13ベルンハルト4

3389 【決戦へ】

レジメント司令部の定期会議が開かれた後、ミリアンはベルンハルトを自室に呼んだ。

「いよいよ、ということか」

ベルンハルトは壁により掛かったまま話を聞いている。

「そうなる」

ミリアンはソファに座って訥々と語った。片手には酒があった。

「作戦室の説明は、納得できるものなのか?」

「俺達は信じるしかあるまい」

ミリアンは酒を呷った。

「これで全てが終わるという訳か」

ベルンハルトがそう言うと、しばらく沈黙が続いた。

「ジ・アイは混沌を撒き散らす渦の中で、最も巨大な結節点《ノード》ということだ。 奴らの計算上、ジ・アイさえ潰せば、他の小さな渦も消えて無くなる……そうだ」

ミリアンが自分に言い聞かせるかのように言う。

「仕組みはいい、俺達は結局戦うことしかできない。 確認したいのは作戦成功の見込みの部分だ。 二つのコアの同時攻略、しかも正確に同期しなければならないのだろう?」

「静的なシミュレーションは重ねたそうだ」

また酒を飲む。

「机上のシミュレーションで片が付くなら、今までの苦労は無い。 作戦が失敗すれば、また振り出しだ」

「E中隊の二の舞か……。 レジメントを立て直すのに随分と時間が掛かった」

ミリアンは、数年前に初めてジ・アイに挑み、そして消滅した中隊の名前を挙げた。

「……だが、あの犠牲があったからこそ、今回の作戦を立てることができたとも言える」

ミリアンはそう言い直した。彼らの死によってレジメントの強化が図られたことも事実だった。E中隊の全滅を機に各中隊は再編成され、入隊期は一年に二回に増えた。それによって若い隊員達が多く参画するようになった。生き残った古参達は必然的に彼らを率いる形になり、連隊全体の規模も大きくなった。

「次は俺達の番という訳だ」

ベルンハルトは、ミリアンが自分の為に注いだ酒杯をテーブルから取った。

「これを最後にせねばならんな」

「ああ」

ベルンハルトはそう返事をして、酒杯を呷った。

レジメントが『動的シミュレーション』と呼ぶ作戦訓練の休憩中に、フリードリヒが話し掛けてきた。訓練は野外で行われていたが、休憩時にはコルベット用のハンガーに戻ってきていた。

「全部が終わったあとは、どうする?」

フリードリヒはB中隊に所属している。たまに若い奴らを訓練して廻っていたが、作戦が決まってからは中隊任務に専念していた。

「さあな、終わってから考えればいい」

ベルンハルトは装備を取り外しながら答えた。フリードリヒはまだ戦闘服を着たままだ。

「国に帰ってみるか? 街を復興させようって話もあるみたいだぜ?」

「お前はそうすればいい」

興味なさげに銃の手入れを始める。

「ベルンハルトはどうすんだよ」

フリードリヒは苛ついた様子で問い質した。

「まだ戦いは終わっていない。 先を見すぎるな」

「未来は誰にだって必要だぜ。 いつか来るんだ」

「まずは目の前の戦いが全てだ」

フリードリヒは肩を竦め、諦めを態度で表した。

「わかったよ。 終わってからゆっくり話し合おうぜ」

フリードリヒは銃を担ぎ直して自分の中隊へ戻ろうとする。そして振り向きざまに、念を押すように指差ししながら言った。

「アンタには人生を楽しむことが必要だ。 家族としての忠告さ」

「俺の心配より、自分の中隊の心配をした方がいい。 時間はあまりない」

ベルンハルトは視線も合わさずに答えた。

「ったく」

呆れるように手を振って、フリードリヒは去っていった。

連隊は訓練を繰り返した。コアの同時攻略はタイミングが全てだった。同時にコアを除去できなければ、アクティブなコアが除去された方を復活させてしまう。そうなれば、E中隊と同じように、永遠に向こう側に取り残されることになる。エンジニア達は専用の機器を作り上げて何度もテストを繰り返していた。

ミリアン、ベルンハルト達D中隊とフリードリヒのいるB中隊は、様々な設定で、二つのコアを攻略する動的シミュレーションを繰り返した。

シミュレーション・ゾーンの方から作戦失敗のアナウンスが流れた。するとD中隊付きの選任技官であるロッソが、大声を張り上げながらゾーンから戻ってきた。

「制御装置の整備をした奴は誰だ!」

ロッソは女技官を呼び付け、首元を締め上げながら怒鳴る。

「貴様、テストせずに同期装置をいじったな!」

「すみません」

「オレを殺す気か! 手順を守れ!」

女技官を突き放し、ロッソはマスクを叩き付けてハンガーに戻っていった。

「また失敗だ」

ロッソらエンジニア達の騒動を横目に、ミリアンがベルンハルトに話し掛けた。ミリアンの横にはB中隊長のスパークスもいる。

「成功率が低すぎる。機器も不安定だし、そもそもコアを同時に確保するのが困難だ」

二つのコアは別の世界軸に存在する。通信もできないと予想されている。コア回収装置の同期だけは、ロッソが開発した装置によって取られるようになっていた。

「今までの中で、最大のずれは?」

ベルンハルトはBとDの中隊がコアを確保するまでのずれを聞いた。

「最大八時間だ。二時間以内に確保できたのは、十二回のうち、今のも入れて三回」

ベルンハルトの問いにスパークスが答えた。確保のずれが許されるのは、同期システムの限界上、二時間しかなかった。

「話にならんな」

ミリアンが言った。

「作戦室の連中は、この訓練でずれを収束させると言っているが?」

「まあ、やるしかない。 少しでもましにしなきゃならん」

スパークスは気持ちを切り替えるように言った。

「おい、お前ら、ハンガーで待機。 装備を整え直せ!」

ハンガーの周りでうろうろしているバックアップの若手隊員にミリアンは指示を与え、自分達もハンガーに戻っていった。

訓練の日々が終わり、いよいよ作戦決行まで一週間を切った頃、連隊全体での会食会が設けられた。連隊旗が掲げられたホールには、連隊メンバーがほぼ全員集まっていた。テーブルには豪華な食事が並べられ、酒も十分に用意されていた。普段は食事で顔を合わすことがないエンジニア達も参加している。

会場の雰囲気は、作戦前の高揚と不安が入り交じった感情を反映するように、やけに騒がしかった。

「最後の最後で後詰めとはな」

ベルンハルトにアーチボルトがぼやいた。A中隊は今回の作戦からまるまる外された。当然、作戦が失敗した場合のことを考えてだ。

「幸運を喜ぶべきだな」

酒杯を掲げてベルンハルトが答える。

「まあな。 俺は別にこだわっちゃいない。だが、若い奴らがふて腐れててな」

「予想損耗率を聞かせてやればいい。 後詰めでよかったと考え直す」

「違いない」

アーチボルトは話を切り替えた。

「シミュレーションの結果、芳しくないようだな」

「仕方ない、特殊な作戦だ。だが逃げるわけにはいかない。俺達の番だからな」

「幸運を祈ってるぜ」

「ああ、ありがとう」

アーチボルトと別れてミリアンを探すと、バーテーブルの前でロッソといるのを見掛けた。

「めずらしいな」

ミリアンの横に行き、声を掛けた。

「作戦の成功を祈って飲んでるのさ。 俺達は運命共同体だろう?」

ミリアンの向こうからロッソが答えた。

「違いない」

「乾杯といこう、ベルンハルト。作戦の成功とD中隊の生還を願って」

ロッソが戯けるように杯を掲げた。三人で乾杯をする。

「おっと、ラームが来た。 また後でな、ミリアン」

ロッソはラームを見つけて離れていった。

「意外な組み合わせだな」

「最後だからな。 今回の作戦はあいつに命を預けるようなものだ。 少しは腹を割って話しておこうと思ってな」

「そうか」

「最後の作戦、スターリングだったら何て言うと思う?」

ミリアンはホールの壁に掛かった初代連隊長スターリングの肖像に顎を上げて、ベルンハルトに言った。

「さあな、笑いながら『死んでこい。ただし、勝って死ね』とでも言うんじゃないか」

「ははは。 そうはっきり言われると、こっちも肝が据わるな」

「無茶を言う親父だったが、憎めなかった」

ベルンハルトもスターリングの肖像を見ながら、酒杯を呷った。

「楽しんでるか? ベルンハルト。 最後だぜ」

ぶつかるようにフリードリヒがベルンハルトの傍に来た。かなり飲んでいるようで、足元がおぼついていない。

「飲み過ぎてるようだな、フリードリヒ」

ミリアンが呆れた様子で言った。

「なに、若い奴らに酒の飲み方を教えてやろうと思ってな。 あれ、ちょっとやり過ぎたかな?」

壁際には何人かの若い隊員が酔い潰れて横になっている。大方、飲み比べでもやったのだろう。

「戦いの前に隊員を壊すなよ」

呆れた調子でベルンハルトも言った。

「なに、平気さ、無茶はさせてない。はず。うん。……で、二人で何を話してたんだ?」

「スターリングの親父の話さ。 懐かしくなってな」

「ああ、親父の話か。 最後の作戦だもんな……」

フリードリヒも肖像を見上げて呟いた。そして、突然バーテーブルの上に立ち上がって叫んだ。

「おい、レジメントの野郎ども! 古参も新人も関係ねえぞ、こっちに集まれ!」

フリードリヒの声がホールに響き渡り、一瞬静まりかえった。

「このレジメントを創った親父ことスターリングに乾杯するぞ、酒を持て!」

ぞろぞろと酒に酔った隊員達が、古参を中心に、フリードリヒ達とスターリングの肖像の前に集まった。

「俺達は親父に集められてここに来た。 スターリングがいなきゃ、俺達もここにはいなかった。 親父と死んだ仲間達に誓うぞ! 渦に必ず勝利すると!」

おお、と隊員達は地響きがするような声を上げた。古参達の中には感極まっている者もいる。

「スターリング万歳! レジメント万歳!」

雄叫びともいえる声と共に、杯が上がった。

「レジメント万歳!」

その言葉が、終わることなく何度もホールに響き渡った。

「―了―」