、拡大派ではないにもかかわらず晩餐会に来場していた人物が、シドール将軍へ話し掛ける。

「シドールよ。あの男、ヴァルツは危険だ」

拡大派にも統制派にも属していない、ベアード将軍だった。

「彼奴の眼は、使われるだけの軍人の眼ではないぞ」

「だからこそ使っている。奴は若い連中の象徴だ。功績に見合った報酬を与えておけば士気も上がる。それに奴とて私の後ろ盾が無ければ何もできぬ」

「昔はな。今後もそうだとは限らん」

「小心者のお前らしい意見だな、ベアード。私は使える駒は全て使う。そして、駒に使われるつもりはない」

「そのうえ皇妃陛下にまで引き合わせるとは、何を考えている」

「皇妃陛下たっての要望だ。真意は私の知るところではない」

「しらを切るか。まぁいい、精々自らの策に溺れることがないよう気をつける事だ」

「カンドゥン長官を失って以降の統制派は虫の息、拡大派の勢いは増すばかりだ。これで何を恐れろと言うのだ」

晩餐会が終わりに差し掛かり、来場者の一部が帰り始めた。

今日も素晴らしい日だった。もはや帝國内に敵対勢力などいないに等しい。あとは「いつ」決着を付けるかの問題だけだろう。

シドール将軍の気持ちは昂ぶっていた。

晩餐会で摂取したアルコールも手伝い、夢心地で統制派への処遇を考えていた。

徹底的に潰すか、ガス抜き目的に生かさず殺さずにしてしまうか。不利な戦線へ送り込むのもいい。

迎えの馬車に乗り込んだシドール将軍は、従者が普段と違う事に気付くことはなく、また、背後に本来の従者の遺体があることにも気付けなかった。

事実、統制派は追い詰められていた。故にシドール将軍殺害という乾坤一擲の策に出ざるを得なかった。

そして、それは成功した。馬車の扉が閉まり、しばらくすると特殊なガスが馬車内に充満しはじめた。

異常に気付き飛び出そうとするが、馬車の扉も窓も開かない。間もなくシドール将軍は意識を失った。

馬車はどこかへと去っていった。

その一部始終をアイザックは物陰から確認していた。しかし、将軍を助けようとはしなかった。

エヴァリストからそう命じられていたからだった。

すでに自分達にとって将軍の利用価値は無かった。統制派の最後の反撃の贄にすると決めていたのだ。

統制派の計画には気付いていたが、何もしなかった。

ひたすら領土拡大、戦線拡大に邁進するシドール将軍は、拡大派においても邪魔な存在になっていたのだ。

既に拡大派の主要人物には根回しを終えており、エヴァリストが実質的なトップになることが確定していた。

皇妃と別れたエヴァリストはホールへと戻った。すでに殆どの客は去っていた。エヴァリストは奇妙な緊張を解くため、バルコニーで夜風に当たっていた。

傍にアイザックがやってきた。

「どうした。ずいぶんと長くかかったな」

「あとで話す」

「さっき、シドールに客が来てたぜ」

シドール将軍が始末されたという符丁だった。いよいよ、自分達の力が試されるときが来た。そうエヴァリストは確信していた。

「―了―」