21メレン1

2835 【道化】

夜がやって来た。

人々のざわめきが、出番を待つ自分のところにまで聞こえてくる。照明の熱と人々の温度で、テントの中は暖かい。

「さあ行け。 出番だ、メレン」

団長の声だ。その声はとてもよく響いた。

自分は舞台へ出た。光が溢れる舞台の上で観客に向かって帽子を取り、深々とお辞儀をした。

手に持った帽子から極彩色のオウムが飛び出し、歓声が上がる。

オウムは観客席の上を飛んでいく。子供達が笑いながらそれを眺めている。

観客を舞台に上げ、カードを使った奇術を披露する。

観客に驚きと感心を共感させるために、表情を作る。

決まり切ったルーチンと予想された反応。全て、いつも通りだった。

スムーズに事が進むと、内的演算機能が評価を積み重ねる。

指定された演目を全て終え、舞台から降りた。

前座のマジックショーが終わると、巨大な動物型オートマタが調教師に連れられてやって来た。

動物達の芸に歓声が一際大きくなる。全てが作り事であっても、この古風なショーは人気があった。

動物、動物使い、マジシャン、道化、演者は全てがオートマタだ。

団長や整備係など、五、六人だけが人間だった。

特注のオートマタによる古い時代の見世物を再現するこのサーカスは、各地を転々としながら興業を行っていた。

背の曲がったみすぼらしい道化の姿をしたオートマタが、奇妙な声を上げた。

「が、が、ががっつ、せな、せな」

首をがたがた震わせながら手を振り回している。

小人の道化が周りで囃し立てている。自分はそれを、小道具の点検をしながら眺めていた。

せむしの道化ヴィレアは小人たちに弄られて愚かな振る舞いをする、それで笑いを取る役回りの機械だ。

ただ、最近は調子が悪いらしく、出番が終わっても演技中のような振る舞いをやめない。

小人達は反応を楽しむように叫び、暴れるヴィレアの周りをくるくる回っている。

「ば、ば、ば」

今度は目をくるくるさせながら手を振り回している。

「ちっ、面倒を起こしやがって。このポンコツが」

脇にいた初老の整備係が、長く黒い棒を手に出てきた。

暴れるヴィレアをその棒で強く突くと、バチッという音と共に電撃の閃光が瞬いた。整備係といっても修理などはしない。そもそも、ここにいるオートマタは人を模した精巧な機械だ。作られた工房でなければ直しようがない。彼らは気分で命令し、気晴らしに殴ったりしているだけだ。ヴィレアは作られて随分と経っている。おそらく修理されずに廃棄され、別のオートマタによる演目に置き換えられるだろう。

ヴィレアは泡を吹くようにしてその場で倒れた。

「邪魔だ、どかんか。お前らも喰らいたいか!」

整備係の男がスタンバトンを振り回す。小人達は笑いながらヴィレアの周りから去って行く。小人達は常にふざけ、笑い転げているように作られているのだ。

「ったく、どうしようもねえポンコツだ」

スタンバトンを振りかざして何度もヴィレアを殴打した。ヴィレアは呻き声を上げ、床で痙攣を続けている。

よくある光景だった。調子の悪い機械に人間が当たり散らしているだけだ。

自分は演目の片付けを終えると、倉庫にあたる部屋に戻ろうとした。

「おい、メレン。 ゲームの頭数が足りねえ。 付き合え」

「はい、わかりました」

団長や整備士、会計の人間などは、一仕事終えるとよく賭ゲームを行う。人が足りないときには自分が呼ばれる。

テントに入ると、団長付きのブラウが席を用意して酒と軽食の準備をしていた。自分はカードを持って席に座る。

団長と年かさの会計係の男が入ってきた。

「どうするんです、あんなの?」

「どうもしねえよ。 記憶がねえっていうんだ、道化の機械共の世話させておけばいい」

「面倒を起こされちゃかなわないですぜ」

「なに、この街を出るときにでも適当に捨てるさ。 まあ、孤児を迎え入れるのも『サーカスの伝統』ってやつだろう?」

髭を生やした背の低い男が団長だ。暑いのか、いつもの赤いジャケットを脱いで、はだけたシャツだけの姿になっている。

団長が差し出した手に、ブラウが葉巻を渡して火を付けた。

「おい、始めるぞ。 マークの野郎はまだ壊れた道化共の始末が終わってないらしい」

葉巻を燻らせる団長の命令を聞き、自分はカードを配り始めた。

ゲームはつつがなく進行した。自分は勝ちもせず、負けもせずにゲームを続けた。

「マークの野郎、遅いな」

団長がそう語ったのと同じタイミングで、マークが入ってきた。

「団長、ちょっと来てくれ」

団長と会計係は、マークと一緒にテントを出ていった。

ブラウと二人きりで残された。ただ、黙って彼らが戻ってくるのを待った。

しばらくすると三人が帰ってきた。

「いいのか? あれでほんとに」

整備係のマークがそう言った。

「好きにさせとけ、お前の下働きに丁度いいじゃないか」

団長はそう言って、ブラウに注がせた酒を呷った。

マークが来たことで、自分は倉庫に戻された。

いつもと同じような一日がまた始まった。開演の準備を進めなければならない。

その時、騒がしい声が聞こえてきた。ヴィレアの周りの小人達が、喚きながら何かを囃し立てていた。

どうやら、ヴィレアはまだ動くようだ。

戯けながら一人で滑稽なダンスを踊っている。その周りの小人達は、ヴィレアのダンスを見ながら大笑いしている。

そんな集団の傍に細い少年が立っていた。襤褸を纏い、顔を隠すようにフードを被っている。そして、足下には小さな犬がまとわりついていた。

「おい、小僧、こんどは象の足の調子を診てやってくれ」

「はい」

少年はすたすたと歩いて象のテントに消えていった。子犬も一緒についていく。

団長が現れてマークに声を掛けた。

「あの小僧がポンコツのヴィレアを直したのか?」

「ええ、ろくな工具も無いのに。 変わった奴です」

「ふうむ。使えそうで面白い。おんぼろばかりのオートマタどもも、これでもう少し賞味期間が伸びるな」

団長がそう言うのを聞きながら、自分は今夜の演目の確認を始めた。

何日か後の夜。また団長達とゲームの相手をしている時、カードを取り落としてしまった。

「なんだ、お前もガタが来たのか?」

団長がそう言った。

「ここはいいから、小僧に診てもらってこい」

マークに命令された自分は、彼の助手として働いている少年のもとに行った。

「マークさんに身体の調子を診てもらえと言われました」

「そう。症状は?」

小人型オートマタの修理をしながら少年は答えた。いつもの子犬は足下で寝ている。

「カードを取り落としてしまいました。カードの扱いに失敗したのは初めてです」

「はい、これで終わり」

小人が再起動して、笑い出した。

「あはは、ありがとう。 声の調子が元に戻ったよ。 あははは」

お礼を言ったあと、自分に戯けた敬礼をしてから、小人は去って行った。

「ここに寝てくれる? 腕の調子を診るから」

言われた通りに横になると、少年は腕の回路を調べ始めた。言われたままに指を動かしていく。

「単純な機能に問題は無いね。 ソフトウェアかもしれない。 一度、電源を切るよ」

そう語られてすぐに、自分は意識を失った。

目を覚ますと、自分は元の倉庫にいた。サーカスは次の巡業先に向かう準備をし始めている。

自分もその作業に入らないといけない。

普段から見ている筈の自分達が収まる倉庫が、やけに埃っぽく感じた。それに、テント越しの光も何故か眩しく感じる。

「調整しておいた。 小さな過学習が運動プログラムに起きていたからね。 それにしても、君もなかなか年季の入ったオートマタだね」

倉庫の戸口にフードの少年が立っていた。子犬を抱えている。

「はい、製造されて八十年にはなります」

「もう骨董品の域だね。 でも、弄りがいがあって楽しかったよ」

「そう言っていただけると恐縮です。そうだ、お名前、教えてもらえますか?」

まだ名前を聞いていなかったことを思い出した。

「自分の名前は覚えていないんだ。 でも、この子の名前はわかる。シルフ」

少年は子犬の顔を見つめながらそう答えた。フードの下の顔には傷があるのか、黒くなっている。

「そうですか。では、ノームあたりでどうですか? シルフに対応した、優れた工芸品を作る精霊の名です」

突然、そんな言葉が出てきた。

「ノーム……。うん、そう呼びたかったら、そう呼んで良いよ」

少年は不思議な笑顔を残して去って行った。

自分は、早く準備に取りかからなければという焦りを急に感じ、倉庫から出て行った。

「―了―」