13ベルンハルト5

3389 【終局】

ハンガーにレジメント全隊員が整列していた。背後にはエンジンの暖気を行っているコルベットが振動している。

「これが最後の戦いだ」

ミリアンが大声で皆に伝える。皆、真剣な目付きで聞いている。

「必ずこれで終わりにする。 俺達で最後にするんだ」

「死も栄光もここには無い。 俺達は何を犠牲にしても必ず成功させる。 それだけだ」

「搭乗!」

コルベットに乗り込む際に、B中隊のフリードリヒと目が合った。兄弟は親指を掲げる。表情は普段のままだ。

コルベットのエンジン音が唸り、浮上する。向かい合って座っている隊員達の顔はいつもと変わらない。

ベルンハルトは作戦内容を反芻していた。

目の前のサイアスが大声で言う。

「到着まで何分だ?」

隣のギュアンが答える。

「二時間弱だ」

「OK、一眠りできるな」

「ああ、寝坊しても優しいママが起こしてくれるぜ」

お定まりのジョークが場を和ませる。

「境界を越えるまであと三十秒。衝撃に注意」

操縦席の指示がスピーカーから流れる。コルベットはホライゾンと呼ばれる渦の影響領域の境界線を越える。

皆、自分のシートに体を押しつけ、予想される衝撃に備えた。

どのホライゾンでも衝撃や音を感じることがあったが、このジ・アイでは驚くほど静かだった。

「いよいよだな」

コルベットの天井部分にある小さな採光窓の変化を見つめながら、ギュアンがそう呟いた。

第二小隊のコルベットは、予定していた場所に正確に着陸した。

そこは赤い荒野だった。頭上には薄い赤褐色の月が浮かんでいる。

煌々と照らされる赤い光が、自身の目に入り込んでくる。

奇妙な静寂の中にいた。作戦開始時間まで小隊全員が口を開かず、黙って伏せていた。

生暖かな風が作る音と赤褐色の世界に囲まれていると、現実感が薄れていく。

どの渦の中もまるで一種の夢の世界のようだったが、この奇妙な静寂はよりその感覚を強めていた。

「まずいです、ベルンハルト」

観測手を務めていたランモスが言った。双眼鏡を受け取り、彼の言う場所を覗いた。

「進入地点に敵性生物の集団です」

事前調査ではこの時間帯に活動していない筈の竜人達が、松明を掲げてミリアン達第一小隊の進入路を塞いでいた。

「予定通りにはいかないものだな」

「ミリアン、ベルンハルトだ。そちらの経路上に予定外の敵がいる。 見えるか?」

「ああ、確認した」

「こちらで陽動をかける。 援護が薄くなるかもしれないが、うまく抜け出てくれ」

「了解した。頼む」

「こちらで陽動をかける。プロップのチームで東側から接敵してくれ」

陽動といっても、強力な火力がある訳ではない。敵の数によっては身動きできなくなる危険が十分にあった。

「了解です」

プロップは命令を聞くと、自分の率いる分隊に命令を説明し始めた。

「我々は予定通り第一、第三の援護だ。 その後に突入する」

「陽動の開始は二十分後だ」

正確に二十分後、戦闘が始まった。散発的な射撃音が鳴ると、会敵した分隊に向かって敵性生物が一斉に動き始めた。

敵はクラスB型の人型生物だ。爬虫類様と情報にあった通り、二本足で立つトカゲといったところだ。どれも自分の背丈の二倍程ある槍で武装している。

陽動部隊は八人で構成されており、小銃とセプターで武装している。

「思ったより多い」

「ええ、次々と巣から出てきているようです。援護が無ければ彼らも囲まれます」

ベルンハルトは無線で中隊付きのアーセナル・キャリアを呼び出した。

「援護が欲しい。 混戦になる前に敵の巣に砲撃を頼む」

「無理だ。 竜が起きる。コア確保の前に危険は冒せない」

「どうせこの騒ぎだ。竜も気付く」

「だめだ。 できるだけリスクは避ける。コアの確保を優先する」

ヘッドフォン越しの相手は、エンジニアを率いているロッソだ。

ベルンハルトは首を振った。

「俺達が行きましょう。 ここから挟撃すれば分隊を助けられるかも――」

ベルンハルトはランモスの言葉を遮った。

「無理だ。 誰かが突入部隊を援護する必要がある。 退路の確保は絶対だ」

ランモスはそれ以上言葉を発しなかった。今何が重要なのかは、全員がわかっていた。

それは、死地に立たされているプロップの部隊もそうだと、ベルンハルトは信じていた。

巣から溢れた竜人は、プロップ達を囲むように追い詰めていた。

「突入小隊、進み始めました」

定刻通り静かに、だが素早く、ミリアン達第一小隊が突入口へ進んでいった。さっき会話をしたロッソ達エンジニアの姿も見える。

コアがある場所は、作戦上『赤の玉座《レッドスローン》』と呼ばれる場所だった。

竜が守り、その使役種族の竜人達が崇めるコアが存在する場所だ。

横穴を進み、入り組んだ構造物を上るように進む。その頂上にコアがある筈だった。

「俺達も進むぞ」

ベルンハルトの部隊は突入口で退路を確保しつつ、突入部隊に何かあればコアの確保に向かうことになっていた。作戦通りスムーズに事が運ぶとは思っていなかった。

コアは定刻に確保しなければならないのだ。なんとしても。

突入口さえ確保できれば、先行部隊はコアまで辿り着ける筈だった。

「ミリアン、どうだ?」

突入口で防御態勢を敷いたベルンハルトが確認の無線を入れた。外のプロップの分隊はまだ持ち堪えているようだった。だが、だんだんと銃声の間隔は長く、そして少なくなっていた。

「エリアHで足止めだ。しぶとい抵抗に遭ってる」

ベルンハルトは時計を確認した。コアの同期可能時刻まで一時間を切っていた。二時間の余裕を鑑みても、実行が危ぶまれる状況だった。

「確保まで一時間も無い。 俺もそちらに行く」

「G3ルートから上がってきてくれ。 そうすれば敵の裏を突ける」

「ギュアン、サイアス、ブラック。 俺と来い。 レッドスローンに向かう」

「了解」

「ランモス、あとは頼んだぞ」

「了解です」

ベルンハルトは部下と共に奥に向かって走り出した。

竜人の作る奇怪な文様が続く回廊を上る。分析班から提供された地図はしっかりと頭に入っている。

進むベルンハルトの耳に、銃声と人間以外の咆吼が聞こえてきた。

「ミリアン、もうすぐだ。 状況を頼む」

「重戦士だ。 数がいる。 小銃が効かない連中だ。 そちらから排除してくれ」

「了解」

ベルンハルトはミリアンが重戦士と呼んだ敵性生物の後ろ側に出た。無言で銃を置いて抜刀し、セプターにエネルギーをチャージした。他の隊員も同じように抜刀した。

「征くぞ。 奴らの弱点は足だ。恐れず踏み込め」

そう言うと、ベルンハルトは真っ先に敵に飛び込んでいった。

唸りを上げるセプターは、背中を向けていた2アルレに届こうかという緑色の獣人を横に切り裂いた。

咆吼と混乱が幅4アルレ程の回廊に響く。奥に敵が何匹いるかは確認できない。だが、斬り続けなければ進路は決して開けない。

人の頭より大きい戦槌を持った重戦士が、黄色い牙と赤い目をこちらに向けた。巨大な腕に力を込め、ベルンハルトを叩き潰そうとする。

巨大な重戦士の使う戦槌は、人間など二、三人同時に肉塊にしてしまう威力があると見えた。だがその重さを支えながら振り回すために、足を大きく前に降り出す形になっていた。

ベルンハルトはその癖をあらかじめ分析していた。戦槌をかいくぐり、低い姿勢のまま重戦士の巨木のような緑の膝をセプターで叩き切った。

巨大なエネルギーを解放していない戦槌は、足を失った持ち主を引き摺るようにしながら斜めに壁を打ち付けた。鮮血が回廊を埋め尽くすように飛び散った。

ベルンハルトは逆手にセプターを持ち直し、バランスを崩した緑の巨人の頸椎へ刃を突き通した。素早く持ち直して次の敵へ向かっていく。もう一匹の重戦士は仲間の死に怯むことなく向かってくる。ベルンハルトは相手を挑発するかのようにわざとセプターを下段に構えた。重戦士は戦槌を構えたままこちらを押し潰そうと突進してくる。ベルンハルトはそれを優雅な動きで避け、相手の横腹を切り上げた。セプターは深く入り、相手の臓物は床にぶち撒けられることになった。

「うわぁっ!!」

斜め後ろでブラックの声が上がった。ブラックは腰を床につけ、セプターも落としていた。重戦士の気迫に押されて足下を滑らせたのだろう。振りかぶった戦槌がブラックを叩き潰そうとしていた。ベルンハルトは床を蹴るように走り、背中から突き上げるように重戦士の心臓を貫いた。

しかし、戦槌は振り下ろされた。何か柔らかい物が石に押し潰される音が響いた。巨大な戦槌はブラックの右太腿を圧砕していた。

巨大な衝撃は大動脈と神経系を一瞬で破壊し、彼を即死させた。

「いいか、絶対に踏み留まれ! 恐れるな、恐れさせるんだ」

ベルンハルトは残りの隊員を鼓舞して、再び巨人に向かっていった。

時間を忘れてベルンハルトは斬り続けていた。返り血を浴びていない場所は全身どこにも無い。最後には、逃げ惑う重戦士を切り捨てる状態になっていた。

ベルンハルトは剣と一体化した死の化身となっていた。

静寂が訪れた後、ギュアンが負傷した腕を押さえながら、ベルンルトに声を掛けた。

「ミリアン達は?」

回廊にいた重戦士は全て切り伏せるか退却していた。いる筈の場所にミリアンはいなかった。ギュアンが倒れた突入部隊の隊員から、息がある者を見つけた。

「おい、どうした!?」

「隊長とロッソは先に行きました。 俺達は……ここで後続と合流しろと」

ベルンハルトは無線でミリアンに問い掛けた。

「どこだ? ミリアン。 こちらはエリアHをクリアした」

「レッドスローンにいる。 問題ない、コアの確保は間近だ」

「了解。 そちらに向かう」

「上がるぞ」

ギュアンと共に、ベルンハルトはレッドスローンへ続く階段を上った。

コアへと近付く回廊は静かだった。そこを進む内に、ベルンハルトの心に一つの不安がもたげてきた。

なぜ、俺を待たなかったのか。

時間は迫っていたが、玉座には下手をすれば竜がいる。なぜ二人だけで先を急いだのか。

ミリアンの判断ではないと直感していた。ミリアンは剛胆な男だが、一方で中隊を率いる者としての慎重さも併せ持っている。

フリードリヒが言っていたロッソについての話が本当だったとしたら――。

作戦の成否とは別の予感が、ベルンハルトに迷いを与えた。

ベルンハルトはレッドスローンに着いた。

そこは竜人の塔の頂上にある吹き抜けで、赤い月が頭上に高く輝いていた。

そのオレンジの光の下、中央にある竜の巣に二人の男がいた。

ベルンハルトとギュアンは足早に二人の傍に向かった。

近付くと、既にコアはロッソによって回収装置が取り付けられていた。

「同期はまだか?」

ベルンハルトはミリアンに言った。

「ああ、まだだ。 向こうの確保がまだのようだ」

「どうする、コアを下ろすか?」

「だめだ、ここでやる。 まだ作業が残っている。そこでじっとしてろ」

ロッソが二人の会話の間に割って入った。

「そういうことだ。 ここで待つ」

ベルンハルトは気付いていた。ミリアンの様子が違うことを。

「何故、俺を待たなかった?」

「時間が無かった」

「そうか」

ベルンハルトはロッソとコアに近付こうとする。

「おい、集中したいんだ。 俺に近付けるな」

ロッソの言葉に反応して、ミリアンがベルンハルトの前に立ち塞がった。

「どうした、ミリアン。 決定権はあいつにあるかもしれんが、お前はあいつの部下じゃないだろう」

「ベルンハルト……」

ミリアンがそう言った時、月の光が陰った。

頭上に竜がいた。巨大な竜だった。

「よし、ブルーピークの確保が終わった。 コアが重なるぞ。 衝撃に備えろ」

ロッソは一呼吸置いてから口を開いた。

「それと、そいつらを排除しろ」

素早くミリアンは銃をベルンハルトに突き付けた。

ギュアンは拳銃に手を伸ばそうとする。

「やめておけ」

ミリアンはギュアンを睨んだ。

「悪いが、俺はロッソと行く所があってな」

「何故こんな真似を?」

「心配するな。 渦はなくなる。新しい世界が始まるんだ」

ミリアンの瞳はベルンハルトを見ていない。

「もうすぐ、あと十秒だ。 殺せ!」

ギュアンがその言葉に反応して銃を抜こうとする。

反射的にミリアンはギュアンの頭を撃ち抜いた。それと同時に、ベルンハルトはセプターを展開させながら銃を持ったミリアンの左腕を切り落とした。

「ええい、さっさと始末しとけばいいものを!」

ミリアンは一瞬腰を落とすと、肩からベルンハルトへ強く体当たりした。ベルンハルトは吹き飛ばされ、地面に転んだ。ベルンハルトは素早く立ち上がろうとするが、ミリアンとロッソの向こうに降り立つ竜を見て、一瞬固まった。竜は怒り狂った表情を浮かべながら二人に食い掛かろうとしている。

ロッソはミリアンを助け上げた。ミリアンが何かをこちらに叫んでいる。だが、竜の羽ばたきと地面を蹴る音で何も聞こえない。

竜の顎門が二人を捉えるその瞬間、世界がぼやけ、コアを中心に光が広がっていった。

その光が、全てを白に塗り替えていた。

ベルンハルトはコルベットの天井部分にある小さな採光窓の変化を見つめていた。

「いよいよだな」

そう言ったギュアンの声が聞こえた。

明快な既視感と世界の違和感に、ベルンハルトは気付いていた。

「―了―」