32ルート1

2835 【動物使い】

市場の人集りの真ん中に、ルートと熊型自動人形のオウランがいた。

新たに訪れた町でサーカスの宣伝をするのは、動物使いのルートと熊型自動人形のオウラン、この一人と一匹の役目だった。

「フォーチュンサーカスがやって来たよ! 今夜から開演だ!」

宣伝用の派手な衣装に身を包んだルートと大柄な熊の自動人形はとても目を引く。町で遊ぶ子供達が寄ってきて、かなりの人集りができていた。

宣伝の一環で風船を配っていたオウランは、より多くの子供達に取り囲まれていた。

「クマさんだ! おっきいねー!」

「でも、こいつのもよう、なんか変だー」

群がって毛皮をべたべたと触る子供達に囲まれ、オウランは身動きが取れなくなっていた。

「ええい、離すのだ。一般市民どもよ。 オレは獅子より偉いのだぞ」

「なに言ってんだ、こいつー」

オウランの言葉を意に介さない子供達は、飛びつくようにオウランの耳を引っ張った。

「うーむ、餓鬼どもめ。 世が世なら大熊猫と呼ばれて皆に崇め奉られ、優雅に暮らしていたのだぞ!」

オウランは白い毛皮に目と耳、そして身体の一部に黒い模様が入った、変わった柄をしている。

そして、そんな自分のことを『大熊猫様』と呼び、尊大な態度を取って子供達の注目を集めていた。

子供達はオウランの言葉に顔を見合わせた。

「うそつきめ! まだらのクマだろ。しかも、ただの白黒だ」

「だっせー」

「そーだそーだー」

口々に子供達に言われたオウランは、自尊心を傷つけられた様子を見せた。

「ああ。 昔ならば、たた優雅に転がっていただけで、皆に愛されていたのに」

オウランの眼に涙が浮かんだ。

「あ、こいつ落ちこんだ」

「まさか泣いてね?」

「笑える」

子供達はますます、オウランに辛く当たった。中には蹴っ飛ばす者も出てくる。

「あんまりオウランをいじめないでやってくれ。 彼はなにも芸ができないんだ。でも、ちゃんとサーカスには芸のできる動物たちもやって来るよ」

ルートは象が芸をしている絵の入ったサーカスのチラシを子供達に配る。

「お父さんやお母さんと一緒に見においで! ライオンや象が芸をするショーが見られるよ!」

「すっげー! ほんとに?」

「ライオンとか触れる!?」

「触るのは無理かもね。 でも、そこのオウランはいっぱい触っても大丈夫だよ! それが仕事だからね」

「やったー!」

「ルート、おい! 何を言って……わあ! やめろ! 毛皮が!!」

次々と子供達がオウランに押し寄せる。オウランの毛皮の模様には、子供達を惹き付ける何かがあるらしい。

「ははは、人気者だね。オウラン」

「ええい、やめんか」

群がる子供達と涙目のオウランの絡みは、周りの大人達をも笑顔にしている。

興業の宣伝はうまくいっていた。国や町を渡り歩き、興行の宣伝ごとに繰り返されるやり取り。どの町へ行っても、オウランの姿とキャラクターは宣伝にもってこいだった。

その日の夜、ルートは動物ショーのために舞台袖で出番を待っていた。

舞台の上では、前座であるメレンのマジックショーが始まったばかり。

だが、動物ショーのトップに出演する象型の自動人形が起動しない。何度か電源を入れ直してみたものの、象型自動人形は起動する様子を見せなかった。

「駄目だ。起動しやがらねぇ」

マークは悪態を吐きながら象型自動人形を蹴り飛ばした。このサーカスにある自動人形の中でもかなり大型で、しかも重量がある象は、マークが蹴り飛ばした程度ではびくともしない。

「仕方がない。おい、誰か小僧を呼んでこい」

程なくして、マークに呼ばれた少年が工具を持って現れた。

彼は前回の興行地域で団長が拾ってきた孤児だった。名前が無いと言っていたが、誰かが名付けたのだろうか、ここ最近はノームと名乗っている。

ノームは手際よく電源のカバーを外して中を検分していたが、やがて小さく首を振った。

「電源の周辺に異常はありません。これ以上は分解検査してみないことにはちょっと……」

「ちっ、このオンボロが。団長、どうします?」

「あぁ? ……おい、オウラン、ヴィレア。お前ら、こいつの代わりにショーに出ろ」

突然の命令だった。ただそれは、幕間の寸劇のために控えていたオウランとヴィレアが、たまたま団長の視界に入っただけなのだろう。ルートはそう理解した。

「ルート、最初の演目を熊のショーに切り替えろ。いつもと同じようにやれ。いいな」

「わかりました」

団長からの指示が出る。

オウランは芸ができない訳ではない。そういうギミックが適しているから、宣伝やコミックリリーフをプログラミングされているだけだった。

「団長、なぜヴィレアまで? 熊のショーに切り替えるなら、オウランだけでよかったんじゃあ……」

「ん? ああ。 宣伝でのメインが象のショーだったからな。それを急遽取り止めたんだ、このくらいのサービスでもしないと、明日の興行に響く」

「あのポンコツにそんな大役が務まりますかね?」

「別にそこまで期待しちゃいない。ルートの鞭に転がされて笑いでも取ってくれれば、それでいい」

そんな会話がルートの耳に届く。しかし、ルートはそれを気にすることはない。

メレンのショーが終わる。慌しく動物ショーの準備が行われた。

「さあ、行ってこい。ルート」

団長の合図と共に、ルートはオウランとヴィレアを伴って舞台へ上がった。

宣伝用のチラシに描かれている猛獣や象ではなく、変な模様の熊と背の曲がった道化の自動人形だ。俄に観客席がざわつく。

「さて、今日は特別にプログラムを変更して、スペシャルなショーをご覧に入れます。 伝説の大熊猫オウラン!」

スポットライトがオウランに当たる。

「彼はこの日のためにたくさんの芸を練習しました。 いつもは駄目な彼に、暖かい拍手をお願いします」

「そして、そのアシスタント、ヴィレア!」

今度は背の曲がった醜い小男にスポットライトが当たった。

「彼はオウランと共に新しい自分を見せるため、一生懸命がんばります」

ルートの哀れみを誘う口上と奇妙な二体の演者に、観客の反応は良かった。ルートはルーチンに従って鞭を振るい、オウランに向かってフープを投げる。

オウランはフープを首でぎこちなくキャッチし、くるくると回してヴィレアに放り投げた。同時に客席から歓声が上がる。

ヴィレアはフープを手で受け止めると、フープを縄跳びのようにして使い、観客席ぎりぎりの所を飛び跳ねた。

途中、何かに躓いたかのように転び、その勢いで飛び出したフープがバウンドしながらルートの手に戻ってくる。

首を傾げるヴィレアを見て笑いに包まれる観客席に、ルートは対応する表情を作る。

フープの芸が終わると、ルートの膝丈程もある玉が小人達によって運ばれてきた。

ルートが鞭で合図をするとオウランがそれに乗り、玉乗り芸を披露する。盛大な拍手に、オウランは気をよくした風に胸を反らした。

そこから更にヴィレアが玉に乗る。危ういバランスだが、ヴィレアは器用にオウランによじ登り、頭の天辺で片足立ちを披露する。

観客席から更なる歓声と大きな拍手が聞こえてくる。

玉から降りるオウランとオウランの頭から転がり落ちるヴィレアは、再び笑いを誘った。

舞台袖から新たに別の動物が小人達と共に入ってくる。オウランとヴィレアの突発的なショーは終わりを告げた。

その後は、ライオン型や虎型の自動人形による猛獣の芸が続いた。

ルートは鞭や調教棒を駆使して猛獣を操る。典型的とも言えるショーではあるが、猛獣とそれを操る人という、躍動感溢れる取り合わせはとても人気がある。

子供達の驚いた顔と盛大な拍手。今夜のメインであった象のショーが急遽中止になったとはいえ、評価は上々であった。

そしてそれは、ルートの内部評価には無い、新しい経験であった。

無事にショーを終えて舞台袖へと戻るルート。入れ違いでオウランとヴィレアが本来の寸劇のために舞台に上がっていく。

「へぇ。 ヴィレアのヤツ、なかなか調子いいじゃねえか」

「ヴィレアだけじゃなく、小僧に修理された自動人形はみんな調子がよくなってます」

「思わぬ拾いもんをしたもんだ。街を出るときに捨てていかなくて正解だったな」

「まったくです」

ショーの準備室では、団長とマークが機嫌良く笑っていた。

「おう、ルート。お前も今度小僧に見てもらえ」

「メンテナンスってヤツだな。はははは!」

団長とマークの言葉を背に受けながら倉庫に戻る。そこには起動しなくなった象の整備をしているノームがいた。

ノームはルートが通り掛かるのに気が付き、ルートの方を見た。

「君も調子が悪いのかい?」

「いえ、問題はありません」

「そう。 どこかおかしいと感じたら、すぐに言ってくれ」

フードの中は暗く、ノームの表情はよくわからない。だが、ルートには彼が僅かに微笑んでいるのが見えた。

「―了―」