3394 【再会】
「嘘だろ」
レオンは我が目を疑った。
「レオンか? こんなところで出会うとはな」
光から出てきたのは、《ジ・アイ》突入後に行方不明となっていた、レジメントD中隊長ミリアンだった。
「生きていたのか、二人とも」
その後に続くのは、同じく中隊付きエンジニアのロッソだった。そしてもう一人、見知らぬ女性が現れた。
「ほかの皆は?」
「俺達だけだ」
ミリアンが答える。
「そうなのか……。 でもよかった、あんた達だけでも無事で」
レオンは改めて右手を差し出して、ミリアンと握手をする。その時、ミリアンの左腕が半分以上無くなっていることに気が付いた。
「戦いの途中でな。 生きて帰れただけ、ましだ」
「話を聞かせてくれないか、皆がどうなったか」
レオンの胸にレジメントとして過ごした日々が蘇っていた。単純に理想に燃え、仲間と共にあった日々が。
「悪いが急いでいる。 話はまた後だ」
「ああ……、わかった」
レオンが頷くと、ミリアンの後ろから若い女が前に出た。
「あなたが助けてくれたのね? ありがとう。レオン……ね」
「ああ。あんたは?」
「私はマルグリッド」
マルグリッドは無表情に答える。ただ、その顔は作られたように美しかった。
「ラームは来ているの?」
「いや、来てはいない。街に戻れば会えるはずだ」
「そう」
マルグリッドは振り返りもせずにそう言うと、先頭に立って歩き出した。
「ここから国境の街までは徒歩だ、急ぐにも限界があるぜ」
「そう。どれくらいかかるの?」
「一週間ってところだ。 運がよければ、街に向かうキャラバンを捉まえられるかもしれんが」
「そう」
レオンには違和感があった。なぜレジメントでないこの女がいるのか。そもそも、どうして彼らだけが生き残ったのか。レオンは疑問を口に出すべきか考えていた。
◆
すっかり夜となり、辺りは暗闇となった。荒野では気温も下がる、レオンは休憩を提案した。
「今晩はこの辺りで休もう。夜にうろつくのはよくない」
「いいえ、まだ進みましょう。 あなたが問題でなければ」
「最低でも一週間はかかる道のりだ、焦っても仕方ないぜ。女のあんたもいるしな。ミリアン、どうする?」
「できるだけ進もう。マルグリッドへの心配は必要ない」
「そうか」
レオンは次に休めそうな場所を思い描きながら、暗闇を再び歩き出した。
◆
暗闇を進む中、レオンはミリアンへレジメントの事を尋ねた。
「ベルンハルトやフリードリヒはどうなった?」
「俺達以外はみんな死んだ」
「《眼》は無くなった。 ってことは、コアは回収できたのか?」
「俺達は敵に囲まれてな、コア回収後に脱出できなかった」
「でも、戻ってこれた」
「ああ、あのマルグリッドに助けられてな」
「あの女、何者なんだ?」
「エンジニアさ」
「お前、どこまでラームから話を聞いてる?」
ロッソが口を挟む
「何をだ?」
「何も聞いてないのか。 なら、それ以上聞くな」
「俺はミリアンに聞いてるんだ」
レオンはロッソに言い返した。
「レオン、もう一度俺達と一緒に戦わないか?」
ミリアンが改めて切り出した。
「戦う? 何とだ? 渦は無くなったぜ」
「レジメントとしてではない。 新しい戦いだ」
「話が見えないな。 何のための戦いだ?」
レオンはミリアンの顔を見た。
「悪いようにはならない。今度は自分達のための戦いだ」
ミリアンの表情は、疲れてはいるものの真剣だった。
「詳しく話を聞きたいところだが……、やめとくよ」
レオンは肩を竦めるようにしてミリアンに答えた。
「面倒ごとには、ちょっと疲れててね」
「そうか」
ミリアンはそう言って前を向いた。再び、全員無言で歩き続けた。
◆
それからの旅は比較的順調だった。互いにたいした会話もなく、淡々と荒野を進んだ。幸いに荒野の怪物達との出会いも無かった。
街まであと二日程度となった日、夜営に選んだのは、ずっと前に捨てられた小さな街だった。最後の水の補給を行い、残りの行程を乗り切らなければならない。
朝になり、井戸の前で水汲みを終えたレオンは休んでいた。そこにミリアンが来て水浴をはじめた。
レオンはその様子に構わず、ぼうっと横になって空を見上げていた。
「レオン、この前の話、考え直してくれんか」
水浴を終えたミリアンが話し掛けてきた。
「アーチボルトに同じように誘われてね。ひでえ目にあったよ」
「あいつは生きているのか」
「ああ、多分ぴんぴんしてるよ」
「ならよかった」
「よくねえよ。あの野郎、こんど会ったらただじゃおかねえ」
レオンは笑いながら答えた。
「お前のためになる話だ。 街に着くまでにもう一度考えてくれ」
ミリアンはそう言いながら上着を羽織った。左腕の傷跡はまだ生々しいものだった。
◆
出発の用意を整えて街を出る間際、レオンが切り出した。
「このまま南へまっすぐだ。ここが水が補給できる最後の場所だ。全部もっていっていい」
水筒を放り投げた。
「どういうことだ?」
ミリアンが聞く。
「別れよう。ここからなら、もうあんた達だけでも問題ないだろう」
「報酬はどうする? いらないのか」
ロッソが言った。
「ラームには借りがあってな。これで貸し借りなしってことだ」
「そう、なら仕方ないわね」
マルグリッドはあっさりと認めた。ミリアンは納得がいかないといった表情をしている。
「じゃあな」
そう言ってレオンは荷物を持ち直し、別方向に歩き始めた。
ロッソが黙って銃を抜き、構えた。
咄嗟にミリアンはロッソの銃を払おうとしたが、その前にレオンは背中から撃たれた。
「なぜ撃った!」
「お前がドジを踏んだからだよ」
ロッソが言った。
「あなたの裏切りがばれたようね。仕方ないわ」
「行きましょう」
マルグリッドは踵を返して荒野を歩き始めた。
「念のために見てこよう」
ミリアンは倒れたレオンの傍に行く。ロッソはマルグリッドについて歩き始めた。
◆
「急所は外れたな。黙っていろ」
レオンにミリアンが話し掛けた。
「……あんたが裏切るとはね」
「腕の傷か……。よく見ている」
ミリアンの腕の傷は、レジメントだけが使うセプターによる傷だった。それにレオンは気付いていた。
「赦してもらおうとは思わん」
「……くたばれ」
「これが俺にできる最後の餞別だ」
ミリアンは銃を構えた。
そして、一発の銃声が荒野に響いた。
◆
「生きていたのか」
ロッソが戻ってきたミリアンに言う。
「苦しませるのは忍びない。元々仲間だ」
「よく言うぜ」
ロッソの皮肉を無視して、ミリアンは歩き続けた。
◆
三人が遠くに去った後、レオンはゆっくりと立ち上がった。ロッソに撃たれた銃弾は幸いに貫通していた。
ミリアンはレオンを助けていた。ミリアンの銃弾は地面に穴を開けただけだった。
「ったく、俺は仲間に恵まれてるぜ」
思わず呟いた。
「このまま終わるわけにはいかねえな」
ゆっくりとレオンは歩き始めた。
「―了―」