14フリードリヒ5

3389 【混沌】

フリードリヒを含むB中隊は、ジ・アイの『青の頂上《ブルーピーク》』でコア確保のための戦闘を続けていた。

山頂にあるコアの座は、体長4アルレ程の竜の集団によって守られていた。陽動と強襲を繰り返してコアに辿り着いてはいたが、そこに至るまでの犠牲は多大であった。中隊のコルベットは全て破壊され、エンジニアのアーセナル・キャリアもコアの手前で擱座していた。

「下がれ!」

前衛を率いていたスパークス中隊長の声が聞こえた。すぐ後に、中隊長の足下の崖下から10アルレはある巨竜が現れた。

巨大な火柱が上がる。その熱風は後方にいたフリードリヒにも届いた。

何とか生き残った隊員は体勢を立て直し、煙の中から現れた巨竜の赤い目に向かってライフルを斉射した。

確保したコアを守るために崖際に立っていた中隊長達は、先程の巨竜の一撃で撃滅された。まるで人形のように力なく、彼らの黒く炭化した体が地面に転がっている。

先刻まで声を発し、生きていた仲間達の、変わり果てた姿だった。

崖際の部隊が全滅した今、乗り込んできた竜達の攻勢は苛烈を極めた。次々と屠られる仲間達、巨竜はその破壊的な火球のブレスを貯めるかのように首を低く構え、じっと動かない。

フリードリヒはC.C.に声を掛けた。

「C.C.、あとどれくらいだ!」

「もうすぐです。あと七分!」

C.C.は無線でそう答えた。

「クソったれ」

フリードリヒは無線を切ってから悪態を吐いた。

竜達がブルーピーク上空を旋回し始めた。部隊の人数は今や十人を切ろうとしている。ここにいる隊員達が皆殺しにされるのは時間の問題だ。

「レッドスローン側の確保は終わっています。 あとはこちらだけです」

C.C.が無線で報告してくる。凄まじい風が吹き付ける断崖での作業に四苦八苦している姿が、こちらからも見える。

巨竜はこちらの攻撃をものともせず、ゆっくりと近付いてきた。

「俺が行く。 あとは頼むぞ」

時間を稼がなければならない。あと少しなのだ。フリードリヒは複数の手榴弾をベルトに仕込むと、巨竜に向かって突撃した。

巨竜の目の前で抜剣し、その腹を斬り付けようとする。同時に巨竜の顎がフリードリヒを捕らえようと襲ってきた。そのタイミングを見計らって、フリードリヒは手榴弾のピンを全て引き抜いた。

巨大な顎がフリードリヒを捕らえた瞬間、爆音がブルーピークに轟き、フリードリヒの体は巨竜の頭と共に爆散した。

緑の木漏れ日が風に揺られながらフリードリヒの顔を照らしていた。目に入る眩しい陽光にたまらなくなって、フリードリヒは体を起こした。

柔らかい草の上に寝ていた。草と土の香りは、懐かしい平和な記憶を呼び起こす。

すぐ傍に人の気配を感じた。フリードリヒの横には少女が寄り添うように眠っていた。明るい色の髪と、不思議な形の耳をしていた。

どこかで見たことがあるような気がしたが、思い出せなかった。少女を起こそうと思ったが、何故か躊躇いが生じた。この安らかな寝顔をずっと見ていたいと思った。

しばらくすると、森の奥から音がしてくるのに気が付いた。

くぐもった低音が断続的に響いていた。

フリードリヒは起き上がると、少女を置いたまま音のする方へ進んだ。

そこには祈祷を続ける盲いた老婆がいた。フリードリヒが近付くと、老婆はその不可思議な詠唱を止めてこちらを向いた。

「戻ったか」

「ここはどこだ?」

「ここは見ての通り森だ。アインはどうしたのだ。 それと宝珠はどこに」

「アイン? 俺はなぜここに来た」

「それはわからぬ。 だが、宝珠がなければここはもたぬ」

「宝珠……そうか、コアのことだな」

「お前が盗んだものだ。返してもらわなければ、妖蛆によって全てが滅ぼされる」

「世界が滅ぶ?」

「そうだ、戦士よ。 お前が滅ぼすのだ」

「いや、俺達は世界の混乱を――」

「言い訳はいい。 お前もここで滅びるのだから」

足下から地響きが聞こえてきた。それは次第に大きな振幅となり、立っていられないほどの振動になった。

「これは……」

「覚悟せよ。 戦士よ」

フリードリヒはC.C.に声を掛けた。

「C.C.、あとどれくらいだ!」

「もうすぐです。あと七分!」

「クソったれ」

竜達はこちらに向かっている。

ここが自分の死に場所なのか。そう思ったと同時に、奇妙な気持ちの迷いが生じた。

――なぜ俺が死ぬんだ?――

今までそんなことを思ったことはなかった。

皆任務のために死ぬ。任務は誰かがやらなければならないことだ。だが、それが意志とならない。

逃れようのない脱力感がフリードリヒを襲った。

「隊長がやられました! 残りの隊員をまとめないと」

若い隊員に声を掛けられ、我に返った。

「ああ、巨竜を押さえよう。 できるだけ時間を稼げ」

「はい!」

若い隊員は持ち場に戻っていった。しかしフリードリヒが戦闘に参加することはなかった。よろよろと銃声と怒号が響く中、コアの元に歩いて行った。

「あと少しです。 設定は済みました。 スキャンが終われば同期が始まります」

必死の形相でC.C.はそう答えた。

「フリードリヒ?」

自分を失ったかのように立ち竦んでいるフリードリヒに、異常を感じたC.C.は声を掛けた。だが、フリードリヒは何も答えない。

次の瞬間、巨竜が二人の目の前に現れた。隊員達は為す術もなくやられていく。

巨竜の巨大な口が開くと、C.C.とフリードリヒを含む中隊のメンバー全員が焼き尽くされた。

フリードリヒはアーセナル・キャリアのモニターの前で、必死に戦う若い訓練生達を見ていた。

鉄の巨人はその手で捕まえた若い隊員の四肢を引き千切り、投げ捨てた。次々と蹂躙され、殺されていく訓練生達を見ても、何も感じなかった。

繰り返される死と破壊。

何を救って、何を滅ぼすのか。

フリードリヒはアーセナル・キャリアを止めた。訓練生達を蹂躙し終えた鉄の巨人がキャリアに近付いてくる。

そして、鉄の巨人はフリードリヒのキャリアを破壊した。

フリードリヒは何もない世界にいた。暗闇だけがあった。

「呪われた戦士よ」

森で出会った老婆の声だった。目の前の宙に、座ったまま浮かんでいた。

「虚無を見たな?」

フリードリヒは答えなかった。だが、言っている意味はわかっていた。

何のための戦いなのか。

誰のために戦うのか。

全てがわからなくなっていた。

結局は何もかもがこの暗闇に還るというのに、生きる意味はあるのだろうか。

「それが真実よ。 戦士さん」

老婆の声色が変わった。

「全ては無に還る」

老婆は動かない。まるで彫像に変化してしまったかのようだ。

「だから混沌が必要なの。意味を求めない混沌がね」

老婆の体が卵の殻のようにひび割れていく。中から痩躯の少女が現れた。

「混沌の世界にようこそ」

微笑む少女の目に宿る光に、フリードリヒは魅せられていた。

「―了―」