27フロレンス3

3398 【テロル】

ある日、王都にある貴族階級が利用する別荘の一角で、小規模な爆発が起こった。

爆発の状況から何者かによるテロであることは判明したが、犯行声明が出されることはなかった。

フロレンスは臨時警戒態勢のため暫く軍施設に詰めていたが、部下と交代して数日振りに住居へ戻っていた。その間に、家族からの手紙が届いていた。

軍の寮に入ってからは家族とめっきり会っていない。たまに届く義理の姉からの手紙のやり取りだけが、家族の近況を知る手段であった。

「これは!?」

しかし今日届いた手紙は、家族からの手紙を装ってはいたが、内容は全くの別物であった。

手紙には『王国による少数民族への謂われなき差別に対抗せよ』といった、王都に住む少数民族出身者達に蜂起を促すような過激な内容が書かれていた。

フロレンスが住居としている寮はルビオナ軍人に宛がわれる寮の中でも、特に機密性が高い部署に所属する者が入居する寮だ。

軍の規定により、家族からの手紙はおろか、軍からの書類などについても、危険なものや怪しいものでないか厳重にチェックが行われる。

その厳しい検査を掻い潜った上、この封書は家族の手紙を装って確実に開封させる事を目的としていた。

封書の内容に緊急を要すると判断したフロレンスは、すぐさまエイダに連絡を取った。

オーロール隊の執務室でフロレンスはエイダに封書を見せた。エイダも昨日からテロによる臨時体勢のため、執務室に詰めている。

「軍警察に調査を依頼しよう。今回のテロ事件の重要な参考資料になる筈だ」

「では、軍警察に連絡をします」

「うむ。この封書の件で暫く軍警察に出入りしてもらうことになるだろうが、頼む」

「わかりました」

封書を軍警察に提出してから少しの時が過ぎた。テロリストの犯行声明は未だ発表されておらず、ルビオナ軍はテロの対応に追われていた。

フロレンスもこのような緊急時のため、休暇らしい休暇は取らずに働いていており、その日も軍警察に引き渡した封書の件で呼び出しを受けていた。

今日明日で処理しなければならない軍務が残っていたため、軍本部へ続く人気のない夜の道をフロレンスは急いで進んでいた。

「そこの軍人さん、ちょっといいですか?」

急にフロレンスは呼び止められた。その声に立ち止まって振り向く。その瞬間、突如として鋭利な刃物で切り付けられそうになる。

「何をする!」

刃物を持った人物を見たが、頭から足先まで黒衣で覆っており、外見の判別はつかない。辛うじて布の隙間から聞こえてくる声で、その人物が男であることがわかった程度だった。

「裏切り者には制裁が必要だ」

「虐げられし民族でありながら、同胞を傲慢な女王に売った愚か者に制裁を」

どこからか同じような衣装を纏った者が、もう二人現れた。

「……まさか、あの手紙はお前達が」

フロレンスは目の前にいる黒衣の男達こそが、今回のテロ事件を起こしているテロリストであると確信した。

「そうだ。虐げられしメーアの子。今ならまだ間に合う。我らと共に来るのだ」

「断る!」

黒衣の男達はフロレンスのその言葉を聞くと、沈黙したまま襲い掛かってきた。テロリストと接触した口封じであろうことは、フロレンスにも容易に想像がついた。

フロレンスは携行していた拳銃を空中に向かって発砲した。軍務の途中であり、臨時警戒態勢の最中のため、拳銃程度の武装が許されているのが幸いだった。

黒衣の男達は怯んだ。しかしそれは銃を恐れてでないことは、フロレンスにもわかっていた。

ここは繁華街の近くである。音に気付いた住民が何事かと騒ぎ出せば、黒衣の男達を退けられると考えての行動だった。

「銃声だぞ! 警察を呼べ!」

繁華街が騒然となり、周辺を巡回していた警官がすぐに駆け付ける。

「貴様ら! そこで何をしている!」

「……裏切り者のメーア族め。この罪、必ず償ってもらうぞ」

そう言い残して、黒衣の男達は警官に囲まれる前に消え去った。残されたフロレンスは警官に簡単な状況説明をする。

「この件についてオーロール隊隊長のエイダ・ラクラン大尉に連絡をさせてください」

「だめだ、それは署でするべきことだ。今ここで個人の連絡回線を使うことは許さん」

「何故です。身分も、所属も証明しました。自分には隊長にこの状況を報告する義務があります」

「どこの所属であろうと、あんたはテロリストと接触した。テロに関与している可能性がある」

「ですが……」

「大体、その肌の色、生粋のルビオナ出身者ではないんだろう。それが軍属の貴族で装甲猟兵? ふん、本当の身分か怪しいもんだね」

フロレンスは驚きと怒りを隠せなかった。軍の正装を纏い、身分証を提示してもなお、肌の色だけでテロへの関与を疑われる。『虐げられし者』の言葉が頭を過ぎった。

「わかりました、先程軍警察へ伺ったばかりですが、同行します」

フロレンスは数十分と経たずに軍警察へ舞い戻ることとなった。事情聴取を終えて部屋を出ると、ホールにはエイダがいた。

「中尉、大変だったな」

「エイ……いや、ラクラン大尉。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「気にするな。貴女は何も疚しい事はしていない。こちらには協力の姿勢があるのだから、堂々としていなさい」

「お気遣い、ありがとうございます」

テロリストと本位ではない接触を果たしてから数日が経った。フロレンスはエイダと共に、各地に派遣されている中隊の帰還をどうするか検討を行っていた。

その最中、緊迫した面持ちでイームズ少尉がやって来た。

「お話中失礼します。 緊急報告です!」

「どうした? 何があった」

「マーク・ブラフォード侯爵がベケット侯爵を見舞ったお帰りに、住宅街でテロの被害に遭遇されました」

「お父様が!? お父様は無事なの?」

フロレンスははっとなる。段々と血の気が引いてく感覚があった。

「テロの規模自体は小さく、幸い大事には至っておりません。すぐに病院に搬送され、手当てを受けているとの報告が来ました」

「そうか、報告ありがとう。今月に入ってこれで四件目か……」

報告を聞いて、フロレンスは安堵と同時に恐怖した。テロリストの報復の一環であることを悟る。テロへの関与を断ったことで、父親が標的にされたのだった。

「ブラフォード中尉、今日はいい。 お父上のもとへ」

「了解です。 ……ご配慮ありがとうございます」

フロレンスは敬礼すると、急いでオーロール隊の部屋を後にした。

病院では存外に元気そうな父親が簡単な手当を受けていた。だが大事をとって、今日は警備の厳重なこの病院に寝泊りするという。

貴族が多く出入りするこの病院にはそこかしこに警備の人間が待機しており、確かに安全といえた。

フロレンスは病院を出ると表通りのカフェに入り、煙草に火を点けて一息ついた。テロリストのことが頭から離れず、気分を落ち着かせて冷静になるためだった。

「失礼、相席よろしいですか?」

見知らぬ若い男が尋ねてきた。相席はあまり気が進まないが、周囲を見回すと他に座るようなところはなかった。

「あ、ええ。どうぞ」

「ありがとうございます。ところで、お父上はお元気でしたか?」

不意の言葉に、煙草に手をかけていたフロレンスの手が止まる。男は周囲に聞こえない程度の声でフロレンスに囁いた。

「我々は言葉を違えない。お前は同胞を裏切った。その罪はお前の家族に償ってもらう」

「貴様!」

「いいのか? 私は王国に住む、ただの一市民だぞ」

今この男に対して行動を起こせば、軍人が守るべき国民に手を出したようにしか見えない。男の言葉にフロレンスは拳を握る。

「それにほら、見るんだ」

男が指した先には、病院のある方向から自家の紋章入りの馬車がゆっくりと進んでくるのが見えた。その指が移動すると、今度は少し離れた建物の窓を指す。

「お前が我々に協力する姿勢を見せなければ、今ここであの馬車を暴走させても良いのだよ」

「下衆が……」

「言葉には気を付けろ。お前の家族の命運は我々が握っている」

「……何をすればいい?」

握り締めた拳に、血が滲んでいた。

少数民族の出身でありながらオーロール隊という女王に近い場所にいるフロレンスは、テロリスト達にとって都合の良い駒であった。

計画は予め聞かされており、フロレンスが女王の寝室を警護する際に暗殺者を中に引き入れるというものだった。

フロレンスは王宮にある給湯室で飲み物の入ったカップを見つめていた。

「私は、このような方法でしか……」

フロレンスはカップに向かって一人呟いた。手にはテロリストに準備させた特殊な睡眠薬がある。それを片方のカップに入れると、休憩中のエイダの元へと向かった。

エイダはこめかみに手を当て、俯くようにして休憩していた。

「どうした? 具合でも悪いのか?」

フロレンスはエイダに睡眠薬の入ったカップを手渡す。エイダがそれに口をつけたのをしっかりと見届ける

「いや、大丈夫だ。少し休めば問題ない。それよりフロレンスこそ大丈夫なのか? 顔色が悪いが」

エイダの言葉にフロレンスの心臓が跳ね上がる。やはりどんな状況に陥ってもエイダはパートナーだった。だからこそ、女王暗殺の現場から彼女を遠ざける必要があった。

睡眠薬入りの飲み物を飲んだエイダが倒れたことを確認すると、フロレンスはエイダを救護室に運ぶべく、人を呼びに行った。

深夜、フロレンスは部下二名と共に、緊張した面持ちで女王の寝室の警護に当たっていた。

所定の時間になった。以前より王宮兵として潜伏していたテロリストが深夜の巡回を装ってやって来る。

その後は一瞬だった。テロリストが部下の一人に襲い掛かると同時に、フロレンスがもう一人の部下に襲い掛かって昏倒させる。咄嗟のことで身体が動かなかった二人は、何が起きたのかもわからずに気絶した。

「よくやった」

フロレンスは昏倒した部下二名をそのままに、寝室の入り口に立つ。

「どういうことだ! 女王はどこへ行った!」

男は寝室の中で激昂した。寝室には女王はおろか、護衛騎士の姿も無かった。

「計画内容が漏れていたようだな」

「馬鹿な、この計画は――」

「失敗したのなら、早く撤退した方が良い」

「いや、待て……貴様だな、裏切ったのは!」

男はフロレンスに向かって銃を向けた。フロレンスは咄嗟に距離を詰めて相手の銃を押さえる。

「私は裏切ってなどいない、私の忠誠は初めからこの国に捧げている!」

「馬鹿な女め! この王国にどれだけの民族が苦しめられているのかもわからんとは!」

フロレンスが女王を逃がしたのは事実だった。彼女らは悟られることのないよう、緊急用通路から脱出していた。

揉み合いながらフロレンスは敵の銃を奪った。距離を取って構え直そうとした時、男は懐から何かを取り出した。

「王国に死を!」

フロレンスは咄嗟に寝室を飛び出して身を伏せた。同時に、王宮を揺るがす程の爆音が響き渡った。

「―了―」