—- 【LogType:INFO】
……ID:M00024
……起動時間:753517123
……ログ種別:INFO
マックスはブレイズと別れた後、グリュンワルドの居城の地下にいた。
その部屋には多数の機械が置かれていた。多種多様な機械類は、パンデモニウムのエンジニア達の研究所さながらであった。
「導都からの使いか?」
部屋の奥にあるデスクから老人の声がした。マックスは声紋データの照合を開始し、これが元レジメント所属エンジニアのローフェンであると確定した。
「ふん、マックス。 お前か」
デスクの前に立ったマックスの姿を見て、ローフェンはそう言った。
「なかなか、その制服も似合っているではないか」
マックスは目の前にいる老人の脅威度をモニターしている。もし脅威度が設定以上になれば、この老人を殺すように命令されている。しかし、座った老人の脅威度は最低値のままだった。緊張を計る瞳孔の拡大も、銃器、爆薬の類の反応も無かったからだ。
「おっと、お前に会話を求めても無駄だったな」
ローフェンは立ち上がった。
「お前が来たということは、例の件だろう?」
マックスはローフェンの言葉に反応するかのように手を差し出した。今回の命令は、彼が持つコデックスの回収だった。
「これが必要ということは、例の件が進んでいるということか。 お前にとっては皮肉な話だ」
ローフェンは書斎のクローゼットを開け、銀色の筒を取り出しながら言った。
「……」
一瞬、マックスの情動機構に乱れが生じた。しかし、それが何らかの行動に移されることはなかった。マックスは無言のまま手を出し続けている。
「お前の出自を知るものとして、少々同情すべきところがあるのだよ」
そう言いながら、ローフェンはマックスに銀の筒を渡した。
「少しでも昔の感情が残っているのならば、私の言っていることの意味もわかるだろう」
マックスの情動機能に対する抑制は、限界値に近付いていた。
「それから、タイレルにはこれが最後だと伝えておいてくれ」
ローフェンはそう言うと再び机に座り、眼鏡を掛けて作業を再開した。
◆
……ID:M00017
……起動時間:203486781
……ログ種別:INFO
「あの計画を進めたのか……」
ローフェンと呼ばれる男が、起動直後のマックスの前に現れた。
「当然だ。E中隊の全滅という緊急事態が生じたのだからな」
「誰が作った?」
「オートマタ制作の天才が地上にいるらしい」
「コデックス探索者か」
「詳しいことは知らん。だが、ここまで作り上げてきた」
「しかし、実戦で役に立つのか?」
「改善はエンジニアリングの基本だ。 挑戦のし甲斐はある」
「調子のいい話だ。 筋のいい技術とは思えんがな」
「まあ、見ておけ。 シミュレーションをして見せよう」
マックスは入力コードを確認すると、立ち上がって剣を抜いた。
「この構え……まさか」
ローフェンは二刀を構える奇妙な姿に見覚えがあるようだった。
「まずはタイプBの敵性生物との戦闘」
立体画像がマックスの前に現れた。人と同じくらいの背丈で、毛むくじゃらの人狼のような生き物が唸り声を上げている。
「さあ、いけ!」
人狼の映像がマックスに飛び掛かる。マックスはそれをかいくぐろうとするが、仮面に爪が掛かった。
マックスの入力系にはシミュレーションされた敵性生物の動きが直接入力されるため、画像入力以外のフィードバックも為されていた。マックスの頭は少し揺れたが、体勢を立て直して人狼の横位置に立った。
剣を振るい、人狼を袈裟懸けに切り裂いた。
映像は二つになった人狼を一瞬表示すると、そこで一時停止した。
「どうだね?」
「所詮シミュレーション、実戦とは違う。しかしこの動き、例の被験者からのフィードバックか」
ローフェンはマックスの動きを見てそう言った。
「その話は向こうでさせてくれ」
二人の技術者は、マックスを置いて隣の部屋に去って行った。
◆
……ID:M00021
……起動時間:753227641
……ログ種別:INFO
マックスの前に二人の技術者がいた。
「この記憶は削除すべきだ」
「だが、記憶が心を形作るのだ。 問題が無いなら残すべきだ。この記憶がマックスの戦闘力の内なる動機となっているかもしれん」
「危険だ。 抑制機能が壊れれば、制御が効かなくなる」
「だからこその自壊機能だ。 暴走するオートマタをレッドグレイヴ様は許さない」
「では自壊機能のテストだな。それで判断しよう」
コンソールの前にいた技術者がマックスへの命令コードをタイプする。
命令コードが入力されると、マックスの視界は急に暗くなった。
◆
「リーズ、リーズはどこだ!」
レジメントのオペレータが大声で叫んでいる。
「左翼で戦っています。 竜人が殺到していて動けません」
「なぜだ、なぜコアが回収できないんだ!」
想定外の事態に、中隊長がエンジニアを問い詰めている。
「回収機構が働かないのです。 こんな筈はないんだが。 自己修復するなんて……」
「退却すべきです、隊長」
「それができれば苦労はしない! コアまで来てしまったんだ。敵のど真ん中だぞ!」
彼らの会話が終わると、副隊長が自分のところに来た。
「おい! コルベットを回収するぞ。動けるか?」
初め、自分が呼ばれたことを理解できなかった。気が付くと頭に大きな傷があり、顔が血で濡れた感覚があった。
「問題無い」
声を掛けてきた副隊長と共に斉射しながらコルベットへ向かった。敵の数はどんどん増えている。
「クソッ、きりがねえ」
背後で巨大な爆炎が上がった。そこには巨大な翼を広げた竜の姿があった。
「バカな! 飛竜が復活したのか!」
振り向いてそう言った刹那、竜人の投げた槍が同行していた副隊長の胸を貫いた。
絶命した副隊長を置いて再び走り出す。だが、頭から流れる血の冷たさと脈動するような痛みが意識を濁らせている。絶え間なく現れる竜人を切り伏せながらコルベットを目指した。
コルベットに辿り着くと、既に守備隊は壊滅していた。四肢をもがれた無残なオペレータ達の遺骸がそこら中に転がっている。それでも、奇跡的にコルベットは破壊されずに残っていた。死体を避けながらコルベットのハッチに手を掛けた時、突風が自分の身体を襲った。
振り向くと、巨大な飛竜が咆哮を上げていた。
◆
「限界値だ。抑制システムのリミットを超えたぞ」
コンソールの前にいる技術者が言った。
マックスはシミュレーターで敵を次々と切り伏せている。だが、最後の一体と向き合ったときに急に動きを止めた。
「まあ、見ていろ」
マックスは自身の抑制回路の限界を観測していた。
「ここは安全なんだろうな」
「心配なら下がっていろ」
技術者の一人がそう言うと同時に、マックスは崩れるように膝を突いた。そして天を仰ぐと、光を発し始める。
「来るぞ」
その一言が終わると同時に、マックスの身体が爆散した。飛び散った破片がシミュレーションルームと仮想敵を激しく傷付けた。仮想敵は設定ダメージ値を越えたために消滅している。
「これならば問題無い」
「頭は無事なのか?」
「回収しよう」
二人が密閉されたシミュレーションルーム入ってくるのがマックスの視界に映った。既に頭部だけになっていたが、バックアップ機能によって最低限の知覚は記録されている。
「見ろ、まだ動いているだろう」
男がマックスの首を拾い上げた。
「無残なものだな」
「しかし、安全性と攻撃力を同時に満足させる理想的な解決方法だと思わんかね。 エレガントと言ってもいい」
そう言うと、技術者はマックスの主電源を探しだし、オフにした。
「―了―」