3392 【閃光】
バラバラにされたシェリのパーツを抱え、ドニタはドクターの元に戻った。
ドニタの表情は固まったままだ。ウォーケンはその様子を見て取り、一言、シェリの惨状にも動じることなく言った。
「直せる。 心配するな」
黙ったままのドニタからシェリの入った箱を受け取り、ウォーケンは自分の研究室へ向かった。
ドニタの心はバラバラになったシェリの、いや、自分自身が完全停止したヴィジョンに取り憑かれていた。いつまでも続く暗闇。そこにずっと閉じ込められ放置される自分。
いつか自分もそうなる。その思いが頭の中にこびり付く。
ドニタは研究所の床にそのまま座り込んだ。壁に寄り掛かり、頭を抱えて目を瞑る。そうして、自分の記憶からヴィジョンを取り除こうとしていた。
しかし目を閉じると、四肢を砕かれて物言わぬ姿になった自分自身の姿が甦ってくる。震えと目眩を感じ、じっとしていることに耐えられなくなった。どうにか立ち上がると、自室に向かった。
◆
自分のベッドの上に座って大好きな本を取り出した。
古の時代に書かれた御伽噺を纏めたものだ。美しい挿絵と時に残酷な教訓話を、彼女は愛していた。
一ページ一ページと手繰って心を落ち着かせようとする。
――色取り取りの世界。人語を話す動物達。愉快で残酷な結末。
――こころを自分の外に出した御伽噺の世界。自分が魔法使いの弟子になる。
そういった想像によって、あの嫌なヴィジョンから自分を解き放とうとしていた。
本の世界に入り込んで心が落ち着き掛けた時、壁の連絡用コンソールが鳴った。
博士の声が響く。
「ドニタ、研究室に来てくれ。 頼みたいことがある」
「すみません。 いま気分が悪くて」
「すまんが、こちらも急なんだ」
ドニタは本を持ったまま研究室に向かった。
◆
「ワタシ、調子が悪いみたい。ドクター」
本を抱えたまま、怯えた表情でウォーケンにドニタは語った。
「そうか。 ではシェリと一緒に検査をしよう。そこに横になって」
「え……ワタシに何かするの? 今は嫌……」
「一時的に君の体を借りるだけだ。君には何の害も無い。不安も取り除いてあげよう」
ドニタは怯えた表情のまま固まった。
「……博士、ワタシが悪いことをしたから、そんなことをするの?」
「何を言ってるんだ。 君はよくやってくれている。 シェリがこうなったのは――」
「……ワタシ、が裏切ったから?」
「何だって?」
ウォーケンは消去した筈の記憶についてドニタが話し出した事に驚いた。
「そうでしょう? だからワタシを消すんだ」
「違う、そんなことはしない。 シェリがこうなった理由を調べるために、一時的に君の――」
「ワタシに関係ないよ……」
「疑似信号を作るのに、一時的にデータを取るだけだ。君には何も影響はない」
「ワタシ、関係ないって言った! そんなガラクタ女、最初からいない方がよかった!!」
ドニタは大声を上げて本を床に叩き付けた。
「ドニタ、落ち着くんだ」
「もういい。 終わりにする。ワタシ、ここからいなくなる!」
「仕方がない。 君に何があったかも調べなければならないようだ」
ウォーケンはコンソールを操作し、遠隔操作でドニタのメインスイッチを切った。
自分が叩き付けた本と並ぶように、ドニタは床に横たわった。
◆
ドニタは暗闇の中にいた。大好きなあの物語の中だった。挿絵にあったとおりの青々とした木々が茂る森の中だ。鳥の囀りが聞こえる。
「そうだ、ワタシ、魔法使いのフラウ・トルーデに会い行くのだったわ」
美しい色彩の森をドニタは笑顔で進んだ。
◆
しばらく進むと、黒い男が森の出口に立っていた。目も鼻も無く、ただ黒いヒトの姿だけが空中に浮かび上がっている。
「永遠に生き続ける者などいない。 誰もが暗闇に戻るのだ」
黒い男は立ち塞がるようにドニタの前に立った。
「いいえ、ワタシは死なない。 だって、そう作られたんだもの」
ドニタは黒い男を無視して魔法使いの家に向かった。
◆
今度は魔法使いの家の前で緑の男に出会った。やはり目鼻の無い、全身が緑色の男がいた。
「裏切り者は罰を受けなきゃいけない。 行動には結果が伴う」
「ワタシは間違ってない。 ワタシはしたいことをしただけ」
緑の男の傍をそう言って通り過ぎた。
◆
家の一階には赤い男が立っていた。全身が赤く、まるで血だけで作られたような存在だった。
「お前は死を運ぶ。 誰にも望まれていない娘だ」
赤い男は指を突き付けてドニタにそう言う。
「他人は関係ない。 ワタシはワタシのために生きるの」
ドニタがそう言い返すと、赤い男は消えた。
◆
二階に上がると老婆が座っていた。紫色の髪を束ね、安楽椅子に腰掛けている。
「よく来たね」
「あなたがフラウ・トルーデね。 でも、そこの窓からは赤い髪の化け物が見えたのに」
「お前が見たものは全部正しいよ。 お人形さん」
「そうかしら?」
「さて、なぜここに来た?」
「ワタシ、もう嫌なの。 どうしても逃げ出したいの。だからここに来たの」
「親が嫌いか?」
「嫌いじゃない。 だからワタシは苦しいの。 とても」
「そうか。 ならば助けてやらないこともない」
「本当?」
「家族皆で幸せに暮らせる世界に行く方法さ」
魔法使いは微笑みを浮かべながらそう言った。
◆
「ドニタ、起きてくれ」
ウォーケンの声でドニタは目を覚ました。
「全てを思い出したよ! なぜ君らを作ったのか。 自分が何をすべきなのか」
ウォーケンの表情からは普段の冷静さが消えていた。
「すぐに手伝って欲しい。 シェリの力も必要だ。 さあ、起きて作業を始めるんだ」
ドニタはゆっくりと起き上がった。眠る前と何も変わっていないことを確かめる。
「ドクター。 ワタシ、話したいことがあるの」
「すまないが後にしてくれないか。 急がないといけない。早く彼女の元へ行く用意をしないといけないんだ」
ウォーケンはシェリの修理を進めていたため、ドニタに注意を向けていなかった。
「じゃあ、そこで見ていてくれればいいわ。 これで皆が幸せになれるの」
「何だって?」
振り向くと、ドニタの手には自らの腹部から引き摺り出したケイオシウムバッテリーが握られていた。
ドニタの体液は辺りに飛び散り、内臓器官も床に散じている。
「何を馬鹿なことを……」
ウォーケンはドニタを停止させようとコンソールに向かったが、それよりも早く、ドニタは彼の目の前に立った。
「これでみんな幸せ」
ドニタは目を見開いて笑いながらケイオシウムバッテリーを握り潰した。
次の瞬間、ウォーケンとドニタは目映い閃光に包まれた。
「―了―」