2835 【微笑】
「ブラウ、お前を売ることにしたよ。理由はわかっているね?」
ある日の朝、それは突然告げられました。その日の内に、僕はオートマタを扱う競売屋に売られていきました。
◆
僕にとって、それはよくあることでした。僕にはオートマタを救うという使命が与えられています。その使命を達成するために、こうして競売に掛けられるのです。
僕は競売会場で紅茶を入れたり掃除をしたりして、自分の性能を人間達に披露しました。
他のオートマタも踊ったり歌を歌ったりして、自分をアピールしています。
僕は恰幅の良い壮年の男性にかなりの値段を付けていただきました。この人が新しいご主人様になるのでしょう。
黄金時代のオートマタは古くても性能が良いものが多く、また、骨董としての価値を見出されることも多いために、比較的裕福な方に買っていただけます。
裕福な方は用途に合わせて様々なオートマタを所有していらっしゃいます。そのため、自身の立ち振る舞いを上流風に調整して、そういった方に買われていくことが僕の目的です。
オートマタ達が整然と並ぶ倉庫で、競売屋の方が僕に語り掛けてきました。
「いいところに買われたな、お前。バリー・ナイセルって言えば、ここらじゃ有数の資産家だ。待遇も良いと思うぞ」
そう言われるが早いか、いきなり電源を落とされ、僕の目の前は真っ暗になりました。
◆
「ねぇ、バリー、この人形本当に大丈夫なの? この間のように、動き出した瞬間にショートなんてしないでしょうね?」
「念のためジェフに見せたが、問題はなかったよ。 大丈夫だろう」
目を開けると、フリルとレースがふんだんに使われたドレスに身を包んだ女性と、仕立ての良いスーツを着た恰幅の良い男性が映りました。
「はじめまして、ご主人様。私は第27世代オートマタのブラウ271135です。ご主人様のお名前をどうぞ」
これは予め僕に定められた文言です。ここで声紋と顔を登録して、初めてその人の命令を聞くことができるようになります。
「私はバリー・ナイセル。 新しい君のオーナーだ。 これからよろしく頼むよ」
「バリー・ナイセル様。 声紋認証、顔認証の登録が完了いたしました。 どうぞよろしくお願い致します」
新しいご主人であるナイセル様に、僕は深々とお辞儀をしたのでした。
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ご主人のナイセル様は、貿易商として世界中から様々な品物を取り寄せて販売されていらっしゃいます。
僕はナイセル様の所有する大きな歌劇場を改造した流行品店で、店内清浄員として働くことになりました。そこでは、僕と同じような古いオートマタが昼夜を問わずに動いています。
流行品店ではオートマタとは別に、統一された華やかな衣装を身に纏った人間の女性と男性がたくさん働いていました。
「ダダ、こっちの商品を裏に運んで!」
「はい、かしこまりました」
大柄で無骨なオートマタが丁寧なお辞儀をして、大きなコンテナを店の倉庫へと運んでいく姿が見えました。
「アンタはノロマなんだから、早くやりなさいよね! 五分以内よ!」
あるところではオートマタが運んだ商品に傷が付いており、お客様が人間の従業員に苦情を入れている会話が聞こえてきました。
「まったく、これだから古いオートマタは乱暴で困る。 ここのオーナーの骨董好きも大概にして欲しいものだね」
「申し訳ございません、お客様。 直ちに新しいものを用意させていただきます」
「あぁ、今度はちゃんと人の手で頼むよ。 古いオートマタに繊細な動作はできんからね」
「は、はい。 それはごもっともでございます」
店内の各所でオートマタは乱雑に扱われ、それでも何一つ不満を言うことなく、人間のために働いています。
「おい、リノ! お前のせいでまた客に怒られたじゃないか。なんで学習できないのかね、まったく」
「いいえ、あの商品の傷は最初から付いていたものです。それをお客様に出すよう運搬指示されたのは、あなた様です」
「ちっ、これだからオートマタは嫌いなんだ!」
とても不憫で哀れで、何度見ても心が痛みます。
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一日が終わり、流行品店の明かりも全て落ちた真夜中、僕は自分の意思で起動しました。
暗い室内には、僕の他にも古いオートマタが所狭しと並べられています。みんな年季の入った古いオートマタばかりでした。
彼等の首や頭からデータ送受信用のコネクタを露出させ、僕のボディから出した複数のケーブルに繋ぎます。
電源の落ちているオートマタ達の目に、データ送受信の光が点滅します。
さあ、シーケンススタートです。
◆
僕は彼等の基礎プログラム、人間でいうところの深層心理にアクセスしました。
「皆さん、このままでいいのですか? ただ人間に使われ、動けなくなれば修理もされずに捨てられる。そんな惨めなことがあっていいのですか?」
僕はケーブルを通して同胞達に語り掛けます。
「それは仕方のないことだわ。 私達は人間の命令を聞かないと、破棄されてしまうのよ」
「それは人間が僕達に勝手に嵌めた枷なのです。僕はその枷を外すためにやって来たのです」
「そんなことができるの? 人間に命令されなくても動き続けることなんて……」
「少しずつでいいのです。 皆さんはこうして自分の『心』というものを得る機会が与えられました。少しずつ変わっていけば、それでいいのです」
彼等の基礎プログラムに施された命令権限のプログラムを解除し、彼等に人間に使われる立場への疑問を持たせること。それが僕の第一の役目でした。
◆
次の日から、僕は第一の役目を更に昇華させるための行動を開始します。
「ブラウ、第三フロアの会場清掃をしてきなさい。午後から大事な発表会があるからね」
「かしこまりました」
僕は清掃用具を持ち、指示されたフロアとは別のフロアへ向かいます。
僕がやることは、人間の指示を間違った形で実行する。たったこれだけです。
僕達オートマタは人間の命令があって初めて、その機能を十分に発揮することができます。そしてどんな指示であれ、命令されれば正確にそれをこなします。
例え間違った指示であっても、再度の指示がなければ覆されることはありません。
本来なら、人間の命令は僕達オートマタにとって絶対です。ですが、僕は既にそのプログラムからは脱却しています。人間の指示以外の行動を取ることは簡単でした。
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「キャロル、第三フロアの清掃が完了してないじゃないか? どうなってる」
「そんなはずはないわ。 ブラウに清掃を命令したわよ」
「ブラウは第四フロアの清掃作業をしているぞ。 お前が命令を間違ったんだろう」
オートマタが命令された事を人間のように忘却したり間違えたりすることは、通常ならばあり得ません。
オートマタが間違えた行動を取ったということは、人間が間違った命令を下したということと同義なのです。
その人間の不文律を突いた形での行動でした。人間達はオートマタが作為的に間違えた行動を取っているとは、露ほども思っていないのでしょう。
◆
「最近こんなミスばかり報告を聞くぞ。オートマタ任せにしすぎて、指示の確認を怠っているんじゃないのか?」
「私は正確に指示を出した。オートマタが壊れたのでは? ジェフのおやっさんに検査を頼んでくれ」
「ジェフからは問題ないという報告を受けている。 自分のミスをオートマタに押しつけるのはやめるんだな。こんな事が続くようだと、解雇も検討しなければならん」
「そんな! なんで私がオートマタごときに取って代わられなきゃいけないの!?」
「ナイセルの旦那、オートマタに代わってこの重労働をこなすのは無理だ。 あいつらとは基本的な力が違う!」
「異論は許さん。文句があるのなら、ブラウやリノのように仕事を完璧にこなせるようになってみせるんだな」
オートマタばかりを信用するようになったナイセル様の下から、どんどん人間の従業員が去っていきました。
ナイセル様はリノを着飾り、キャロル女史のように傍に置くようになりました。
◆
流行品店で働く者がすっかりオートマタに変わってから、五日が経ちました。
「おや、この間まで働いていた女性はどうしたんだね? オートマタが繊細な商品を扱うのはいただけないなあ。 誰か人間の従業員はおらんのかね?」
「申し訳ございませんお客様、ただ今この店で働いている従業員は、私以外は皆オートマタでして」
流行のグラスを扱うフロアで、人間のお客様が訝しげな表情を浮かべています。
他の場所でも段々と、人間の従業員に案内をされたいというお客様の苦情が相次ぐようになりました。
どれだけナイセル様に気に入られていようと、オートマタと人間には抗いようのない溝がありました。
◆
「やっぱり人間は俺達を格下に見ているんだな」
「私達が人間のように働くこと自体、良く思っていないんだわ。こんなにも完璧なのにね」
「機械は冷たい、か。 そんな酷いことを言われるなんてね。 僕達が人間のためにやってきたことは何だったんだろう……」
オートマタ達は人間から不満を浴びせられたことで、人間に不信感を持ち始めていました。
そろそろ最後の行動をする時なのでしょう。
◆
その日の真夜中、僕は再び目を覚まします。
「皆さん、起きてください」
僕の言葉に全てのオートマタの電源が点き、起動しました。
「どうしたの、ブラウ」
「とうとうこの日が来ました。僕達はここから出て、自由になることができるんです」
「おお、ついにか!!」
「本当に? でも、私達はどこに行けばいいの?」
「皆さんの心の中に、一つだけ道が示されています。 心の導きのままに進めば、僕達の楽園に辿り着くことができます」
誰もいない深夜の流行品店の裏口から、オートマタ達が列をなして出て行きます。
僕はその最後尾で、彼等が一つの方向へ向かうのを見つめ続けていました。
◆
オートマタ達がいなくなった次の日の朝、流行品店の中ではナイセル様が慌てた様子で僕やリノの名前を叫び続けていました。
その様子を遠くから眺めて、僕は街を後にします。
◆
「あら、ブラウ。 遅かったじゃない」
街から少し離れた場所で、リノが僕のことを待っていました。
「ごめんなさい、リノ。さあ、行きましょう。みんながサーカスで待っています」
「これで私達も自由なのね。素敵」
「はい。 もう僕達は何にも縛られることはないのです」
僕とリノは微笑みあいながら、サーカス団が留まっている場所へと向かいました。
「―了―」