19ロッソ1

3382 【会議】

レジメント戦略部の会議が始まる時間だったが、肝心のD中隊付きエンジニアであるロッソがまだ現れていなかった。

次の作戦でD中隊が担当する、攻略可能な渦に関する重要なブリーフィングだった。

「あの跳ね返りめ、またか」

戦略部の部長であるテクノクラート・ブランが、手に持った地図を机に叩き付けて憤った。

部屋には戦略部の専任技官や調査部の技官などエンジニアと、レジンメントからD中隊長のミリアンの他、連隊長代行までが揃っていた。

「私が探しに行ってきます」

同じD中隊付きエンジニアのファルケンが、気まずい空気の中、部屋を飛び出していった。

ファルケンは、技官宿舎の自室でソファに寝転がりながら本を読んでいたロッソに声を掛けた。

「ロッソ技官、会議の時間ですよ。 何しているんです!」

堆く雑多な物で埋まったロッソの自室は、立つ場所に気をつけないと、今にも荷物が崩れ落ちそうだった。

「ああ、今行く。 どうせ最初はお決まりの話だろ。 肝心なとこには顔を出すさ」

ロッソは本を眺めたまま、顔も向けずに語る。

「まずいです、今日は連隊長代行まで来ているんです。ブラン部長もかなり苛々していますよ。 なんでも新任の作戦技官が着任するとかで……」

「あいつらの都合まで知るか。 お前が聞いておけ」

「それはできません。 専任技官のあなたが責任者です」

ファルケンはロッソより若輩だったが、きっぱりと言い放った。

「クソが、行きゃいいんだろ」

片手に本を持ったまま渋々ソファから降りると、ファルケンと共に会議に向かった。

戦略部で行われている会議は中盤に差し掛かっていた。候補に挙がっている渦は絞り込まれ、いよいよ実際に担当となるD中隊付きエンジニアの意見を聞く段になっていた。

「戦略部の作戦効果評定だと、このQ022が最も優先順位の高い渦ということですが、分析班が出した脅威度には問題があります」

ロッソは立ち上がって、モニターに映された分析表の前に立った。

「このパターンは過去の例でいうと、N型でなくD型生物が存在する可能性が高いと思われます。 そして、D型生物の代謝系は我々を上回る効率であり、さらに、文明度も高いことが知られています。 現在の部隊編成であるD中隊だけでは、おそらくコアに辿り着くのは困難であると思われます」

「君は分析班に見落としがあると言うのかね」

ブランが苦々しい顔で言った。

「これは実際の経験と、私が蓄えている過去のデータからの意見です」

渦が他の平行世界と呼ばれる異次元への扉、ということはわかっていた。

その平行世界に存在する暴走したケイオシウムを回収することによって、初めて渦と現行世界との繋がりが消える。それを命懸けで行うのが彼らレジメントだ。

今までケイオシウム回収のために「渡った」異世界については、土着生物の知能レベルや文明度、大気の組成など、全てが細かく分析、分類されていた。

もし、この観測から求められる脅威の予測に失敗すれば、レジメントは渦の中に入ったとたんに全滅する。過去にそういった悲劇が数えきれぬ程あった。

「分析班は失敗してもどうってこと無いかもしれませんが、実際あっちに出向く自分達は死ぬわけで。まあ、慎重になるってだけです。 もう少し長生きしたいんで」

「ミリアン、中隊長としての意見は?」

ブランはミリアンに話を向けた

「少なくともこの中隊ではロッソの能力は証明されています。傾聴に値すると思います」

ロッソは以前に平行世界に辿り着いた際、できる限りの物を持ち帰っていた。大気に始まり、土、植物、敵性生物の死骸など、目に付くものは全て回収していた。

もちろん作戦義務違反だったが、全く意に介していなかった。

回収専用の巨大なアタッシュケースを、エンジニアが乗るアーセナル・キャリアにわざわざ載せている程だった。

持ち帰った土、ガス、生物の死体を研究分類することに熱中した。平行世界が培った別の可能性は、ロッソにとって天国からの贈り物だった。

多くのエンジニアは、生命の危険が伴うレジメント付きエンジニアなどにはならない。地上に降りることさえも嫌う者が多いぐらいである。

ロッソは権威あるバリオン研究所出身で、ゆくゆくは高級テクノクラートとしてパンデモニウムの指導者層となるエリートだった。

ただ、その予め定められた道筋を進むことをロッソは求めなかった。その才気は、パンデモニウムに収まるものではなかった。

持ち帰った研究物資は彼の居室に収まらず、両隣の部屋まで倉庫にしていた。

こういった行いが黙認されているのは、レジメントという組織の独立性とロッソの有能さによって担保されていたからだ。

また平行世界から持ち込まれた物資による汚染、などというものは、『渦』の脅威に比べれば全くの些事だということを、渦と実際に対峙するレジメントの構成員達はよく知っていた。

会議が終わると、一人の男がロッソに声を掛けてきた。

「『偶然の本質』。古典だが異端だ。 珍しい本を読んでいるな」

男はロッソが手にしている本の題名を差す。

「アンタは?」

「作戦技官のラームだ。今日パンデモニウムから着任した。君の新しい上司になる。よろしく」

ラームはロッソに握手を求めた。ロッソは訝しむ様な表情を一瞬した後、黙って応じた。

「君は、連隊の中でずいぶんと自由にやっているようだが」

「自由にやらせてもらえるだけのことをしてるつもりなんでね」

ロッソは警戒心を隠そうともせず、突き放すような口調で言った。

「私は君のやり方が嫌いじゃない。 少し話がしたいんだが、いいかな?」

「それは命令? 読書の途中でね」

「命令じゃない。 ただロッソ、私のする話は決して君にとって悪い話じゃない」

「それはアンタが決めることじゃないと思うぜ」

「ふはは。噂通り面白い男だ、君は。 まあいい、次の作戦の前には時間を作ってもらうぞ」

ラームはロッソとの会話を諦めると、他の高級技官と共に去っていった。

「どうしました? さっきの作戦技官ですよね」

ファルケンがロッソに声を掛けた。

「別に」

ロッソはファルケンと別れると、あの異世界の物資で埋まった部屋に戻っていった。

「―了―」