3378 【異界との繋がり】
レジメントの施設から北に500リーグ程の場所にあるモルグ渓谷。この一帯を覆う大規模な《渦》攻略作戦のブリーフィングに、リーズは参加していた。
施設の中でも一際大きい作戦会議室にはA中隊とE中隊の全隊員が一同に集まっており、作戦の規模の大きさが測れた。
その中でも、リーズのいるE1小隊とマキシマスのいるA2小隊は、コア制圧の中心部隊を任されていた。
ブリーフィングが終了して各自が次の予定行動へと向かう中、リーズは数ヶ月前にE中隊長になったベルキンに呼び止められた。
「リーズ、今度の作戦も頼りにしているからな」
「自分の仕事をやるだけさ」
自分の力を過信するつもりはないが、こうやって持ち上げられることに悪い気はしなかった。
何より、自信たっぷりに答えることが隊の士気維持に繋がることを、リーズは理解していた。
◆
「リーズ、敵性生物がコアを取り囲んだ! 急ぐぞ!」
ローレンスから怒号が飛ぶ、リーズはコア周辺を守る敵性生物の一体を真っ二つに切り裂き、他の隊員達に続いた。
コアは敵性生物の集落らしき場所の中央に掲げられており、その周辺を黒い霧のようなものに包まれた大型の敵性生物が、何体も見張るようにして守っていた。
「……あ、ああ!」
リーズは少し間を空けてローレンスに返事を返す。渦中央部への突入直後から断続的に襲ってくる頭痛が、リーズを悩ませていた。
渦へ突入するときの環境変化でこういう症状に陥ることはままあったが、休息を挟み、薬を飲んでなお症状が続くということは初めてだった。
今はコア攻略の真っ最中だ。不安要素は排除しておきたかったが、そう簡単にはいかないようであった。
「大丈夫か!?」
「問題ない、行くぞ」
「こちらグレン! ハリスンがやられました!」
「くそっ、遺体は回収できそうか!」
「できるものならやっています!!」
各所から隊員の安否や状況を確認する声が聞こえてくる。リーズも時々それに答えながら敵性生物を屠り、コアに近付いていく。
A2小隊も別の進路から合流し、コア周辺の敵性生物を減らしつつあった。
「コアはどうなっている!」
「最初に確認された場所から動いていません!」
「一気に突破して確保するぞ! 続け!」
各小隊長から指示が飛ぶ。リーズは最前線で敵性生物と対峙した。この群れを突破すればコアは目の前であった。
リーズはライフルで敵性生物の動きを鈍らせると、セプターを構えて切り込んでいく。頭痛は散発的にくるものの、この程度なら何とかなるだろうと予想ができた。
リーズが倒した敵性生物の屍を乗り越えて、E1小隊の半数とマキシマスらA2小隊がコアの周囲を確保した。
「調子が悪いのなら下がっていろ」
「大したことは無い。 余計な心配だ」
「そうか」
いつもと違うリーズの様子に気付いたのか、マキシマスが珍しく声を掛けてきた。この激戦の中にあってなお、彼は落ち着いて作戦を遂行していた。
リーズはコアに近づく敵性生物をライフルで掃討する。
頭痛は治まってきたが、今度は視界に歪みが生じてきた。敵性生物とオペレーターの区別が付き易いのは幸いだったが、危険であることに変わりはない。
コア周囲の敵性生物とは完全に立場が逆転していた。先程までコアを守る側だった敵性生物は、今度はコアを取り返そうとリーズ達に近付いてくる。
これらを掃討すれば、あとは20アルレ上空に待機するアーセナルキャリアがコアを確保するだけだった。
しかし敵性生物も必死だった。幾人かのオペレーターが敵性生物により負傷、あるいは殺された。敵性生物の猛攻により、リーズ達は徐々に防戦一方となっていく。
「前に出る! コアに奴らを近付けさせるなよ!」
リーズはコアからほんの少し距離を取ると、群がる敵性生物を相手取った。コアから離れると、視界の歪みは少し減った。
「これなら!」
近寄る敵性生物を片っ端から打ち抜き、切り伏せた。
リーズは完全に敵の動きを見切っていた。敵の動きが遅くなっていくような感覚があり、敵の攻撃を先読みできるようになっていく。
同時に、視界の歪みは世界を二重に映していた。ずれて映る世界では、敵性生物が放った炎の矢が全てを燃やし、その世界にあるリーズの腕や剣を燃やしていた。
「くそっ!」
リーズは立て続けに起きる不調に苛立ちを隠せなくなっていた。二重に映る世界は、この極限状態では酷く邪魔なものであった。
眼前の敵に集中すれば、劫火の世界に囚われずに対峙できたが、煩わしいことに変わりはないのだ。
「しまった!」
そして、その苛立ちが隙を生んだ。背後から襲い掛かる一際大きな敵性生物に対応しきれなかった。
すんでのところで気が付きセプターで応戦するものの、肩に強い衝撃が伝わった。リーズの肩から炎が噴き出す。敵性生物の持つ、炎を纏った武器による着火だった。
二重に着込んだ防護ベストにより熱は感じないが、体中に燃え移るのも時間の問題であろう。そしてそれは先程、ずれた世界で見えた自分の状況と同じであった。
「こんなところで!」
まだやることがある筈だ、こんなところで死ぬ気はリーズには無かった。
死に場所くらいは自分で選ぶ、ここは死ぬべき場所ではない。そう思いながら炎に包まれた防護ベストを脱ぐと、それを敵性生物に投げ付けた。
投げ付けられたベストに敵性生物が怯んだ隙に、その懐に飛び込んだ。その時、二重に見えていた世界と眼前の視界が重なり合った。
リーズの視界がクリアになる。それと同時にセプターから炎が噴出した。セプターを最大まで伸ばすと、炎を纏ったその剣先で敵性生物の首を刎ねた。
周辺の敵性生物が動揺したのがわかった。治まることのない炎を見て、リーズは笑みを浮かべる。
原理は不明だが、この力はここで使うべきものだ。本能がそう告げていた。
「全部、燃やし尽くしてやる」
リーズはセプターに纏った炎を操り、敵性生物を次々と倒していった。
◆
コアを無事に確保した中隊がモルグ渓谷から帰還すると、リーズ達生き残った面々は、検疫作業と併せて身体の精密検査をすることとなった。
リーズが使用した不思議めいた炎の力がエンジニア達の耳に入り、詳細な検査を求められたためだった。
「ただでさえ疲れてるのに、そりゃないぜ。なぁ、リーズ」
「そうだな」
除染室に向かう傍ら、ローレンスにやや力なくリーズは答える。
頭痛や視界の歪みは渦から脱出した直後に綺麗に無くなっていたが、施設に帰還してから気が抜けたのか、全身が疲労感に襲われていた。
「それにしても凄かったな。ありゃなんだ? 新しいセプターでもエンジニアに融通してもらったのか? モニタリングとやらに参加すればいいのか?」
嬉々としてあの力のことを聞き出そうとするローレンスが、今ばかりは少々煩わしかった。
「いや、特別なものは何もない」
「本当かぁ?」
どこまでも疑ってくるローレンスに辟易するも、すぐに除染と検査が始まり、会話どころではなくなった。
◆
精密検査が終わり、やっと自室に戻れた数日後、リーズはエンジニア達の研究施設に呼び出された。
病院の診察室のような場所にいたのは、フォレットと名乗るエンジニアだった。ケイオシウムの専門家であるという。
「君の身体に重大な問題が見つかった」
重大という割に、フォレットの言葉から緊張や深刻さは感じられなかった。
リーズはいくつかの数値が書かれた、同じような二枚の紙を見せられた。
「これは?」
「君とマキシマスの身体検査の結果だ。年齢や身体能力を加味し、総合的に君と最も近い数値が出るのか彼だ」
そう言われて検査結果を見比べる。専門的な単語が多く、半分程しか理解できなかったが、ある一点がマキシマスよりも高い数値で書かれているのを見つけた。
「他のオペレーターに比べ、君のケイオシウム汚染濃度が高いことが判明した」
「ケイオシウム汚染ですか?」
「そうだ。脳の、特に頭頂葉と後頭葉に汚染の影響が見られる。問診で君が回答した視界の歪み、別の世界が見えたことは、このことが原因だと想定される」
「なぜ俺だけ汚染濃度が高いのですか? それと、歪みとの関係は?」
「渦を構成するコアはケイオシウムエネルギーの塊だ。コア周辺にいる時間が長い程、高濃度のケイオシウムに曝されることになる。心当たりは?」
リーズはここ半年で参加した作戦を思い出す。
作戦参加回数は以前と変わらぬものの、コア制圧部隊の中心人物として据えられ、幾度となく成功させてきていた。
「コア攻略作戦への参加回数が増えています」
「断定はできないが、要因として考えられるのはそこだろう。詳細を解明するには更に詳しい検査が必要だ」
「何か悪い影響がある、ということですか?」
「周囲へ汚染を拡大させたり、君の健康を脅かしたりするものではない。だが、すでに君には別の世界が見えるといった影響が出ている」
「作戦行動に支障が出た場合の対策はありますか?」
「これは初めてのケースだ。対策はこれからする。君はこれから定期的に検査を受け、場合によっては検証作業にも参加してもらう」
「長い間拘束されると」
「次の汚染被害を防ぐためにも必要なことだ」
どうやらエンジニアにとって、自分達レジメントの隊員は実験動物と同じようなものらしい。
エンジニアに身体を弄くられるくらいなら、渦の中で戦っていた方が遥かにマシだ。
リーズはそう思いながら、研究施設を後にした。
「―了―」