40カレンベルク1

3257 【箱】

“薄暗い講堂のスポットライトが当てられた壇上に、一人の少年が佇んでいる。

「これより、本年の監督生からの挨拶があります」

壇上の上手から司会者によるアナウンスが入った後、少年は壇上に設置されたマイクに向かって声を出した。

「本年の監督生、カレンベルクです。よろしくお願い致します」

深く一礼をすると、カレンベルクは講堂全体を見回しながら定型の挨拶を行う。

そして最後に、監督生としての行動目標について語った。

「僕達は世界を背負って立つ者として、正しい方向に世界を導く義務があります。僕は本年、その模範となるべく努力する事を誓います」

挨拶は盛大な拍手をもって終了した。

その後、特別講師の講演会などが入り、恙無く式典は終わりを告げた。

――大善世界の実現――

この教育理念を持つルピナス・スクールは、ローゼンブルグの山岳地帯に広大な敷地を持つ、全寮制の学園だ。

この学園で生活をするのは七歳から十八歳の男女数百人。

グランデレニア帝國各地から生徒が入学し、その全員の両親が、学園に対して大なり小なり寄付を行っている。

カレンベルクの両親はいくつもの医療施設を経営する経営者であり、ローゼンブルグでも指折りの資産家であった。

当然、カレンベルクもその恩恵を受けており、学内での地位も高い。

幼い頃よりこの学び舎で学ぶカレンベルクにとって、自分と自分に続く卒業生達こそが、世界を変える重要な人材であると認識している。

そしてそれを牽引するのが自分の役目であるとし、学園で生活する生徒達の模範となるべく振舞っている。監督生に選ばれたことも必然であるといえた。

「お疲れ様です、素晴らしい挨拶でした。 何かお飲みになりますか」

「いや、大丈夫だ。 ありがとうビアギッテ」

講堂での式典が終わり、舞台袖で休憩していたカレンベルクに一人の少女が近付いてきた。

カレンベルクの恋人であるビアギッテだった。華やかな容姿であるが、よく気が付く性格と清楚な雰囲気により、派手な印象は受けない。

二人の付き合いは幼少の頃まで遡ることができる。両者の家庭に行き来があり、その過程で親交を深めていったのだった。二人は学園内でも多くの耳目を集める、理想の恋人同士として知られていた。

「カレンベルク様、お父様からの贈り物をお届けに上がりました」

ある日、寄宿舎の使用人が綺麗にラッピングを施された大きな箱を手にして、カレンベルクの部屋を訪れた。

「ありがとう、中に運んでくれ」

「かしこまりました」

使用人はカレンベルクに恭しく一礼すると、大きな箱をそっとカーペットの上に置いた。

使用人が立ち去るのを確認し、カレンベルクはラッピングされた箱を手に取った。

かなりの大きさがあったが、持った瞬間の重さは見た目程はないようだった。

ラッピングされた箱の上部に一枚のメッセージカードを見つける。

メッセージカードには、カレンベルクの父親の筆跡で、丁寧に一文が添えられていた。

『最愛なる我が息子へ お前が生を受けた日と更なる力に感謝と祝福を。 父より』

「更なる力……? どういうことだろう」

意図が読み取れない一文に首を傾げつつも、カレンベルクはシルクの赤いリボンを解き、包装を丁寧に剥がしていく。

包装を解いて箱を開けると、中から緩衝材に包まれた本体が姿を現した。これでもかというほどの梱包に、カレンベルクは苦笑した。

「やっと完成したんだな……」

箱の中から出てきたものは、渋い茶色系のニスでコーティングされた艶の少ないボディを持つ、一本のバイオリンだった。

手にした感触は、現在使用しているバイオリンよりも少し重厚である。

バイオリンの道を志した頃より懇意にしているバイオリン職人が、特別に誂えたものだ。

今年の誕生日祝いに最高のバイオリンを贈りたいと願った父親からのプレゼントであった。カレンベルクも自分に合うバイオリンを作るべく、学業の合間を縫って足繁く工房に通っていた。

そうやって完成した、世界に二つとない逸品。それがこのバイオリンだった。

「カレンベルク様? どうかなさったの?」

寄宿舎の音楽堂にビアギッテを呼び出したカレンベルクは、父親から送られてきたバイオリンをビアギッテに見せた。

「急に呼び出してすまない。 父からプレゼントが届いてね。一番にこれの音色を君に聞かせたくて。迷惑だったかい?」

「とんでもないですわ。 でも、最初にこのバイオリンの演奏を聞くのが私で、いいのかしら?」

「君だからこそだよ。さあ、そこに掛けて」

ビアギッテを音楽堂に備え付けられた椅子に促すと、カレンベルクはバイオリンを肩に当て、弓を構えた。

まるでこのバイオリンが最初から自分のものであったかのように、カレンベルクには感じられた。

そう、このバイオリンは今まで愛用していたものよりも遥かによく馴染んだのだ。

事前に職人による調整があったようで、自身での調整にはさほど時間は掛からなかった。

チューニングを行い、軽く弦を弾いて音色の感触を確かめてから、比較的難しくないエチュードを奏でる。柔らかく、かつ力強い音色が音楽堂に響いた。

ちらりとビアギッテを見やると、その音色にうっとりと聞き入っているように見えた。

それに気を良くしたカレンベルクは、エチュードを弾き終えて本格的な演奏に移る。旧時代に作曲された名曲で、上流階級だけでなく、一般大衆にも馴染み深い曲だ。

何度となく弾いているので、盛り上がりの強弱や多少のアレンジなども織り交ぜて、様々な奏法で演奏する。

だが、曲が最も盛り上がりを見せる終盤に差し掛かった頃、ビアギッテの顔色がだんだんと悪くなっていくことに気が付いた。

「ビアギッテ? どうした!」

「だ、大丈夫、です……どうぞお続けになって……」

ビアギッテは苦しそうに胸元を押さえていた。

只事ではない様子に、演奏を中断してビアギッテに駆け寄る。

「う……ぐ、ううう……!!」

ビアギッテの顔色は青ざめ、唇はチアノーゼを起こしているかのように紫色になっていた。

カレンベルクは彼女を横たえ、脱いだ自分のジャケットを彼女の頭の下に敷いた。そして彼女の手を握った。

「すぐに人を呼んでくる。 少しだけ待っていて」

握っていた手を離して外へ向かおうとすると、突然音楽堂の扉が音を立てて開いた。

同時に、ゆったりとした拍手のリズムが聞こえてくる。

「お父様!?」

「おめでとう! 素晴らしい力だ。さすがだな、カレンベルク。 我が息子よ」

驚愕するカレンベルクに、父親は大仰な手振りで嬉しそうに笑いながらそう言い放った。

楽屋に通じる扉には、いつの間にか黒服の男達が現れて扉を塞いでいる。

「ビアギッテが倒れたんです。 早く医務室に――」

「何も心配することはないぞ。 それはお前の力が見せた結果であり、証なのだからな」

「そんなことを言っている場合ではないでしょう! 早く医者に診せないと!」

人が一人、しかも懇意にしている家の一人娘が倒れているというのに、無闇に芝居がかった父親のその調子に、カレンベルクは苛立ちを抑えきれない。

「そんなことはどうでもいいのだ、カレンベルク。 お前は今、この瞬間、超人として覚醒したのだ!」

このままでは埒が明かない。そう感じ取ったカレンベルクは、ビアギッテを抱きかかえて音楽堂から出て行こうとする。

「ハッピーバースディ! カレンベルク。お前を我が組織の一員として歓迎しよう」

「何を、何を仰っているんですか、お父様! ビアギッテが苦しんでいるんです! お願いです、そこを退いてください!」

音楽堂を出て行こうとするが、黒服の男達がカレンベルクの行く手を阻む。

「おめでとうございます、カレンベルク様」

「我々はこの日を待ち望んでいたのです、カレンベルク様」

「素晴らしいことなのですよ、カレンベルク様」

「これで組織の未来も安泰ですな」

「ビアギッテ様もいずれは覚醒なさいますよ、カレンベルク様」

「何も心配することはないのです、ただ祝いましょう」

口々に祝いの言葉を発する黒服達。それぞれが皆、形容しがたい陶酔したような笑みを浮かべていた。

「―了―」