20エイダ2

3394 【陥落】

「着弾を確認。 誘爆を起こした左舷が傾いています。 高度30アルレに低下。 落ちます!」

エイダの通信機に観測班からの損害判定が届く。エイダら装甲猟兵の打撃が、ついに帝國の巨大戦艦を捉えた。甲板から煙を上げて、ガレオンがゆっくりと落ちていく。まるで巨大な龍が地面に降り立つように、ガレオンは地に落ちた。その鈍い重低音が、装甲服の中にいるエイダの身体をも震わせた。

「重砲班はそのまま追い打ちを掛けろ。 アルファ中隊とベータ中隊は墜落地点で接敵するぞ」

間髪を入れずに、隊長のボールス大佐から指令が届く。

「フロレンス、行くぞ」

「了解」

エイダ達アルファ中隊所属のメンバーは、隊長と共に速度を上げて墜落地点に向かった。

戦局は混乱を極めていた。

ガレオンの砲撃は止んだが、既にトレイド永久要塞は多大なダメージを受けており、一部の帝國歩兵は要塞内部へ進入していた。帝國の後続部隊はガレオンが落ちてもまだその進撃速度を緩めていない。墜落したガレオンは要塞の手前、前線の真ん中に不時着する形になっていた。要塞の外でガレオンに対する機動作戦を行っていた装甲猟兵は、墜落地点を確保して帝國軍の進撃を食い止める作戦に移った。

エイダの眼前にガレオンに随伴する帝國の歩兵団がいた。エイダはトリガーを引き、彼らを蹴散らす。血煙が上がり、歩兵団は総崩れになった。帝國軍は反撃もせずに散り散りとなって退却を始めた。奇襲の形で現れた装甲猟兵の火力に、士気の落ちた帝國軍は圧倒される形となった。

フロレンスが射界を確保するために、エイダの前に出てくる。

「近付き過ぎるな」

「わかってる」

エイダはフロレンスに注意した。装甲猟兵は火力と機動力を生かしたヒットアンドアウェイを戦術の基本としている。視界が悪く、小回りの利かない装甲猟兵は、歩兵による肉薄攻撃を最も注意しなければならない。

「歩兵の排除を確認。 相手は総崩れだ。 いけるぞ」

フロレンスはエイダを急き立てるように言った。

「焦るな、隊長を待て」

装甲猟兵の中隊は、二機ずつのペアを四つ、計八機で構成される。それぞれのペアは距離を取って作戦行動を行う。アルファ中隊の左翼を担うフロレンスとエイダは、他の機よりもかなり前に出てしまっていた。

「敵は下がった。 早くガレオンを確保すべきだ。 もう甲板までこちらの軍勢が辿り着いてる、乗り遅れる気か?」

「落ち着け、フロレンス」

エイダはフロレンスの興奮を諌めた。二人とも初めての実戦ではなかったが、ここまでの大規模な攻防は経験したことが無い。その上、ガレオンという強大な敵を自分達装甲猟兵の活躍によって落とすことができた。その僥倖の興奮は当然自分にもあったため、フロレンスの言動も理解できた。しかし、だからこそ冷静にならねばと、エイダは己を律していた。

「好機を掴み損ねる気――」

フロレンスの言葉が終わる前に、ガレオンの甲板で重砲部隊の砲撃による大きな爆発が起こった。

「焦る必要は無い。 敵はもう終わりだ」

エイダはそう言って、隊長機の前進を待ってからガレオンへと進んだ。

アルファ中隊は隊列を乱さず、帝國の歩兵達を倒しながらガレオンへと近付いていった。この場所をオーロール隊が確保すれば、確実に帝國軍を押し戻すことができる。そう確信する戦いだった。

「甲板の煙が見えるか? エイダ」

フロレンスの声を聞き、小さな前面モニターに映るガレオンを見る。ガレオンの甲板から紫の煙の筋が幾重にも漏れ出していた。しかし、甲板で行われているであろう戦闘の様子までは見えない。

「毒ガスか? 帝國ならやりかねんが……」

「ただのガスにしては、動きが奇妙だな」

その紫の煙に何か禍々しい印象を受けたエイダは、通信を隊長へと切り替えた。

「隊長、甲板の様子がおかしいです。 慎重に近付きましょう」

「ここからは見えんが……」

通信が途切れ、雑音が入る。

「どうしました? 隊長」

通信機の向こうでマシンガンの発射音が断続的に響いている。

「……敵だ! なんだこれは……馬鹿な……」

ボールス大佐らしからぬ声にエイダは危機を感じ取り、すぐさま応援を約束した。

「隊長! そちらに行きます」

「フロレンス、中央に敵だ。 隊長が応戦中。 援護に向かうぞ」

エイダが応援に向かうために声を掛けると、フロレンスが返答した。

「待て、エイダ。 周りをよく見ろ!」

フロレンスの声を聞き、エイダは不器用に機体を左右に揺らしてモニターを確認する。

そこには赤黒い何かが蠢いていた。

「敵か?」

「……違う、死体だ! 帝國兵も我が軍も関係無いぞ」

モニターに映った赤黒い何かは、血塗れの人間だった。砲火で体を激しく損傷している人間が、ゆっくりと立ち上がって自分達の方に近付いて来る。それは前方だけでなく、囲むように現れた。明らかに自分達に取り憑くように向かってきている。

「クソッ!」

フロレンスは近接戦闘用の戦斧を取り出して振り回した。エイダの側面でベチャリという何かが潰れる音がした。

「足下にもいるぞ! 気をつけろ!」

視界の悪い装甲服では、間近に現れた生ける死者を確認するのが難しい。フロレンスの足下で、眼孔に銃弾を受けた帝國兵が己の銃剣を突き立てようとしていた。エイダは機銃でその死体を細切れにする。

「ここにいるのはまずい、離脱だ」

「離脱も何も、どこもかしこも死体だらけだ!」

死体は戦場に無数にあった。

「とにかく互いをカバーし合うんだ。少しずつでもいい、あのガレオンから離れるんだ」

エイダは直感的に、あの煙がこの怪異の原因だと信じた。

「了解、背中は任せろ」

そう言いながら戦斧を振るい、近寄ってくる死者の頭をフロレンスは跳ね飛ばした。

エイダの機銃とフロレンスの戦斧のコンビネーションによって、少しずつ死者の軍勢から二人は離れることができた。その間、他の機体とも通信を行ったが、どの機体からも反応は無かった。

逃げ延びた山腹で、燃料切れとなった装甲服を廃棄した。鹵獲を防ぐために火を放った装甲服は、真っ黒なただの鉄の塊となった。

既に陽は暮れていた。二人とも無言だった。山を越えて大きく要塞を迂回すれば、王国へ至る道に出る筈だった。歩兵としての訓練も受けてはいたが、食料が無い状態で歩き続ける二人には、疲労の色が濃く出ていた。

山頂付近の広く要塞を見渡せる場所にエイダは立った。要塞の各所から火の手が上がっており、トレイド永久要塞が陥落したのは明らかだった。それは、エイダ達二人を打ちのめすに十分な光景だった。

「わかりました。ご苦労様でしたね、エイダ」

玉座の前で膝を突くエイダに、アレキサンドリアナは優しく声を掛けた。トレイド永久要塞陥落の顛末を、アレキサンドリアナは涙を溜めながら聞いていた。

「私は陛下の信頼を裏切りました。どんな罰でも受ける所存です」

戦いの結果は悲惨なものだった。トレイド永久要塞は死者の殺到を受けて壊滅。装甲猟兵のオーロール隊は、一部の重砲部隊以外、生き残ったのはエイダとフロレンスの二名のみであった。隊長のボールスも戦死していた。

「あなたが敗戦の責を負う必要はありません。 帝國の倫理にもとる行為こそが、この悲劇を招いたのです」

執政達も、要衝の陥落、というこの敗戦に衝撃を受けていた。しかしその一方で、この帝國の非情な行為を大いに宣伝し、王国内、また同盟国内の士気を高めることも始めていた。帝國の非道をわかりやすい『大義』として利用しようしていた。

どんな悲劇であろうとも一つのカードとして利用する政治の思惑を、若い女王は理解していた。

「エイダ、下がりなさい。しばらくは静養をするように。近い内に、あなたにはより大きな責任を負ってもらうことになるでしょう」

しかし政治の思惑とは別に、若い女王はこの親しい友人を襲った悲劇に思いを砕いていた。

「必ず、今度こそは、この身の全てを捧げる所存です」

エイダはそう言って下がった。その目には涙があった。

「ありがとう、エイダ」

エイダがオーロール隊隊長に任じられたのは、それから三日後のことだった。副隊長には同じく生還したフロレンスが任じられ、オーロール隊の歴史上、最も若い隊長と副隊長となった。

エイダは王国の為、女王の為、そして死んでいった仲間の為という思いを持って、隊の再建を目指した。

「―了―」