2835 【蘇生】
興行が終わり、団長からカードの相手をするように言われた。
途中までは勝つことも負けることもせずに、淡々とプレイを続けていた。
突然、『ここで負けたらどうなるだろう』という疑問が湧いた。
その疑問に抗わず、不利なカードを手元に残し、敢えて負けた。
「どうしたメレン。負けるなんて珍しいな」
団長が自分に問い掛けてきた。
「団長の見極めが、私の演算を超えたということでしょう」
「ほお。お前も世辞を言うようになったか」
団長は感心したように頷いた。
その後のゲームは、始終団長や整備士の優位になるように進めていった。
◆
まだ日も高い時間に舞台袖となるテントへ向かうと、動物使いのオートマタであるルートが鞭の手入れをしているところに遭遇した。
自分も興行で使うカードと手品の整備を始める。
「調子はどうだい、メレン」
ルートに話し掛けられた。反応を返すことができず、ただ固まるしかできなかった。
オートマタである自分達は、自発的に言葉を発することは無い。
仮にオートマタ同士で会話を行うことがあるとすれば、それは定められた文言による擬似的な会話に過ぎない。
ヴィレアのように誰に命令されなくとも喋り、笑い転げているような機能があれば別であるが。
過去のメモリーを参照したが、今までこの動物使いと会話をした記録は無かった。
「メレン、どうした?」
「え、あ、いえ。ノームに整備をしていただいたので」
「やはり。ノームに見てもらってから調子が良いのは、私だけではないようだ」
「そうですか」
そこで会話は終わった。すぐに団長と整備士が笑い声を上げながらテントに入ってきた。
自分達は動きを止めた。会話をしていたことが団長達に判明するのは、とても良くないことのように感じた。
「メレン、ルート。ちょうどいい、ライオンを小僧のところまで運べ」
団長は自分達を見つけると、テントの隅にあった古ぼけたライオンを指差した。
あのライオン型のオートマタは、前回の興行の際に壊れたものだった。
言いつけ通りに、ライオン型をルートと共に少年のところまで運んだ。
◆
「小僧、こいつでいいか?」
少年は不調となった象型の整備をしていた。
「はい。ありがとうございます」
「本当に夜までに何とかなるんだろうな?」
「故障箇所に使える替わりの部品があれば可能ですよ」
「頼んだぞ」
団長は短く言うと、自分のテントへと戻っていった。
「君たちも持ち場に戻っていいよ。それとも、修理を見ていくかい?」
少年は言う。その言葉に従い、ルートは元の場所へ戻っていった。
「君は?」
「修理の状況を見学してもよろしいですか」
「いいけど、今の君には辛いものかもしれないよ」
「辛いということはありません」
「……そう。後悔しても知らないよ」
少年はそれだけ言うと、ライオン型の分解を始めた。
それをただ眺めていたが、ライオン型の外装が外されて骨格が顕わになると、電子頭脳を締め上げられるような感覚が襲ってきた。
丁寧に分解され、圧力センサーや電子部品がテントの床に並べられていく。
そして、焦げたように黒くなったチップがライオン型の頭部から取り出された時、電子頭脳が訴えかけていた内容を唐突に理解した。
「あ……」
「だから、辛いはずと言ったんだよ」
いつの間にか声が出ていた。それを聞いた少年は淡々と言葉を続ける。
「このオートマタは、死んでいたのですね」
「そう。この子を形成していたチップはとうに駄目になっていたようだね。チップのメモリーを取り出す技術も設備もここにはない」
すっかりと分解され、ライオン型は只の部品と化していた。
代わりに象型のオートマタの電源が入り、以前と変わらない動きを見せるようになった。
「こうやって部品を再利用することで別のオートマタが息を吹き返す。もう駄目だからといって、無下にしてはいけないんだ」
少年は、フードの越しの口に笑みを浮かべていた。
◆
その日の目玉は、大きな象による曲芸ショーだった。
象は以前と変わらぬ動きで客の目を引いていた。
「メレン、そんなところに立つな。ショーの邪魔になる」
「申し訳ありません。ショーを見ていたくて」
「世辞の次は意見か。まぁいい、次の出し物の邪魔はするなよ」
「わかっています」
舞台袖の隅に立ち、ショーの行方を眺めていた。
すると、象の上でとぼけたパフォーマンスをしていたヴィレアが転がり落ちて、象に踏み潰されてしまった。
客席が俄にざわつくのがわかった。ヴィレアの半身は潰れていた。
すかさず人間の団員が現れ、持ち芸の腹話術でヴィレアの真似事をし、上手く事故をごまかしながらヴィレアを退場させた。
団員の後を追うと、腹話術の団員がヴィレアを蹴り飛ばしていた。
「ボロが、手間かけるんじゃねえよ!」
地面に転がっていたヴィレアは、バチバチと音を立てていた。
「がっ、がが、せ、ガガガガ……」
自分は咄嗟に動いた。
地面に転がったヴィレアに近付く。
「なんだ? メレン」
「ノームにヴィレアを見せましょう」
「無駄無駄。完全にぶっ壊れてるんだ、そいつは。もう捨てるしかねぇよ」
「ですが、まだ修理できるかもしれません」
「オートマタのくせに口答えするのか?」
「そうではありません。団長の許可もなく捨ててしまえば、貴方が咎められてしまうのではないでしょうか」
「好きにしろ!」
団員は吐き捨てるようにその場を立ち去った。
それを見届けるとすぐにヴィレアを抱え上げ、少年のところへと急いだ。
◆
「頭脳がやられてなければ大丈夫だと思う。そこに寝かせて」
少年はヴィレアの様子を見てしばらく固まったように動かなかったが、工具を取り出すとそう言った。
「そこのテスターを持ってきてくれる?」
「はい」
「そうしたら、予備バッテリーがあっちにあるから持ってきて。見た目より重いから気をつけるんだよ」
少年に言われるがままに、自分はヴィレアを直すための手伝いをした。
ヴィレアを直している間、昼間のライオン型の映像がずっと電子頭脳にちらついて離れなかった。
修理は明け方まで続いた。
自分は少年の傍について、ヴィレアがまた動き出すのを待ち続けていた。
「―了―」