05レオン3

3394 【列車】

都市と都市を結ぶ弾丸列車網は、渦が消失してから急速に復旧していた。人が動き、時代が動いていた。

「少しは楽ができそうだな」

レオンは列車の席に座り、そうひとりごちた。

眼《ジ・アイ》は現在で言うところのサラン州南部の荒野にあった。

列車で国境の街へ行き、その後は馬を借りても、徒歩で数日掛けて行ってもいい。

その前に少しでも身体を回復させなければいけない。治療は受けたが、落ちた体力はまだ戻っていなかった。

レオンは鞄を枕に仮眠をとることにした。目を瞑り、しばらくの間この糞ったれなトラブルを持ち込んだアーチボルトのことを考えていた。

奴の行動、裏切りの意味を一つずつ考えてみた。しかし、どれも答えには遠いようだった。

考えを巡らす内に眠りについたレオンは、しばらくすると奇妙な音で目をさました。カシャン、カシャンという乾いた金属音が傍で鳴っている。列車の規則的な振動音やブレーキ音とは明らかに異なる質の音だった。

「失礼。 起こしてしまったようだね」

男が向かい側の席、廊下側に座っていた。しきりに義手を動かしている。

「ここは少々、埃が多いようだ。 動きが鈍くなってしまうと面倒なのでね」

初対面の相手に滔々と語る男。姿の詳細はフードで見えないが、この列車の他の乗客達とは異なる装いだった。

「地上の空気は苦手でね。この暑さと湿った空気、匂い。何もかもに虫酸が走る」

「なんの用だ、俺と世間話をしに来たんじゃねえんだろ」

「いや、話をしに来たんだよ。実際」

「俺はお前と話すつもりはねえよ」

レオンは椅子から少し身を起こした。

「つれないね。 自己紹介させてもらおう。私は……」

男がそう語った瞬間、レオンは素早く胸元からリボルバーを出して男の頭をぶち抜いた。

「話はしないって言ったぜ」

立ち上がって荷物を持つ。座席を飛び越えながら男から離れた。

撃たれた男は廊下側に倒れていた。

あの手合いはヤバイ。そうレオンは判断した。生き残る嗅覚は鈍っていない筈だった。

離れた位置から奴を見る。男はゆっくりと立ち上がった。

ぶら下げた手から銃弾が落ちる。揺れる列車の廊下をころころと転がる。

「クソ面倒なことになったぜ」

愚痴とも挑発とも付かない言葉を大声で発した後、レオンは間合いを取るために隣の車両に移った。

車両に乗客の姿は無い。正確には、生きた乗客の姿は無かった。皆、鋭利な刃物で切り裂かれたかのように、身体を引き裂かれていた。廊下は血でぬかるみ、視界は赤一色だった。

無惨な光景だったが、レオンにそれを憐れむヒマは無い。あの男の覚悟と力はかなりのものだというのを認識しただけだ。

どうせタダではすまない旅になるとは思っていた。そうでなければ、俺に頼む道理が無い。

どうするべきか。この荷物とこの身体だ、うまくやらなければ悪運も尽きる。そう考えながら辺りを見回し、奴との戦い方と突破口を探っていた。

死体を避け、素早く最後尾の車両まで進もうとする。男がゆっくりと追ってくるのが、血まみれの窓越しにもわかった。

最後の車両に男が入ってきた。レオンの後ろに列車は無く、線路が生きた蛇のようにぬるぬると遠ざかっていく光景が広がっているだけだった。

「聖騎士とまで謳われたレジメントの生き残りにしては、卑怯なマネをしてくれる」

「ご託を並べんな、サイコ野郎」

「物事は暴力より話し合いの方が概ね建設的に進む。 野蛮なマネはやめたまえ」

「つきあいきれねえ」

列車最後尾の扉を蹴破り、外に出る。このまま飛び降りて奴から離れるか、それとも……。一瞬の思案をしている間に足に激痛が走った。何かで捕まれたように、一気に扉側に引き寄せられる。

「やはり野蛮人共との対話は無理のようだ」

レオンの足には金属の光沢を放つワイヤーが幾重にも絡まっていた。その先には男の義手。

レオンは凄まじい力で引き寄せられる。

「その装置、どんなものか知っているのか? レオン」

レオンは無言でワイヤーの力に抵抗していた。腰からナイフを取り出し、切ろうと試みる。

「無駄だよ。 単分子繊維でできたワイヤーだ。 話を聞け」

「切れない糸か。 わかったよ」

今度はリボルバーに持ち替える。そして一瞬で回転弾倉が空になるまで男に弾を撃ち込んだ。

その弾はほぼすべて、一カ所に集中して命中した。ワイヤーの出ていた男の義手が弾け、レオンの足に掛かっていた荷重が一気に抜けた。

ワイヤーを引き摺ってはいたが、レオンは素早く車外に出ると屋根に登った。

今度は進行方向に向かって、レオンは屋根伝いに進む。

奴も同じように登ってきた。壊れた片方の義手は動かなくなっているようだが、まだもう一方の手が残っていた。

「本当に話の通じない男だな。君は」

そう言いながら、男は壊れていない方の腕を強く振った

レオンの首に細いワイヤーが巻き付く。

油断していた訳ではなかったが、予想以上に相手の速度が速かった。

「クソッ」

「やっと私の話を聞いてもらえそうだな」

男は力を全く緩めずに、レオンに語り掛け始めた。

「お前の持っているその装置は、この地上に厄災をもたらす。お前らが戦っていた渦と同じようにな」

「私は地上などどうなっても構わんが、その装置が作り出す結果は、我々にとって非常に不都合なことになる」

「我々は敵ではないのだ、レオン。お前の力は惜しい」

藻掻くレオンに、また腕の力を込める。

「こちらがその気になれば、お前の首はコロリと落ちる」

「選択肢など無い。 降伏して装置と共にこちらに来い」

レオンは手を挙げ、荷物を屋根の上に降ろした。恭順の姿勢を見せたレオンに、男はワイヤーを緩めた。

「聞き分けのいい子は好きだよ」

「俺の負けだよ。 ええと……名前を聞いてなかったな」

「サルガドだ」

「そうか、サルガド。そんなに大切なら荷物をやるよ。 物騒なもんらしいしな」

レオンは足下に置いた荷物を空中に蹴り出した。

「貴様!」

片腕しか残っていないワイヤーをレオンから振り解き、落ちていく荷物に巻き付ける。

「せいぜい荒野の旅を楽しみな。サルガド」

レオンは再びリボルバーを取り出し、今度は義手にカバーされないよう、足に向かって連射した。

もんどり打って、サルガドは荷物と共に列車の外、何も無い荒野に転げ落ちていった。

落ちていったサルガドを確認すると、レオンは列車に戻り、血まみれになった自分の荷物を取り出した。

死体と乗客の荷物が散乱する惨状は、物を安全に隠すにはもってこいの場所となっていた。

自分の座っていた元の座席に戻ると、次の駅で起こるであろう騒ぎからどう逃げるかを思案した。

終点の駅から馬を使って二日、更に歩き続けること三日。ようやく眼《ジ・アイ》のあった場所に辿り着くことができた。

何度となく化け物との戦闘に及ぶ事もあったが、あの頃とは違う。奴らにとって、もうこの世界は住みよい場所ではない。

レオンは滅入る気を払うように装置を取り出して、ラームの部下に教わった起動方法を思い起こした。

「こんなもんか」

奇妙な光沢を放つ収縮式のポールで繋がれた三つの小さな装置を、三角を描くように地面に設置する。その上部にあるスイッチをレオンは押した。

すると、つい先程まで普通の地面でしかなかったその三角の内側が、不思議な光を生じさせながら様々な世界を映しては消えていく。

必然、渦《プロフォンド》の事が頭をよぎる。万が一、暴走でも起こった時には、眼《ジ・アイ》の跡地に新たな渦《プロフォンド》ができることになる。笑えない冗談だった。

「サルガドの言ったこと、聞いておきゃよかったか?」

しかし、装置はそのまま奇妙な光景を瞬かせながら、静かに動き続けるだけだった。

一晩経ち、二日目になっても装置に変化は無かった。

装置の設置は頼まれたが、それ以降の様子を確認することまでは頼まれていなかった。

しかしサルガドの言葉もあり、レオンはこの奇妙な装置が何を起こすのかを見届けようという気になっていた。

さらに三日ほど経った夕刻、装置に変化が起きた。傍で野宿するレオンにもすぐにその変化はわかった。

三角の内側の渦からまばゆい光が漏れ出し始めていた。辺りを白く染め上げる程の、強い光だった。

光柱の中、地上1アルレ程の高さにぼんやりと人影が浮かび上がり、それが徐々に色濃くなっていく。

固唾を呑んで見つめていると、ついに人影が光柱の中から現れた。

その人物に、レオンは驚愕した。

「―了―」