14フリードリヒ3

3386 【巨人】

見渡す限り鈍色に輝く地面。そこにある建物も、樹木も、全てが金属でコーティングされてしまったかのように、鈍く輝いていた。

フリードリヒと訓練生達を乗せたコルベットは、その上空20アルレの高度を飛んでいた。

フリードリヒが実地訓練として連れてきたのは、全てが金属に覆われた《渦》だった。敵性生物の鉄の巨人がコアを守っている。巨人はその体の大きさ故に動きが緩慢で、レジメントの戦士であれば倒すのにそれほどの苦労はいらなかった。ただし耐久力だけは並外れているため、打ち倒すには集団で戦う必要があった。それが、フリードリヒがこの《渦》を選んだ理由だ。

初めて実戦に出る訓練生達は、皆一様に緊張の表情を浮かべていた。普段は不敵なアベルや、何事にも冷静に対処するエヴァリストでさえ、例外ではなかった。

「おいおい、今からそんな顔してたんじゃあ、倒せるものも倒せないぞ。アベル、いつもの威勢はどうした」

「別に緊張なんかしてねえよ」

アベルはそう言って、わざとらしく剣をガチャガチャと鳴らした。

「そうそう、その意気だ。なに、別にたいしたことはない。この下にいる巨人なんかより、ミリアンの方がよっぽど怖い」

フリードリヒの戯けた言い方に笑いが起きる。ようやく緊張が解けてきたようだ。

「そういえばグリュンワルド、お前がレジメントに連れてきた猫いるだろ」

一人表情を変えていないグリュンワルドにフリードリヒは声を掛けた。却って様子が気になったからだ。

「自分が連れてきた訳ではありません」

「あの猫、なんかやたらとオレに懐いてくるんだが。お前、しっかり管理しておけよ」

「自分の猫ではありません」

「ったく、愛想も何もあったもんじゃねえな」

フリードリヒはライフルの弾倉を確認しながら、グリュンワルドの態度に苦笑いを浮かべた。

「小隊長、そろそろ着陸ポイントです」

「よし。それでは、全員武装を確認しろ」

フリードリヒの号令で、一度は緩んだ緊張が再びコルベット内に生まれる。

その様子をフリードリヒは満足そうに眺めていた。

コルベットが着陸し、訓練生達が地上へと降りる。初めて《渦》に上陸するとあって、全員が緊張と興奮で顔を赤らめていた。

「俺は小隊を率いてコアへ向かう。お前達の任務はコルベットの護衛だ。コルベットが失われれば向こう側へ帰ることはできない。しっかり頼むぞ」

「わかりました!」

「よし、それでは出発する。帰還は三時間後の予定だ。また後でな」

最後は砕けた口調で話すと、フリードリヒ以下D2小隊はアーセナル・キャリアに乗り込み、《渦》の奥へと向かった。

上陸地点には、アベル・レオン・エヴァリスト・アイザック・グリュンワルド・ブレイズの訓練生六名と、連絡員を務める小隊メンバー一名が残された。少年達は不安そうに異世界の風景を眺めていた。全てが灰色に覆われ、鉄の巨人が住む世界。ここでは人間の方が異分子なのだ。未だ実戦経験のない訓練生達だったが、通常ではあり得ない異様な風景を見て、そのことを実感せずにはいられなかった。

フリードリヒ達が出発して二時間が経過した。最初は緊張していた訓練生達も雰囲気に慣れ、次第にいつもの調子を取り戻してきた。まずアベルとレオンが「偵察」と称してコルベットから離れようとした。

「離れるな。俺達の任務はここの防衛だろう?」

「そうだ。だから、敵がいないかどうかを確認するんじゃねえか」

「この地形なら、かなり離れたところまで目視できる。そのための着陸スポットだ」

「何だと!?」

いつものようにアベルとエヴァリストの意見が割れる。ブレイズはその様子を心配そうに見守り、グリュンワルドは我関せずといった調子でライフルの整備をしていた。

《渦》の中にいる、ということが調子を狂わせたのか、珍しくアベルの方が矛を収めた。顔を顰めると、むっつりと遠くを見つめる。そして、途端にその表情を変えた。

「お、おい……向こうからなんか来るぜ」

「何っ!?」

アベルの言葉に全員が驚きの声を上げる。アベルの指差す方向を見ると、確かに遠くから鉄の体をした巨人が向かってきていた。

「……もうすぐ教官達が帰ってくるのに」

「何言ってんだ! 俺達の力を見せる時だぜ!」

俯くブレイズにアベルが活を入れる。エヴァリストも賛同し、

「まずはコルベットから少し離れて、そこで迎え撃とう」

と提案した。これには全員が賛成し、各人はライフルを構えて巨人の迎撃に向かった。

緩慢に見える巨人がこちらに辿り着いたのは、訓練生達の予想よりも遙かに早かった。

「くそ、食らえ!」

「アイザック、撃て!」

訓練生達が思い思いにライフルを撃つ。しかし、鉄の体を持った巨人には有効なダメージを与えられない。巨人は着弾する銃弾に構わず接近し、手近にいたアベルを攻撃した。

ブォン

「当たるかよ!」

巨大な手がアベルの居た空間を薙いだ。しかし、その直前にアベルは身を躱し、巨人の後ろに回り込んでいた。

「ぶっ倒れろ!」

ダダダダッ。

放たれた銃弾が巨人の背中に火花を散らす。しかし、巨人がダメージを受けた様子はない。

「なんだコイツは!? こんな豆鉄砲じゃ役に立たねえ」

再び襲ってきた腕を避けながらアベルが毒突いた。銃を投げ捨て、剣に持ち替えようとする。

「アベル、個別に攻撃しても駄目だ!」

「うるせー、俺に指示……うわっ」

「アベル!」

華麗に攻撃を躱し続けていたアベルが足を取られて転倒した。そこへ巨人の拳が迫る。

「危ない!」

アベルが潰される寸前、グリュンワルドが巨人に体当たりして窮地を救った。

「どうした、威勢だけか?」

「クソっ、お前に助けられるとはな!」

アベルは毒突きながら立ち上がる。

「礼なら結構」

グリュンワルドは冷静な表情を崩さずに、そのまま巨人に向き直る。

「どこを狙う? エヴァリスト」

グリュンワルドがエヴァリストに確認する。

「脚だ、脚の関節を破壊しよう」

「よし。俺が引きつけるから、その隙に狙え!」

アベルがさっきの失態を取り戻すためか、声を上げる。

「……気をつけろよ、アベル」

アベルが剣を構えて巨人へ突っ込む。それと同時に、残り五人のライフルが巨人の脚に集中砲火を浴びせた。

巨人は相変わらず銃撃など気にせずにアベルを狙い続ける。アベルは攻撃ではなく回避に集中し、巨人の拳を避け続けていた。

「……まだか」

全員がライフルの弾倉を換え、それも撃ち尽くそうという頃、ようやく巨人の動きに変化が現れた。アベルを殴ろうとした瞬間、ぐらりと巨体が傾いたのだ。

そのまま巨人の巨体が灰色の地面に倒れた。左脚が無惨に千切れている。腕や右脚は動いていたが、もはや立つことはできなさそうだった。

「ようやくか……」

アベルは疲労の色が隠せない。巨人と30分以上も対峙し、受けたら死ぬであろう攻撃を躱し続けたのだ。しかし、改めてその胆力と技量が並外れていることを証明してみせた。

「ったく、これでようやく……」

そう呟いたレオンの顔が強張る。その視線の先には、こちらへ向かって歩いてくる数体の巨人の姿があった。

「……まじかよ」

レオンが絶望的な表情で呟く。アベルやアイザックも声には出さないものの、同じ顔つきをしていた。

「コルベットで逃げた方がいい」

ブレイズが撤退の提案をする。

「……あきらめるな、もうすぐ教官達が帰ってくる。それまで粘るんだ」

エヴァリストが、食いしばった歯の間から絞り出すように声を出した。アイザックはその言葉に応えるように、ライフルを構え直す。

二人の様子を見ていた残りの四人も、表情を引き締め、それぞれの武器を構えた。

その時、歩いていた巨人の周辺で次々と爆発が起きた。衝撃に耐えきれず、巨人達は次々に倒れていく。爆風の向こうにはアーセナル・キャリアの機影があった。

アーセナル・キャリアは連隊付きエンジニアが搭乗するタイプの飛行艇であり、コア回収装置が搭載されている。乗員数は少ないが、その代わりに強力な武装を積んでいる。ただ破壊する、ということにおいては、この機体に勝る物はなかった。

「教官!」

「戻ってきた!」

歓声を上げる訓練生達の元へアーセナル・キャリアが着陸し、中からフリードリヒが姿を現した。

「お前達、よく持ちこたえたな」

「教官、コアは……」

「ああ、無事に回収した。総員、コルベットへ搭乗しろ。これより帰還する」

「了解!」

帰りのコルベットでは、緊張から解放された訓練生達が眠りについていた。その様子を見たフリードリヒは、来る時と同じような、穏やかな笑みを浮かべた。

「―了―」