3371 【墓所】
ライブラリアンの下級技官を集めて、ラーキンは語り始めた。部屋にいる技官は二〇名ばかりだ。大きくないミーティングルームの中で、皆立ったままでいる。サルガドも部屋の端で、壁にもたれ掛かるようにして話を聞いていた。
「ここ一週間、統括センターに対して危険な電子的攻撃が仕掛けられている。発信源は下層のブロックであることが突き止められた」
ラーキンの言葉には緊張がある。
小物の官吏に過ぎないラーキンは、相当上層のテクノクラートから脅されたに違いなかった。自分達が所属する遺物調査部は、トラブルなど起こりようのないマイナーな部署なのだ。
◆
「モロクがいなくなって一ヶ月が経っている。そして奴が消えた下層ブロックでトラブルが起きている。お前は何か知らないか?」
この集会の前日、ラーキンから話し掛けられた時に、サルガドはモロクが地下で何をしていたのかを一通り話した。だが、自分が実際に見た水槽に浮かぶ脳やその他機械の詳細、どのあたりのブロックかなどの具体的な情報は一切語らずに、あくまで、モロクが何か危険な遺物を見つけたらしく、それに夢中になっている、とだけ教えた。それを聞いたラーキンは怒り狂い、何故それを知らせなかったとサルガドに凄んでみせた。
「聞かれなかったもので。 黙認されている事だと思っていました」
サルガドは焦るラーキンに、そんな大事になるとは思っていなかったと、わざと惚けた様子で言い返した。
◆
「この電子的攻撃にはおそらく、我々の部署に所属する技官、モロクが関わっている」
集められた下級技官達には才気煥発なタイプなどいない。今回の話もそれ程危機感があるものと受け取っていないようだ。自分の地位が危ういラーキンだけが、一人熱くなっている格好だ。
「これは許し難いサボタージュである。 奴の活動を今すぐやめさせ、厳罰に処する必要がある。 それもできるだけ早く、自分達の力でだ」
ラーキンは早口で捲し立てる。
「奴を我々全員で見つけ出し、即座に逮捕する。もちろん私も参加する」
呑気に構えていた下級技官達も、少し顔を見合わせるような仕草をみせる。
「そして、今回の作戦には保安部にも協力してもらう。 区画を分けて調査区域に降り、必ずモロクを捕縛する」
そう言ってラーキンは部下を五つのチームに分け、モロクが潜む下層地域を手分けして調査するよう命じた。部屋を出るときには下級技官達にテイザーが渡され、一つのチームにつきライフルを所持した二人の保安部員が合流した。呑気な下級技官達も、武器を持たされるに至って初めて緊迫した空気を醸し出すようになった。
「貴様が一番モロクと親しかったのだ。 責任をもって対処しろ」
ラーキンはサルガドを捕まえてそう言うと、自分のチームにサルガドを入れた。
◆
順番に指定された区画に向かい、部隊毎に昇降装置を使って降りていく。
ラーキンの部隊は、サルガドがモロクと最後に別れた地点から調査を始めることになった。先頭に一名の下級技官、その後ろに保安部員が二名、その後を残りの三名が付いて行く形で暗い通路を進んでいく。最後尾にいたラーキンがサルガドに話し掛ける。
「この方向に、奴は消えたんだな?」
「ええ、こっちです。この未踏地域の先で姿を消しました」
嘘は言わなかった。
「よし、進むぞ」
ラーキンの呼び掛けで、武装した一団がライトを手掛かりに最下層を進んでいく。入り組んだ最下層の地域は未だマッピングされておらず、本気で調査をするとなれば相当に時間が掛かる。
いくつもの分岐がある通路を、自分達がどこにいるのかを確認しながら慎重に進んでいく。未踏地域では慎重に進まなければ、最悪、帰ってこられなくなる。そういう危険を防ぐために、調査技官は緊急用の発信器を身に着けていた。
二時間ほど進んだ時、ラーキンのポータブルデバイスから警告音が鳴り響いた。板状のデバイスを確認すると、モロクの救助信号が表示されている。西の方向に15アルレ程の位置にいることがわかる。
「奴め、からかっているのか!」
ラーキンが毒突いた。
「彼も何かに巻き込まれたのかも。 慎重に進むべきです」
サルガドはそう忠告した。
「ふん、どうだか。 老いぼれめ、ただでは済まさんからな」
ラーキンはサルガドの忠告を聞き流し、部隊の進行スピードを早めさせた。
◆
「その角の向こうです」
先頭を行く下級技官の声が響く。保安部員もライフルを構えて進む。モロクの信号はすぐそこから発されていた。
「行け」
ラーキンは、自身は及び腰になりながらも前に進むよう促した。部隊はゆっくりとモロクがいるらしい通路の角を曲がった。
先頭の下級技官の声が上がる。
「う、動くなモロク。 お前には逮捕状が出ている。 動けばここで撃つぞ」
ラーキンとサルガドも角を曲がり、モロクらしい人影を確認した。
その姿は異様だった。髪は逆立ち、血走った眼をこちらに向けている。モロクは当てられたライトを眩しがる様子を見せるが、何も言葉を発しない。
ラーキンが前に出て声を上げる。
「モロク、貴様が統制センターに電子的攻撃を仕掛けているのだろう。 お前のやっている破壊行為は重大な罪だ。 抵抗をやめて投降しろ!」
その叫びを聞くと、モロクは暗闇を逃げるように走り出した。老人とは思えないスピードだ。
下級技官がテイザーを放つが、モロクには当たらない。
「ええい、何をしている! あんな老いぼれ、力ずくで取り押さえてこい!」
ラーキンは大声を上げ、部隊に追跡を命じる。
「殺すと面倒だが、手足ぐらいは撃ってもいいぞ!」
保安部員へそう指示を出し、自分も走り出した。
サルガドは少し遅れて皆を追った。
数アルレ進んだところで部隊員達の悲鳴が上がった。追い付いたサルガドが見たのは、通路の床に空いた巨大な穴だった。絶壁のように切り立つ側面と、底の見えぬ真っ暗な闇が広がっている。
その穴の縁に、ラーキンが腕を床に這わせて辛うじて掴まっているのが見えた。まるで肩から上が床から生えているような格好だ。
「くそ、罠だ! 引き上げろ、サルガド」
ゆっくりと、サルガドがラーキンの元に進む。
「早くせんか!」
サルガドは床で喘ぐラーキンを無視して、視線を正面の闇に向けている。その先には、底の抜けた通路に浮かぶモロクの姿があった。
「映像だな。 防御システムというやつか。 起動できたのか?」
サルガドが映像だと見切ったモロクは、何も口をきかない。
「何をしている、サルガド。 貴様、まさか!?」
サルガドは無言でラーキンの顔を蹴り上げた。悲鳴、雄叫びともつかない奇妙な声を上げながら、ラーキンは暗闇に落ちていった。
「声は聞こえているんだろ? 私もそちらに行く」
そう話し掛けると、足下の穴が左右から閉じていき、再び床となった。モロクの映像はそのままサルガドを導くように通路を進んでいく。
モロクの映像を追い掛けながら、サルガドは暗い通路を進んでいった。行き先が『部屋』であるらしいことはわかっている。
見慣れた地下通路の暗闇を進むうちに、サルガドは目眩のような何かを感じていた。この暗い通路を進むにつれ、この世界の現実感が失われていくような感じがした。ラーキンが暗闇に落ちていくときのあの声でさえ、夢の中で起きた出来事のように感じられていた。
そんな感覚に浸っていたサルガドの前に、見覚えのある扉が見えた。その扉の前でモロクの映像が消える。
サルガドが前に立つと、扉が自動で開いた。中には椅子に座ったモロクと、水槽に入ったあの脳があった。部屋に備え付けられた機械には動力が通っており、壁面のコンソールにライトが灯っている。
「モロク、とうとう成功したのか」
そう声を掛けて近くに寄るが、反応が無い。モロクの顔を覗き込んでみると、既に彼は事切れていた。
椅子に座ったモロクは虚空を見つめたまま死んでいる。さっきの映像の表情のままだ。
「時間が無い、と言ったのはこの事か」
モロクの前にはノートが置かれていた。
「研究日誌か」
日誌を机から取り上げ、サルガドはページを捲った。
◆
――熱月 24日。身体の調子がいつにも増して悪い。周期的に来るようだ。段々とその間隔が短くなっている。先は長くないのかもしれない。だが、今日、ついに脳へのアクセスに成功した。未だ問い掛けに反応は無いが、何かしらのキーを見つけることができれば、これを起動できる筈だ。そうすれば、この世界を変えることができる。早くキーを探さないといけない。――
◆
最後のページは十日程前の日付で止まっていた。モロクの周りには携行食の滓と水のボトルが散乱している。ずっとここに籠もっていたらしい。モロクの執念がわかる。
サルガドは日誌を読みながら、これからどうすべきかを考えた。モロクの研究を継ぐにしても、このままここに居続けることは不可能だ。見たところ水や食料もたいして残っていない。
道中ラーキンを見殺しにしたが、うまく事故と処理してここを隠し通すことができるだろうか? 何も証拠は無いし、一芝居打つことも十分可能だ。しかし、まずはここから中央への電子的攻撃を止めなければならない。地上に戻るとしても、ここからの攻撃が続いていれば、隠し通すことはできないからだ。
◆
サルガドは巨大なパネルとなっている壁面のコンソール前に立ち、操作を試みようとする。すると、突然画面に映像が映し出された。
そこには、地下を調査する他のライブラリアン達の姿があった。
「どうするつもりだ?」
そう呟くと、突然壁のスピーカーから声が響いた。
『あと四時間だ』
コンソールの左上に大きなカウントダウンが表示されている。それのことを言っているらしい。
「お前は何者だ?」
『余は世界の監視者だ。 復活の時は来た』
「あの脳が喋っているのか?」
サルガドは振り返って水槽の脳を見る。
『あと四時間で、私はこのパンデモニウムの再統治を完了する』
壁面に大写しにされた画面に新しい画像が現れる。空に伸びるフラクタルな曲線で構成された建物は、パンデモニウムに住む者なら誰でも知っている。それは中央統括塔の外観だった。この機械、いや脳は、既に地上のシステムに到達しているようだった。
「面白い……見せてもらおう」
サルガドは腕を組み、壁に映る画像を見つめた。
「―了―」