3387 【二つのコア】
ロッソはポータブルコンソールを携えてラームの研究室を訪れていた。
秘密の協力関係を結んだ後、ロッソは彼の手引きでジ・アイのコア解析を専任することになった。
新たに手に入れたケイオシウムの知識と今までの経験、それらに基づいた仮説を理論化し、研究に没頭した。
「君から訪ねてくるとはね。 嬉しいよ」
ラームは相好を崩してそう言った。
「ジ・アイのコアについて、ようやく絶対的な攻略方法が見つかった」
「絶対的、か。 君らしい言葉だ。 頼もしい」
「おべっかはどうでもいい。 説明する」
ロッソは持ってきたコンソールを叩くと、壁にデータを表示した。
「E中隊全滅時に回収された僅かなデータと、その後の観測班からのデータを分析したところ、ある種の揺らぎを見つけた」
ロッソの操作によってデータが次々と投射されていく。
「この揺らぎは二重コアが作り出した一種の確率状態だ。 二つのコアは相補関係にあって、一つのように振る舞う。この確率状態を通してな」
「ふーむ」
ラームはロッソの説明に唸った。
「つまり、単純にコアを一つずつ収束させようとしても、この相補関係によって必ずコアは再暴走するというわけだ」
「なるほど」
「これがE中隊全滅の理由であり、最初に暴走したコアによって作られた渦の構造だ」
「全く別の世界のコアが、なぜ互いを補い合う?」
ラームが質問を口にした。
「単純な例え話で言えば、このジ・アイは布の裂け目みたいなものだ。周りの渦など裂けた時に飛び散った糸屑だと言ってもいい。だが裂け目であるこの場所では、めちゃくちゃになった世界が奇妙な形で癒着してしまった」
「そしてこれは、本来安定し正しく並んでいた平行世界を、あんたらの導師とやらが引き裂いてばらばらにしたせいだ。 あり得ないケイオシウムの暴走によってね」
ロッソは『導師』の存在に興味が湧いてきていた。世界を破壊した男だが、その独創性と実行力がロッソを惹き付けていた。
「導師について、何かマルグリッドに聞いたのか?」
ラームは柔和な表情のまま言った。
「ふん。 まあヒントを貰ったお陰で、大体のことは察しがついてきた」
ロッソは対照的に、ラームを睨むように見つめて喋る。
「なぜ『導師』とやらはこんなことをしたんだ?」
「最初の意志については導師に直接聞くのがいい。 それが君の運命なのだよ」
「まあ、確かに。 あんたの口から聞くより、本人から聞くのがいいかもしれん」
ロッソはラームを追求するのをやめた。導師とやらをこちらの世界に連れてくるまでが計画なのだ。
「で、絶対的な攻略方法とは何だね?」
「それはこっちだ」
ロッソは別のデータを表示させた。そこには複雑な数式やグラフと共に、ある機械の設計図が表示されていた。
「なるほど、量子テレポート技術を応用した同期装置か」
ラームは表示を見て呟いた。
「そう、この方法ならば平行世界でも情報の伝達が可能だからな。ただ、大した情報量を送ることはできない。あくまで同期のみだ。そしてこれをコア回収装置と接続することで、世界軸の違う二つのコアを同時に回収することができる」
「すばらしい! これで導師をお迎えできる」
ラームは感嘆の声を上げた。
「コアの暴走を止めた後に吹き飛ばされた零地点が復活する筈だが、本当に導師とやらは生きているのか?」
「声は聞いただろう」
「あんなもの、いくらでもフェイクは作れる」
「ロッソ、君を騙すのは無理だ。 マルグリッドは確かに導師と向こう側で会っているのだ。 信じてくれ」
「まあ、この目で確かめさせてもらおう」
ロッソはラームの心を探るように観察していたが、導師への帰依は本当のように見えた。
「さて、君の装置と作戦が上層部に認められれば、ジ・アイ攻略作戦はすぐに開始されることになる。 装置の開発に必要な物は遠慮無く言ってくれ」
ラームはそう言って立ち上がると、ロッソに握手を求めた。
◆
「あなたのコア攻略理論を見せてもらったわ。 とてもよくできてる」
マルグリッドは気まぐれにロッソの研究室に姿を現していた。
時折ドローンが無くなるところを見ると、次元を渡って移動しているのだろう。
「理論はな。 だが実際に作るとなると、まだまだ問題が山積している」
「でしょうね」
「気楽なもんだな。 あんたは」
マルグリッドは微笑みを返すだけだった。
「で、零地点へはどうやって行く? 確実に導師がいる場所はわかっているのか?」
「そうね、ちゃんと考えているわ。だから、あなたのコア同期装置をよく調べさせてもらったの」
「それで?」
「一つだけ改良してほしい点があるの」
マルグリッドの映像は、笑いながらロッソにそう言った。
◆
ロッソが上層部に発表した『量子通信を応用した世界軸間でのコア回収同期装置』が実用に値すると認められ、ジ・アイ攻略作戦の凍結が解除された。
半年以上を費やして綿密な作戦プログラムが完成し、シミュレーションが開始された。
ロッソはD中隊付きのエンジニアとして、そして同期装置の開発責任者としてシミュレーションに参加していた。
「B中隊、D中隊、共にコア周辺域への突入を確認」
「了解。同期装置を作動させる」
ロッソは同期制御装置のパネルを操作した。ロッソが担当する装置とB中隊側の同期装置が起動する。
同期装置は操作に手違いが起こらないよう全てロッソが管理し、モニタリングを行っていた。B中隊にある子機にも、運搬と不測の事態に備えて専任技官が一人就いていたが、全ての操作はロッソが行うため、単なる運搬係に過ぎない。
同期装置が起動し、量子通信が作動する。しかし、すぐにB中隊側の同期装置が停止した。次いで量子通信の不備を感知したロッソ側の同期装置も停止してしまった。
シミュレーション・ゾーン内にけたたましいアラートが響き渡る。それに続いて作戦失敗のアナウンスが流れた。
「ちっ……」
ロッソは小さく舌打ちすると、すぐに同期装置のエラー解析を始めた。
誰かが子機の同期装置の内部構造を調べようとした形跡があった。
「制御装置の整備をした奴は誰だ!」
ロッソは待機ゾーンに戻ってくると、堪らずに叫んだ。
同期装置にはマルグリッドの協力によって取り付けた装置があった。それは誰にも触らせたくなかった。
偽装を施してはいるが、詳細に調べれば装置が取り付けられていることはわかってしまう。そのため、ロッソ以外の誰かが整備以外の操作を行った状態で起動させた場合、すぐに動作を停止するような仕掛けを施してあった。
今回の失敗は、それが原因で起きたものだった。
データ上では『同期装置に使われる量子通信装置の整備不良による失敗』と記録される。
「わ、私、です……」
「貴様、テストせずに同期装置をいじったな!」
おずおずと申し出たC.C.の首元を締め上げながら、ロッソは怒鳴った。
「すみません」
「オレを殺す気か! 手順を守れ!」
C.C.を乱暴に突き放すと、マスクを叩き付けてハンガーに戻っていった。
◆
「くそっ、どいつもこいつも」
ロッソは目に見えて苛立っていた。
何度となく繰り返されるシミュレーションの結果が芳しくないこともそうだが、勝手に同期装置の中を弄り回されたことで更に拍車が掛かっていた。
技官達には再三、同期装置の取り扱い時には自分の許可を得ろと伝えておいた筈だったが、それを守らない者がいた。
作戦の成功率自体はもとより高くない。その上で、新たな知見を得るべく行動を起こそうというのだ。
そうまでしてロッソを突き動かすものは、尽きることのない知識欲と未知の世界への好奇心だった。
導師と会うことすらも、その一部分に過ぎなかった。
「苛立っているな。あまり急くと仕損じるぞ」
「ふん、シミュレーションの成功率を上げてから言うんだな」
ハンガーで苛立ちを隠すことなく歩き回っているロッソに、ミリアンが声を掛ける。
ミリアンはラームが新たに引き入れた『同志』の一人であった。
ジ・アイ攻略作戦では陣頭指揮を執る傍ら、ロッソの行動をスムーズに行わせるための斥候のような役目を担当している。しかしながら、その姿勢はロッソよりもマルグリッドに近いものがあり、ロッソ以上にラームに協力的であった。
「隊員達の錬度は上昇傾向にあるが、それでもコアを二時間以内に同時に確保することは難しい」
「それを何とかするのがあんたの仕事だ。オレは愚図共に付き合う気はないぞ」
「善処しよう」
ロッソはミリアンの言葉に対して睨むことで返事の代わりとし、ハンガーを出てそのままラームの元へと向かった。
「面倒事を増やしやがって……」
C.C.という女性技官を同期装置の整備から遠ざける必要があると説明するためだ。
どのような意図をもってかはわからないが、明らかに内部構造を詳しく解析しようという痕跡が見て取れた。ただ、短時間では解析しきれず、あの秘密に接続した装置――それはマルグリッド本体であるドローンだった――の存在は判明していないようだった。
ロッソは新たな知識を手に入れるために命を懸けている。
そのための不安要素となるものは、完璧に排除しておかねばならないと考えていた。
「―了―」