03グリュンワルド2

3392 【死地】

地下室。ロンズブラウ王国城下を騒がせた連続殺人犯の首は、複数の糸のようなものによって奇妙な機械に繋がれている。その機械はつい先程まで稼働していたようだ。その昔、エンジニア達の技術で製造されたという、他者の記憶を覗ける機械。頭部さえあれば死者に対しても使用可能な代物であったが、こんな代物を隠し持っているのは、地上ではローフェンぐらいなものであろう。

「役に立たぬ機械だ。本当に動いているのか?」

「機械に問題はありません。私と同じで見た目は古ぼけているが、動きはすばらしい」

王子は老人の軽口には無反応だった。

「まあ、本人の知らぬものは引き出しようがありませんな。黒幕も馬鹿ではないということでしょう」

首と返り血を浴びた男と老人、異様な光景であるにもかかわらず、二人はどこか楽しげな雰囲気すら漂わせている。

「服と金を渡し、無差別殺人を依頼する。奇妙な話だ」

「趣味で人を殺すのを楽しむ者もいます。それに比べれば奇妙ではありますまい」

ローフェンの冗談はまたも無視された。

「しかし、この服は殿下のものと見紛わんばかり」

首を包むのに使用していた犯人の上着を広げ、まじまじと見つめる。血によって汚れているが、注目すべき点はそこではない。

「同じだ。私のものとな」

家臣や臣民の評価はどうあれ、一国の王子が着る衣類だ。そう簡単に手に入るようなものではない。もちろん値も張る。

「この依頼主、意外と身近な所にいるのかもしれませんな。差し当たって心当たりはございますか?」

「さて、多すぎてわからんな」

グリュンワルドは肩を竦めて答えた。

翌日、城内を移動中のガイウスをはじめとした家臣団を見つけたグリュンワルドは、彼らを呼び止めると、首を包んだ上着ごとをその足下へ放り投げた。

腐りかけの首が姿を現すと共に、悪臭が辺りに広がる。

「ひっ」

家臣の一人が思わず声をあげ、他の者も眼前の光景と悪臭に顔を顰める。

「件の犯人は始末しておいた。もう城下であの様な事は起こるまい。臣民にも伝えておくといい」

「わざわざ殿下ご自身が探し出したのですか? これは……」

ガイウス卿の表情は一瞬こわばり、言葉に詰まった。

「何か言うことはないのか?」

「誠に申し訳ございません。殿下を疑っておりました。何か処罰をお望みであれば、何であれ受け入れます」

ガイウスは王子を見つめ、淡々と言い放った。

他の家臣達の表情にはグリュンワルドを敵視するような鋭いものはなかった。自分にこの凶事が降りかかるのではないかと怯えているようだった。

「いや、何も無い。代わりにその首をお前にやる。飾っておけ」

王子は呆然とする家臣団を置いて、その場を去った。

「家臣達はなんと申しておりましたか?」

地下室に入るや否や、ローフェンが話し掛けてくる。

「なにも」

「まあ、彼等は自分達が正しいことをしていると思っているのですからな。誰の差し金であれ、あなたが目障りでしかたない」

「私がいなくなれば、それでいいわけだ」

「まあ、そういうことですな」

「こんなくだらん茶番が続くなら、国に戻らぬほうがよかったか」

「そうとも言えません」

「あなたに相応しい仕事、いや、王族の務めがそろそろやってきます」

幾日かが過ぎた後、王国にルビオナからの特使がやってきた。ルビオナへの援軍要請だった。

家臣団は集まり、王子の前で会議をしている。

「グランデレニアが動き出したという事か」

「ええ。ついにルビオナ方面へも乗り出すという情報を掴んだようです」

「ルビオナが落ちれば我が国も無事ではすまないでしょう。彼の国とは古くからの同盟国でもあります」

「我が国も既に準備はできています。一週間もあれば、一定規模の派兵準備は整いましょう」

「まずは先遣隊を……」

グリュンワルドは玉座に座り、家臣団の行っている会議の様子を静かに眺めていた。

「先遣隊には私も加わろう」

王子は呟くように会議で言葉を発した。

「国王陛下が現在のような状態で殿下が戦地に赴かれるなど、滅相もございません」

周りの臣下が諫めようとするが、ローフェンが割って入る。

「殿下は若いながらも自ら国難に立ち向かおうというのです。ここは殿下を送り出しましょう」

家臣団は押し黙った。

「ガイウス。留守は頼んだぞ」

提案に無言を通していたガイウス卿へ王子は声を掛け、玉座を立った。

「御意のとおり」

慇懃にガイウスは言葉を返した。

兵の招集には五日を要した。王国中より招集された兵達が隊列を組んで並ぶ。遠征軍としては建国以来の規模である。

「グランデレニア帝國はルビオナ連合王国に侵攻を開始し、世界に不要な混乱を撒き散らしている!」

「古くからの友邦たる国を放っておくことはできぬ。我らロンズブラウ王国、ルビオナ連合王国と共に帝國を打ち倒そうぞ!」

「帝國に死を!」「帝國に死を!」「帝國に死を!」

声を張り上げる兵団長に対し、兵達が雄叫びをもって答える。グリュンワルドはずっと瞑目していた。

出兵式を眺めながらローフェンは呟いた

「殿下の力、皆に見せつけましょうぞ」

「―了―」