25ミリアン2

3373 【調査】

スターリングと共に『渦』へ立ち向かう組織に所属したミリアンに、忙しい日々が訪れた。

ミリアンは数人の仲間と共にこの組織に参加することにした。やって来たのは、故郷ダンカルクから600リーグ程離れた荒野だった。周りには渦がはびこり、荒れ果てた土地しかない。ただ、背後に山があり、エンジニアの作った巨大なウォードが四方に立てられていた。防御は完全に思えた。

「随分な場所にあるんだな」

スターリングが長い旅路を経てやって来たミリアンを迎えた。

「この場所を決めるのに相当な時間が掛かった。渦から離れても、兵站の維持ができなくても面倒だからな」

「エンジニアがうまくやってくれるんじゃないのか?」

「奴らは戦略家じゃない。ましてや戦術家でもない。この連隊のことを地上の解放のための軍ではなく、渦の科学的な調査隊だと考えている連中もいる始末だ」

スターリングはこの組織を単なる軍の基本単位として『連隊』と呼んでいた。後でわかったことだが、周りの皆も連隊――レジメント――としか呼ばないようだった。今、渦との戦争に挑んでいるのはこの連隊しか存在しないのだから、番号も名前も必要無いということらしい。

出来たてのホールにスターリングの男達が集められた。数は百人もいない、皆経験豊富な兵に見えた。女はもちろん、若い男すら殆どいなかった。スターリングが設えられた壇上に上がり、声を発した。

「よく集まってくれた。 今日が我が連隊の結成の日だ。 諸君らの中には元軍人や傭兵、荒野を熟知した交易商、色々な出自の者がいる。しかし、皆が同じ目的を持って今ここにいる。 それは地上の解放だ。 諸君らは失われた我々の世界を取り戻すという大義のために集ってくれた男達だ」

さっと周りを見渡すだけで、何となく男達の出自がわかった。一つ目のグループはわかりやすい。スターリングが連れてきた帝國の兵士だ。階級章や所属がわかるようなものは着けていないが、一見して帝國のものとわかる軍服を着ており、規律正しい軍人らしさを全身から醸し出している。二つ目は傭兵や私兵上がり――これに自分も含まれるのだろうが――、彼らは装備も服装もばらばらだが、体格や身なりは戦士として頼りになりそうな者達だ。そして三つ目、異質なグループが二十人程いる。色取り取りのスカーフをぶら下げ、ちょっとした道化か太古の物語の海賊の様な格好をした男達だ。彼らは危険な荒野を旅して交易を担う『嵐の乗り手<ストームライダー>』と呼ばれる男達の集団だった。

「酒はまだか!」

スターリングの話は終わっていなかったが、男達から声が上がった。主に傭兵上がりらしい男達からだ。

「話が長いぜ」

その声と共にグラスが壇上の袖に投げ込まれた。激高した帝國の軍人らしい男が大声を上げて振り返る。

「いい加減にせんか! 大佐の訓辞はまだ途中だぞ!」

「うるせえ、とっとと酒にしろ! 楽しいお話し合いはてめえらだけでやりやがれ、この腰抜けの帝國兵が!」

「何だと!」

いきり立った帝國兵達と風体のだらしない傭兵上がりの男達や荒野の密輸人達、つまり、ホールにいたほぼ全員による大乱闘に発展した。

「よし、いいぞ! せいぜい楽しめ!」

スターリングは大乱闘のホールに向かって笑いながらそう大声で叫び、壇から降りた。

壇から降りたスターリングも酒樽から直接酒を汲み、飲んでいる。

「騒がしい連中を集めたな」

酒盛りと乱闘が続く。酒保商が集めた酒樽は逆さにされ、ありとあらゆるものが頭上を飛び交っている。

「なに、昔から胆力がある男というのは、馬鹿な騒ぎが好きなものよ」

ミリアンはスターリングの人となりが少しずつわかってきた。帝國の首都ファイドゥで廃兵院の長という閑職にいたが、兵士からの信望の厚さは折り紙つきの男だった。彼の連れてきた帝國の軍人達は、彼を大佐と呼んでいる。

「これから何をするんだ?」

「まずは訓練、そして渦の調査だ。 とりあえずそこまではエンジニア達の計画に沿ってやる。 奴らがスポンサーだからな。 だが、実際の戦いではしっかりとこちらが手綱を握る」

「そうか、忙しくなるな」

そう語り合っている間も、足下に砕けたグラスの破片が飛んでくる。

「とりあえずの装備と施設、人は揃った。 いよいよだよ」

スターリングは嬉しそうな顔をして酒を呷った。齢六十をとうに過ぎた老兵だが、その言葉と顔には若々しさがある。

ミリアンも同じ酒を呷った。呷り終えると同時に、一人の男が派手に転がりながら二人の間に突っ込んできた。

「て、てっめえ、やりやがったな!」

まるまると太った腹と髭面から傭兵と思われるその男は、体格のいい帝國兵に殴られて飛んできたのであろう。ミリアンは倒れた男を引き上げてやった。

「足にきてるな、そろそろやめておけ」

「放せ。俺に忠告なんぞ、百年早え」

太った男の正面には、拳を構えたままの帝國兵がステップを踏んでいる。

「ヘルムホルツ、紹介しておく。 ミリアンだ。 見ての通りの大丈夫だ。 仲良くやってくれ。 それとお前の相手になっている奴はヴィット。 軍じゃ格闘術教官だった男だ」

少し酔った調子のスターリングが、ヘルムホルツと呼んだ太った男に周りの男達を紹介した。

「おうよ。 ミリアン、てめえの相手はまた後でやってやる」

ヘルムホルツはそう言うと、ミリアンから酒杯を奪って口に含み、口中の血を濯ぐと床に吐き出した。そして低い姿勢のままヴィットに向かってタックルを仕掛けた。そのスピードは中々のもので、まるで跳ね回るボールの様だった。ヴィットとヘルムホルツは転がりながらホールの真ん中で組み合った。

「いいぞ、二人とも!」

スターリングは酒を片手に、その様子を見ながら笑っていた。

結団式の次の日から、男達は何事も無かった様に仕事を始めた。まず三〇人ずつのグループに再編して、A・B・Cの三つの中隊が作られた。そして渦の調査に向かうための装備の支給と、訓練が開始された。

各中隊に六名程のエンジニアが合流して、調査小隊が組織される予定らしい。ミリアンはA中隊所属となった。それぞれの中隊毎に渦に関するブリーフィングが行われ、その後、ハンガーとグラウンド射撃場で訓練が開始された。

「おう、ミリアン。 調子はどうだ?」

射撃訓練の途中、同じ中隊のヘルムホルツが声を掛けてきた。支給されたばかりの連隊の制服が全く似合っていない。そもそも鞠のような体型の男だ。一番大きいサイズの制服の袖を捲り、羽織るようにしてどうにか着ているといった感じだった。

「ひどい格好だな」

「うるせえ。 産まれてこの方、制服なんぞ着た事ねえんだから、仕方ねえだろ。 それに、他に着るものもねえしな」

「ヒゲぐらい剃ったらどうだ」

髪も髭も伸び放題であることが、さらに風采を上がらなくしていた。

「んなもん、めんどくせえだろうが」

馬鹿な話をしていると、射撃訓練の終わりを告げる声がした。

「射撃訓練なんか必要なものか。 ここで教わるようなことじゃねえだろ」

次はハンガーでの操縦訓練だと、A中隊長のミルグラムが大声でそう告げた。

ハンガーには未だ組み立て途中らしき奇妙な機械が転がっていた。剥き出しのフレームに推進装置が取り付けられている以外は、一見、船のような姿形をしている。傍らに中年のエンジニアが立って説明を始めた。

「私は兵装エンジニアのダヴィル、この調査専用機『カッター』の開発責任者だ」

「まだ不格好だが、これを使って荒野の渦へ調査に行ってもらう」

「そして、操縦は君達タスクフォースの隊員にやってもらうことになる」

隣でその言葉を聞いたヘルムホルツが、指を鳴らしながら呟いた。

「そうそう、こーゆーのを待ってたぜ」

三ヶ月ほど掛けて一通りの訓練が終わった後、最初の調査小隊の組み合わせが発表された。

ミリアンは第四調査小隊で、帝國出身のハウスホッター、元ストームライダーのブルベイカー、顔見知りの元傭兵ヘルムホルツ、そして調査エンジニアのメルルが他のメンバーとなった。どうやら違うグループ出身者で小隊を組ませたようだ。

集まった第四調査小隊の前に、ミルグラムが立った。

「お前らのところは一人少ないが我慢してくれ。でかいのが二人いれば問題なかろう」

ミルグラムはミリアンとヘルムホルツを見て言った。

そして小隊長はハウスホッターだと告げられたが、その発表にヘルムホルツが噛み付いた。

「ふん、結局帝國兵がお偉いさんか。 気に食わねえな」

「最初はこれでやらせてもらう。 いずれ小隊の組み合わせは変わるし、適性を把握すれば役職も変わる」

ミルグラムは皆を見つめて言った。

「ヘルムホルツ、お前のカッターの操縦技術は中々らしいじゃないか。まずは腕で皆を助けてやってくれ」

「お、おう」

ミルグラムはスターリングが信頼している副官とも呼べる人物だった。隊員を纏める事には慣れている風だった。

調査隊は次々と目的地に向かって出発した。ミリアン達のA中隊第四調査小隊は、三日目に出発となった。

「いよいよだぜ」

ヘルムホルツが操縦席で呟く。

「ああ、ドジを踏むなよ」

操縦席の後ろに陣取ったミリアンがそれに答えた。

「うるせえ。お前こそ、そのでかい頭をぶつけねえように、しっかりと掴まっておけ」

ミリアンとヘルムホルツの会話の向こうでは、ブルベイカーとメルルが今回の調査地域についての意見を交わしていた。

「この辺りの渦は季節によって荒れ方が変わる。 まずは西からのルートで様子を見る方がいい」

調査地域はマインシュタット山脈の南、旧サンダランド平原にある古い渦だった。

「何度か行ったことがあるのか?」

ミリアンがブルベイカーに訪ねた。ブルベイカーは痩身で、窪んだ目が特徴の男だ。その姿はヘルムホルツと対照的だった。

「ああ。だがすぐ横を通り抜けただけだ。渦の活動が活発な時期にわざわざ近付いた事など無い」

ミリアンの質問にブルベイカーが答えた。

「出発するぜ、掴まんな」

ブルベイカーの答えに被さるようにヘルムホルツが言うと、カッターが浮遊した。そして加速度が後席の隊員達に加わり、皆、力を込めて椅子に深く座った。

巡航速度と高度を保つと、またメルルを中心に作戦の確認が始まった。誰もが初めての作戦であり、皆一様に緊張している。

一通り作戦の確認が終わると、キャビンは沈黙に包まれた。

カッターのキャビンはそう広くない。渦に近付くまで一八時間、調査に四八時間から七二時間、帰還にまた一八時間、最低でも四から五日は掛かる調査に必要な武器と食料、水を積んでいるのだ。そして、カッターの大きさは最低限に切り詰められていた。

「なあ、ブルベイカー。 なぜストームライダー達はレジメントの設立に加わったんだ? あんたらは外部の人間とは関わらないと聞いていたが」

荒野に生きる彼らも、元々は故郷のある普通の人間達だった。が、数百年の渦の混乱の中で生きる術として、城塞都市間の交易を担う存在となっていった。

「それはスターリングから聞いてくれ。 俺達の口からは言えん」

「そうか」

「金だろ? 噂で聞いたぜ。 ストームライダー達には俺達の三倍の契約金が支払われたって話じぇねえか」

ヘルムホルツが操縦席から話に加わった。

「金だけで自由人である俺達『乗り手』が『囚われ人』のお前らと関わることは無い」

彼らは自分達のことを自由人、都市に引き籠もった人間達を囚われ人と呼んでいた。

「へっ、何が囚われ人だ! お前らはいつも金、金、金じゃねえか」

ヘルムホルツはストームライダー達への差別心を隠そうともしない。小さな都市国家では、交易の担い手であるストームライダー達を、暴利を貪る商人、として嫌うことも多かった。

「やめるんだ、ヘルムホルツ」

ハウスホッターがヘルムホルツの無礼を諫めた。

「けっ、いい子ぶりやがって」

再びキャビンに沈黙が広がった。ミリアンは窮屈な席の中で目を閉じ、眠ることにした。

「―了―」