26ウォーケン2

3372 【自動機械】

ウォーケンはダンの病院から旅立った。ダンが死んだ後も暫くは病院で働いていたが、異能を持った素性のわからない男は、皆から距離を置かれるようになっていた。ダンからの信頼のみで受け入れられていた身であるのだから、それは当然とも言えた。ウォーケンはオートマタの残骸を処分し、最低限の資料と重要な工具だけを持って病院を立ち去った。

旅に出てからも、ますます“夢”は心を浸食していった。欠けた記憶は、歪で不安定なイメージに満たされていた。

自身の手で自分が何者なのかを探らなければ、何も始まらない。ウォーケンはそう思った。オートマタへの執着と断片的な記憶、これだけが自分に残っていた。

あてのない旅を続けている途中、馬型オートマタを駆る一団に出会った。稼動しているオートマタを見るのはこれが初めてだった。掲げられた紋章はグランデレニア帝國の騎兵団であることを表している。どうやら外交使節を守るために随伴しているようだった。

帝國にはオートマタがまだ存在するのか、それとも、新しいオートマタがエンジニアの手によって作られているのだろうか。ウォーケンは情報を集めながら、北にある帝國領に向かった。

ウォーケンは帝國の南端に位置するカンブレの街に着いた。ただ、一介の放浪者であるウォーケンが、伝手もないまま帝國の都市に入るのは不可能な事である。荒野に囲まれた都市群は高度な障壁によって守られており、異人が許可無く入れるようにはなっていない。

しかし、巨大都市ローゼンブルグに近いこの城塞都市は交易が盛んだった。そのため、障壁の外側には交易を担うストームライダーや商人、難民達によってスラムが形成されており、ウォーケンはそこに身を寄せることにした。

渦の脅威がやって来れば、障壁の外にあるものは全て吹き飛ばされてしまう。それでも、大樹に寄り添うように人々は集まり、支え合って生きていた。そんな場所は、過去の無いウォーケンにとっては生き易い場所でもあった。

障壁の影響力の外側に作られた通常の城門が開き、馬型オートマタに乗った騎兵団が出て行く。

その威光は、混乱した地上で最大の版図を誇る帝國の力を象徴していた。

めったに騎兵団を見掛けることは無かったが、ある日、スラムの近くで動かなくなった馬型オートマタを修理している男を見つけた。

オートマタは精巧で便利な機械だが、当然メンテナンス無しで動き続ける事はない。その男は馬型オートマタの首の付け根にあるコンソールにテストコードを入力しながら、動作確認を行っていた。

暫く男の働きを眺めた後、ウォーケンは声を掛けた。

「アクチュエーターのブラシの消耗チェックは?」

「なんだ君は?」

「地上ではオートマタは珍しいのでね」

男はグラントと名乗った。

「君もエンジニアのようだな。 いつ降りてきた?」

作業を続けながらグラントは言った。

「いや、パンデモニウムにいたことはないんだ」

ウォーケンは説明に口籠もった。

「ほう、では、何故オートマタのことがわかる?」

「過去の記憶が無いんだ。 どうしてオートマタの知識があるのかも」

「面白い言い訳だな。まあいい、地上に降りたエンジニアが過去を隠すのも理解できる」

「かなりの数の馬型オートマタを見た。他のオートマタも地上に?」

「新しい指導者が方針を変えたのさ。奴はエンジニアを地上に派遣し始めている。それと一緒に、作業用オートマタの量産と地上国家への売却もな」

「指導者が替わっていたのか。 今の指導者は――」

グラントはウォーケンを地上に降りた元エンジニアだと思っている。ウォーケンはそう思わせた方がいいと考え、適当に話を合わせることにした。

「多くの研究者が捕まり、殺されたよ。 今じゃ地上に逃げるのも難しくなった」

「昔のようにオートマタで地上を溢れさせるつもりなのか?」

「そうはなるまい、失われた技術も多い。 人型のオートマタは一台も稼動したことが無いし」

「人型は無い……」

「多くの技術がパンデモニウムが建造された時の混乱で失われたからな。地上にある失われた知識を求めるために降りたエンジニアもいるぐらいだ。あいつらはそれを古代の写本になぞらえて『コデックス』と呼んでいる」

「コデックスか……」

「どうだ、過去は詮索しない。この街でオートマタの技術者として働かないか? お前のような元エンジニアもたくさんいる」

「他人と関わるとトラブルも多い。一人でやっていくと決めているんだ」

「そうか、残念だが仕方がない。しかし気をつけろよ、レッドグレイヴの腕は長い」

「わかった。ありがとう」

自分の望む人型オートマタの技術は、まだ地上のどこかにあるのだ。その確信が得られたのは大きかった。

ウォーケンは帝國領のスラムで医者をしながら、オートマタの遺物の収集を始めた。

動くオートマタが存在することはわかった。帝國で整備士をしているグラントとも、時々は会えるようになった。

彼との情報交換で多くの新しい知識を得ることができた。何より、オートマタのエネルギー源であるケイオシウムバッテリーが入手できるようになったのは大きかった。遺物の中で一番修復の効かない部品だからだ。

少しずつ、おもちゃのようなものではあったが、動くオートマタが増えていった。愛玩用のオートマタなどは帝國の金持ちにも売れるようになり、それで生活が成り立つようになった。

「ここは不思議なオートマタ、黄金時代のオートマタの見世物だ。ぜひ見ていってくれ」

ある日、そんな口上がスラムのマーケット近くの広場から聞こえた。濃い赤とくすんだ白で彩られたテントの前で、道化の格好をした男が呼び込みを行っている。

「しゃべる人形のほかにも、トランプ使いに怪力男、猛獣使いまでそろえてるよ」

粗末なテントの周りに人集りができていた。毒々しい色使いのポスターには、球体関節の人形が生き生きと描かれている。

周りには子供達がたくさんいる。ウォーケンは引き寄せられるようにチケットを買うと、赤いテントに向かった。テントの中を子供達に混じって進んでいくと、人形達が飾られていた。それは、安い板金細工の身体を空気圧の操作によって動いているように見せるだけの、只のおもちゃだった。

子供騙しのガラクタだったが、幼い観客は歓声を上げてその姿を眺めている。

些少なりとも期待を持っていた自分が可笑しくなって、ウォーケンは一人苦笑した。

サーカスのような色彩と雰囲気が、何故か懐かしいという感情と共に自分を引き付けたのだった。

赤いテントの光から抜け出して普段通りの世界に戻ると、ウォーケンの心に、何かざわめきのような感傷が残った。

「ここでオートマタの修理をしているって聞いたのだけど」

ウォーケンが工房で作業をしていると、女が訪ねて来た。

「ご覧の通り、オートマタの工房です」

スラムの外れにあり、人通りの無いウォーケンの工房に訪問してくる人物は少ない。そもそも、大きな仕事はグラントを仲立ちにして行っていた。味気ない建物であり、そこら中に不気味な人形がガラクタのように置いてある。異様な光景だ。

「なんのご用ですか?」

「あなたが再生したオートマタはちょっとした流行なのよ。 私たちの間では」

そう言った女の姿は、確かにスラムの人間とは明らかに異なっていた。高価な生地で作られたドレスなど、ウォーケンは初めて見る。そして彼女の後ろには、同じように高価なスーツを着た男が立っていた。

「どちらからお越しですか?」

面倒でなければいいが、とウォーケンは少し身構えた。

「ローゼンブルグからよ、あなたの腕を見込んでね。ちょっと見てもらいたいモノがあるの」

ドレスの女はそう言うと、連れていた男に手で合図をした。すぐに、体格のいい男が大きな包みを両手に抱えて持ってきた。

「ずっと昔から私の家に伝わるモノなの。動くようにしてもらえないかしら」

作業台の上に横たえられ、包装を解かれたそれは、人型オートマタだった。四肢もきちんと揃っており、状態も随分といい。背中を丸めて膝を抱えるような格好になっている。

「ここまで状態のいいものは見たことがないな……」

ウォーケンは驚きを隠さなかった。

「興味を持ってくれて嬉しいわ。報酬はいくらでも払うから、動かして欲しいの」

「わかった、やってみよう」

既にウォーケンはこのオートマタから目を離せなくなっている。

「私の名前はビアギッテ・エルスタッド。 詳しい事はこの人に聞いて」

そう言って、ビアギッテと名乗る女は付き人の男を残して去って行った。ウォーケンはこの不可思議な女と謎の人形を黙って受け入れた。オートマタの出自よりも、この珍しい状態の素材を研究できるという興奮に取り憑かれたのだった。

ウォーケンは早速、ビアギッテから預かったオートマタの調査に集中した。肉と皮を失ったオートマタは、くすんだ白い骸骨に見えた。オートマタを検分していると奇妙なことがわかった。単に運搬のために曲げられていたと思っていた背中は、初めから湾曲するように作られていたのだ。

復元予想データの立体図をウォーケンは見つめていた。そこには、異形の男の姿があった。

「奇妙だな」

オートマタは人の理想を反映させることができる。つまり、どんな形であろうとも作成することが可能だということだ。腕が何本あってもよいし、どんな奇妙なキメラを作ろうと自由だ。だが、この仄暗さを感じさせる異形さは、ウォーケンの心に引っ掛かりをもたらした。

身体の機能や形は、時間を掛ければ復元できそうだった。質感をどこまで人間に近付けることができるかは挑戦だが、今までの経験から問題無いであろうと予想できた。

障害は頭脳だった。多くのハードウェアは時を経ても無事である。それに、無事でなくても痕跡から機能を再現することが可能だ。だが、電子的に保持されているソフトウェアはそうはいかない。そして、このオートマタのソフトウェアは殆どが失われているようだった。

経験上、一から『らしい』ものを作り上げるしかなかった。異形の人型オートマタにはどんな機能が与えられていたのだろうか? ウォーケンは大きな壁に突き当たっていた。

悩んでいても仕方がないと思い直したウォーケンは、頭蓋のパーツを取り出し、一つ一つの機能を調べて動くようにしていく作業を始めた。意味解析部・抑制モジュール・言語モジュール・音韻制御部などを調べ、組み立て、直していった。

その調査の途中、失われたと思っていたソフトウェア情報が、かなり残っていることがわかった。よほど保存状態が良かったのだろう。ウォーケンは慎重に事を進め、頭脳部分の組み立てを終わらせた。

いよいよ統合テストをする段階に辿り着いた。新しい眼球や内耳、外耳装置などの入力装置を作り上げ、音声出力装置も、本体の外にではあったが接続した。

ウォーケンは胸を高まらせながらコンソールのキーを押下した。耳障りなノイズがスピーカーから聞こえた後、コンソールに起動シーケンスのログが流れる。暫くするとログの進みが遅くなった。いま表示されているのは、定期的に更新されるハードウェアの状態モニターだけだ。

しかし、眼球の動きが起こらない。それに外見上、このオートマタの心に何らかの灯がともったようにも思えなかった。

「やはり無理か……」

ウォーケンは呟き、外部電源のスイッチに手を掛けようとした。

すると、異形のオートマタが突然眼球を動かし、ウォーケンを見つめ始めた。

「動いたのか!?」

「久しぶりだな。 ミア様はどこだ? 今なら間に合うはずだ」

意味不明の言葉を呟き始めた首だけのオートマタに、ウォーケンは瞬きも呼吸も忘れて見入っていた。

「―了―」