3395 【対峙】
ミリアンとアーチボルトは向かい合っていた。
人気のない街角の静けさと二人の間の強張った空気が、奇妙な調和をもたらしていた。
「ロッソと女は死んだ。 今ならお前の言い訳を聞いてやってもいいぜ」
アーチボルトは構えた銃を下ろさずにそう言った。
「言い訳か……そんなもので俺を許すのか?」
隻腕のミリアンが持つ巨大な戦斧も揺らいでいない。
「さあな。 若い奴らの命と引き替えた訳だからな。だがな、情けぐらいは掛けてやってもいいだろう」
アーチボルトは表情を隠すように帽子の鍔を下げている。
「退いてくれないか、アーチボルト。レジメントを売り渡してまでここに来たんだ。 お前さえ――」
「聞きたいのはそんな泣き言じゃないぜ。 お前と違って、オレには守るべき仁義がある」
◆
アーチボルトはパランタインとの別れを思い出していた。
「貴様との取引など、どうでもいいのだ……」
アーチボルトは目の前に座ったパランタインの変わり果てた姿を見つめていた。
エンジニアから送られてきた薬をレオンを利用してまで強奪した後、パランタインに直接交渉を持ち掛けた。一か八かの賭けだったが、彼は乗ってきた。パランタインは一国の元首だ。それが、脅迫者でならず者の自分と二人きりで会うという取引に応じたのは、意外であった。
二人の会談には古いホテルの一室が使われた。
「強がりはよせ。 この薬がなきゃ、お前は力を発揮できない」
インペローダの護国卿として君臨している男は、老いさらばえていた。やせ細り、髪は殆ど抜け落ち、幽鬼のような姿だった。
「そんな薬、もう必要ない……。俺はお前に会いたかったのさ」
パランタインは呟くようにそう言った。濁った目の色と固まった表情からは、意志を読み取るのが難しかった。
「オレもケリをつけるために会いに来た」
「エンジニア共に何を言われた? 復讐の為だけに来たのではあるまい?」
沈んだ表情のパランタインは低い声で言った。
「ジェッドが生きている、と。 それにお前が隠している、ともな」
アーチボルトはラームから聞いたことをそのまま語った。嘘は必要無いと思ったのだ。
「俺が息子のことを喋れば、息子はエンジニア共に殺される」
抑揚のない調子で呟くように言った。
「オレがどっちを信じると思う?」
「好きにすればいい。 だが、お前は真実を知りたいんだろう?」
アーチボルトは答えなかった。
「何が真実かはお前が判断すればいい。だがな、何故エンジニアが回りくどい真似をして、お前を使ってまで俺と交渉したがるのか、それをよく考えてみろ」
「話は聞いてもいい。 だが、最後に決めるのはオレだ」
「この身体を見ろ。 俺の力など、もう残ってはいない」
パランタインは顔を上げて、己の変わり果てた姿をアーチボルトに向けた。
「俺は無駄な時間を生きた。 それがわかった。 妻も息子も、俺が……」
「遅すぎる。 そんな懺悔を今さら!」
「わかっている、受け入れてくれとは言わん。 だが息子は違う。 あの子は誰かが導かなければならない……」
「どういう意味だ?」
「アーチ、ジェッドをエンジニア共から守ってやってくれ。 あの子はミリガディアのスラムにいる。 頼む」
深々と頭を下げたパランタインは、顔を上げると同時に手元に隠していた銃を抜き出し、自分の口に入れて躊躇無く引き金を引いた。脳幹を突き抜けた銃弾が、背後の壁に真っ赤な血飛沫を吹きつけた。
「……これがお前の答えか」
そう呟いた。
◆
アーチボルトは銃を下げた。
「どうしても理由が知りたい。 何故お前らはジェッドを追う? エンジニア共の意図は何だ?」
ミリアンは無言だ。
「沢山の死を見てきた。 皆、何故自分が死ぬのかを知らずに死んでいった」
アーチボルトは帽子の鍔を上げ、手の先をアベルの死骸に向けて言った。
「エンジニアの連中にも派閥がある。その中でも、奴らはケイオシウムの真の力を解放しようとしている」
ミリアンも力を抜き、訥々と語った。
「真の力?」
「現実を書き換える力だ。 その力があれば、人は無限の可能性の中から理想の状態を取り出すことができるようになる」
「馬鹿げた話だ」
「ああ。 だが現実にケイオシウムの渦は多重世界のあり得ない可能性を結びつけ、理不尽な混乱で地上を汚染した」
ミリアンは戦斧を地面に突き立てた。
「その能力、エンジニアの連中が言う『超航海士――スーパーノート――』の力を、あの子だけが獲得できた」
「都合のいい話だ。そんなものに俺達は……」
「あの子は部品として――」
◆
「ミリアン、それ以上語る必要など無いわ」
アーチボルトは声のした方に顔を向けた。
殺気を感じ取り、飛び退く。
「情けを掛け合うなんて、みっともない男どもね」
ちかちかと明滅を繰り返しているが、女が立っている。
「人間じゃないお前には、わからん事だろうな」
「わからなくて結構」
奇妙な光を反射しながら巨大な怪物が虚空から現れ、アーチボルトに向かっていく。
距離を取るためにアーチボルトはジャンプした。
「逃がさないで、ミリアン!」
女の言葉に対するミリアンの反応は無かった。
「でかい図体をしているくせに怖じ気付くとはね。 あとはあの鼠一匹だけなのよ」
距離をとったアーチボルトは、目の端に倒れたジェッドが動くのを捉えた。
《ジェッド、まだ起きるな。面倒が起きる》
◆
マルグリッドはミリアンの傍に来た。映像の一部が欠けているせいで、現実感を損なっている。
「ミリアン、ここまで来たのだから、最後まで契約を果たしなさい。 あなたの望みはすぐそこよ」
「ああ、わかっている」
ミリアンは地面に突き立てていた戦斧を抜き、アーチボルトが飛び退いた方向へ身体を向けた。
「奴は俺が始末する」
◆
アーチボルトはジェッドを視界に捉えながら、ミリアンと女との位置を計った。
ミリアンが跳躍してくる。
「くっ、早いな」
重たい一撃がアーチボルトを襲う。避ける事ができない。
「終わりにするぞ」
「望むところだ」
アーチボルトは痺れた腕を庇いながら身を翻すと、置き土産のように手榴弾を軽く投げた。雷管に細工がしてあり、通常より早く爆発する。危険だが、自分自身のスピードを信じているからこその技だった。
空中で四散する榴弾にミリアンは吹き飛ばされた。自身はミリアンの陰になるように身体を捻っていた。
「むう」
血を流しながらも、ミリアンは片膝を地面に突いただけだ。アーチボルトは銃を抜き、一気に全弾を叩き込む。殆どの弾は戦斧に遮られたが、何発かがミリアンの太腿に傷を付けた。
「さすがだな、アーチボルト」
「いまさらだ」
「だが、俺も全てを擲ってここに立っているのだ。 ただでは終わらんぞ」
ミリアンは隻腕を振るって戦斧をアーチボルトに投げつけた。
「そんなもの!」
アーチボルトが身を翻すと、そこにもミリアンがいた。
「陽動か!」
アーチボルトはナイフを握ってミリアンを斬ろうとする。
しかし、それは空を切った。
マルグリッドの投射映像だった。マルグリッドの能力はアベルとの戦闘で支障を来しているであろうという思い込み、油断があった。
「くっ」
崩れた体勢を立て直そうとするアーチボルトだったが、強い力で身体を捕らえられた。ミリアンが背後から組み伏せている。
「素早いお前には、こうでもしないとな」
「いいコンビネーションだったわね」
マルグリッドのドローンが目の前に現れた。
「やっと殺せる」
マルグリッドの声がそう語ると、ドローンから一条の細い光が放たれた。
その光はアーチボルトとミリアンの胸をまとめて貫いた。
「これで終わりか……ミリアン、お前、これでよかったのか」
アーチボルトはミリアンの力が抜けていくのを感じた。アーチボルトは前に、ミリアンは後ろにバランスを崩した。
「終わりなど無い……。俺達は……」
ミリアンはそう言うと、どうと後ろに倒れた。
アーチボルトは胸を押さえながら辛うじて立っていた。
「いいざまね。 でも、長く生きるだけが幸せじゃないわ。 そう、仲間と一緒に死ねるのも一つの幸いよ」
ドローンから投射されたマルグリッドの映像は、不敵な笑みを浮かべている。
「さて、あの子の力を……」
その時、一際強い光が辺りを照らした。
「これは!?」
◆
アーチボルトは光の方向を見ようとしたが、眩しくて見ることができなかった。
薄れていく意識の中で、その強い光を瞼の裏に感じるだけだった。
「―了―」