04アベル2

3395 【手紙】

夜明けにアベルは自然と目を覚ました。隣ではイレーネが寝息を立てて眠っている。

目的地ミリガディアへの途中、道すがらに泊まった宿で深い仲になった女だ。一人で寝るよりは幾分かましだと思い、自分から誘ったのだった。

イレーネは、自分は隊商と共にミリガディアへ帰る貴族の娘だ、と言っていた。

寄り掛かって眠っているイレーネを起こさぬように、枕元に置いてあった手紙を取り出し、眺めた。

親友からの手紙だった。

「ずいぶんと真剣な顔をするのね」

いつの間にか目を覚ましたイレーネが、アベルをからかうように尋ねた。

「俺はいつも真剣さ」

手紙を放り出して彼女に覆い被さった。

「まあ、調子のいい」

「お前といれば、これからもずっといい感じでいけるぜ」

覆い被さったまま、アベルはイレーネに口づけをした。

手紙が届いたのは二日程前のことだった。隊商宛に届いたものだった。自分がここにいることは誰にも伝えていなかった。が、差出人には覚えがあった。

レオンからだった。

ミリガディアで落ち合おう、という話だった。

詳細は会って話すとしか書かれていなかったが、手紙の調子は切迫していた。

旧友と会うのは楽しみだったが、手紙の真意を測りかねていた。

レオンと一緒に過ごした時間は数年だったが、気の置けない仲間だった。自分が国を出て始めて出会った、心許せる男だった。荒んでいた自分を生き返らせてくれた、と感じていた。

別れてから会う機会は少なくなったが、それでも奴の頼みは聞いてやりたかった。

ミリガディアへの道は順調に進み、無事に目的地へ到着する事ができた。

積み荷が現金に変わり、この上なく上機嫌になった隊商長は、アベルを見つけると早足で向かってきた。

「上手くいったようだな」

「ああ、あんたが俺達の隊商を守ってくれたお陰だ。ありがとよ」

「約束の報酬だ。受け取ってくれ」

渡された報酬はアベルが想像していたよりずっと多かった。訝しげに顔を上げると、疑問を察した隊商長はアベルが質問する前に口を開いた。

「なに、手練には相応の報酬を払うってことさ。それだけの支払いができる商売をしてる、ということでもあるな」

隊商長は胸を張る。必要だと判断したところには金を惜しまない、良い商人のようだ。

「ところで、引き続きに護衛を引き受けちゃくれないかい。当分はインペローダとミリガディアを往復する日が続きそうでね」

「もちろん、報酬も今回と同等以上は出せると思うぜ。どうだい、悪い話じゃないだろう?」

アベルが何も答えずにいると隊商長は少しばかり表情を陰らせた。

「ここら辺も物騒になってきた。魔物じゃなくて人間どもさ。野盗がずいぶんと増えてな」

返事はもとより決まっていたが、少々思案するふりをした後に答えた。

「悪いがそれは受けられん。ちょっと用事ができてな」

隊商長は大げさな溜息をついたが、顔を上げると、人の良さそうな普段の顔に戻っていた。さすが商人だけあって切り替えが早い。

「そうか。俺達もまだ数日はここにいる予定だ。気が変わったら声を掛けてくれよ。待ってるぜ」

隊商長と別れると、イレーネがそっとアベルの傍に寄ってきて、腰に手を回してきた。

「ねえ、私の家に来ない?」

「そうだな、それも悪くない。でもな、ちょっとやることがあってな」

「大事なことなの?」

「ああ、友達と会う約束なんだ」

「そう。じゃあ、その用事が終わったらまた会える?」

「もちろん」

イレーネと抱擁で別れたアベルは、レオンの指定した酒場に向かった。

しかしその晩、レオンは現れなかった。

次の日も、その次の日も待ったが現れなかった。

心配はしていなかった。だが、三日経って現れないとなると、次の行動に移らないといけないと思っていた。

あと数日待つか、またイレーネのところにでも行くか、隊商の護衛や他の雑事を引き受けてもいい。

思案しながら酒場を出ると、適当に街をさまよった。

いつの間にかアベルはスラムと呼ばれる地域に入っていた。普段なら立ち寄らないが、暇潰しだと思ってそのまま物見遊山を続けた。

どん、と後ろから軽い衝撃があった。ぶつかった少年はあやまりもせず、足早に通り過ぎていった。走り去る少年の表情がちらっと笑ったように見えた。

自分の腰を見ると、金の入った革袋がまるまる消えている。かっと頭に血が上った。酔っていたとはいえ、子供にまんまと不意打ちを食らわされたのだ。

アベルは少年が消えた路地に向かって走り出した。

「まて、小僧!」

夜中のスラムで大声を出しても何の反応も無い。足場の悪い路地を駆け抜け、次の通りに出る。そこに少年の姿はなかった。

眼を閉じ、耳を澄まし、気配を感じる方角を探す。酔いは覚めていた。落ち着いて力を使えば探し出せる筈だ。

アベルは気配の方角を定めると、もう一度走り出した。しばらく走ると怒号が聞こえてきた。

路地には柄の悪いチンピラが三人、さっき自分から盗みを働いた少年を追い詰めていた。

どうやら自分以外への悪さが見つかったらしいな、とアベルは思い、しばらく成り行きを見守ることにした。

「今日は逃がさねえぞ」

頭目らしき男が声を掛けると、周りの男達が長刀を抜いた。

子供相手に物騒な話だが、アベルは見物を続けた。

その少年は目の前の刀を見ても動じた様子を見せなかった。恐怖している様子はなく、まるで楽しむかのような表情になったのが、暗がりの中でも見て取れた。

「気をつけろ、力を使うぞ」

「わかってる。 捕まえてからいたぶってやる」

男達がそう会話すると、一番後ろにいた男が網を少年に投げかけた。

路地に追い詰められた少年の身体に網が巻き付く。

これでは、どんなに動きか素早かろうと無駄だろう。

「今だ、さっさととどめをさせ!」頭目が叫ぶ。

異常な殺気にアベルは飛び出した。

「おい、相手は子供だぜ。殺すことはねえだろ」

「なんだテメエ、仲間か?」

人間に殺意があるかどうかを、アベルは区別することができた。

明らかにこのチンピラどもは少年を殺しにかかっている。

「関係ねえんだったら今すぐ失せろ。まとめて始末しちまうぞ」

面倒なことになったと思いながら、アベルは自分の剣を抜き出した。

「―了―」