13ベルンハルト2

3386 【過去】

霧が出ていた。ようやく夜の闇が薄れかかってきたが、太陽は未だ昇っていない。立ちこめる霧で遠くを見通すことはできない。ベルンハルトはその霧の中に立っていた。

周りには膝丈程のモニュメントが無数に立っている。そのひとつひとつに名前が彫られていた。

ここは、渦における戦いで命を落としたレジメントの戦士達が眠る霊園だ。渦内における激戦の中において、命を落とした戦士の体を持ち帰ることは殆ど不可能であった。そのため、ここにあるのはただの墓標である。それでも、生き残った者が先に旅立った者を悼む場所は必要だった。

ベルンハルトは一つの墓の前で腰を屈めると、その前にそっと花を置いた。

しばらく黙祷すると、視線を墓標に落としたまま鋭い声を発した。

「姿を現したらどうだ」

一人の訓練生が現れた。

「すみません。お邪魔をしてはいけないと思ったので」

「こんな時間に何をしている?」

「すこし早くに目が覚めたもので。本当にお邪魔するつもりはありませんでした」

「別に責めてる訳じゃない。この辺りは散策にいい場所だしな」

「静かな場所です」

「ああ、ここでなら安らかに眠れる」

墓標に書かれた没年をエヴァリストが確認する。3377~~クラウス・ローデ~~。

「どんな方だったのですか?」

エヴァリストがそう水を向けると、ベルンハルトはもう一度墓碑銘を見つめた。

「俺を導いてくれた人だ」

「くっ……!」

背後にあるコアを守りながら、襲い来る巨大な虫を剣で叩き落とした。

ライフルの弾は尽き、手元にある武器は、もはや一振りの剣のみ。肩口からは真っ赤な血が止めどなく流れ、視界は霞んでいた。

ベルンハルトは数人の仲間と共に、部隊の斥候として渦に侵入した。

これといった敵が出現することもなく、うねった坑道状の構造物の最奥にあるコアに辿り着き、確保したまでは良かった。が、直後に巨大な虫の群れから襲撃を受けた。

一体一体の虫はたいしたことがなかったのだが、あまりにも数が多く、若い部隊員は一人また一人とその数を減らしていった。ついに、立って戦っているのはベルンハルトのみとなった。

(ここで死ぬのか……)緊張と興奮が途切れ、一瞬、諦念がよぎった。しかしベルンハルトは、もう一度コアを守るために自身を奮い立たせた。

もうすぐ本隊が駆け付けてくる筈だった。ベルンハルトがコアを確保していれば、回収は容易になるだろう。その時まで何としても力尽きる訳にはいかない。

それからどれ程の虫を潰したことだろう。ベルンハルトは自らの血と虫の体液にぐっしょりと濡れ、辺りには無数の死骸が転がっていた。

ベルンハルトの体力は限界に達していた。コアを守る、という思いのみで体を動かしている状態だった。

「…………っ、……!」

耳に何かの音が届き、視界の片隅で何かが動く。半ば意識を失っていたベルンハルトは、本能的に剣を振りかぶった。

ギィン!

振り下ろした剣は、何者かによって受け止められた。

「……ベルンハルト、しっかりしろ!」

視界がクリアになり、見覚えのある男の顔が目に入った。

「……小隊長?」

ベルンハルトの所属する小隊のリーダー、クラウスだった。

「ああ、そうだ。よく頑張ったな」

「コアは……確保しました……」

「ああ、わかっている」

クラウスは崩れ落ちそうになるベルンハルトを支えて、微笑んだ。

「あとは任せろ。コアを回収したら一緒に戻るぞ」

後続の本隊は迫り来る虫どもを撃退しながら、コアの回収作業に入っていた。

緊張が切れたベルンハルトは、コアの回収作業を横目で見ながら物陰に座り込んだ。簡単な止血のみ行ったが、徐々に自分の体が冷えていくのが判った。

エンジニア達が搬送した回収装置が作動する。自分達の世界との結節点を生み出したケイオシウムの蠢く光が収まり、エンジニア達が持つ収納容器に収められた。あとはもう、離脱地点まで戻るだけだった。

「おい、終わったぞ。 しっかりしろ」

意識を失いかけていたベルンハルトに、クラウスが声を掛ける。

「……置いていってください」

ベルンハルトはクラウスの目をまっすぐに見て言った。しかし、クラウスは首を横に振った。

「それはお前が判断することではない。命令だ。立て、ベルンハルト」

クラウスの肩を借りながら、ベルンハルトは身を起こした。

「この程度の傷で置いていったら、レジメントは誰もいなくなってしまうな。お前にはまだまだレジメントで働いてもらう。だから連れて行く」

コルベットはコアのあった虫達の『巣』の外にある。そこまでは徒歩で行かなければならない。クラウスはベルンハルトと共に、少し隊列から遅れてついて行った。

コアを回収した部隊は激しい攻撃にさらされた。大小入り乱れた虫の大群が、隊列目掛けて突進してくる。

「もう少しでコルベットだ! 隊列を乱すな!」

クラウスがメンバーを叱咤する。幸いここまで隊に大きな被害は無く、ベルンハルトも無事についてくることができていた。

「よし、コルベットだ!」

「もうすぐだぞ!」

数え切れない程の虫を屠り、ついに隊はコルベットの待つ巣の外に出た。喜ぶメンバーの声に、悲鳴にも似た叫びが被せられた。

「後ろに注意しろ! でかいのが来るぞ!」

振り向くベルンハルトの目に、巨大な甲虫の姿が映った。その大きさはコルベットの大きさを遙かに凌駕し、体の表面は黒光りする外骨格で覆われていた。

「撃て! コルベットに近寄らせるな!」

クラウスの号令で一斉にライフルの銃弾が巨大な甲虫を襲った。しかし強固な表皮によって全て弾かれ、傷ひとつ付いた様子がなかった。

「くそっ、化け物め。相手をしても無駄だ! 全員コルベットへ避難しろ!」

クラウスがそう命令を発し、隊員達はコアを守りながらコルベットへと向かった。コルベットを護衛していた部隊も、帰ってくる本隊を援護しながら各自待避を始めた。この状況で満足に動けないベルンハルトは、明らかに部隊の足手纏いだった。

「俺を……置いて早く戻ってください! このままでは追いつかれます!」

自分に肩を貸し、ゆっくりと歩くクラウスに必死に呼びかける。事実、部隊が攻撃を緩めたことにより、膨大な数の虫がコルベットへと殺到していた。

しかし、クラウスは頑なだった。

「……それはできん。お前は早すぎる」

そして数人のメンバーを呼び、ベルンハルトの体を預けた。

「こいつを連れて行け。でかいのは俺が引きつける」

巨大な甲虫は雄叫びを上げ、コルベットに向かってきていた。

「はっ」

「しかし隊長、時間が……」

コアが収束すれば一定時間で渦は消滅する。それまでにこの世界から離脱しなければ、二度と元の世界には戻れない。

「わかっている、俺を待つ必要は無い。 行け」

クラウスはそう言うと、ライフルに新たな弾倉をセットした。

「後は任せたぞ」

最後にそう言うと、ベルンハルトに拳を掲げた。

「……隊長」

驚くベルンハルトは何も言えなかった。

すぐに踵を返すと、クラウスは虫の群れへと突っ込んでいった。

ベルンハルト達はコルベットへ無事に辿り着いた。

「俺が回収された瞬間、コルベットは離陸した」

話を聞き終えたエヴァリストは、もう一度、物言わぬ墓碑に目をやった。この下にクラウスの遺体は無い。

「俺達レジメントの戦士はいつか死ぬ。 だがそれは渦と引き替えだ」

淡々と語るベルンハルトの頬を、ようやく顔を出した朝日が照らす。

「俺達は何かを得るために生きているんじゃない。 終わらせるためにいるんだ」

エヴァリストは言葉が出てこなかった。

「覚悟が必要だ。 もし無ければ、ここから去った方がいい」

「……いいえ、自分にもあります」

「ならいい。 いつかお前達に任せられる日が来る」

そう言ってベルンハルトは去った。

朝靄は光を浴びて、黄金色の輝きを放っていた。

「―了―」