28パルモ3

3399 【聖獣と死者】

ルビオナ王国の西方にある、城塞都市プロヴィデンス。

戦争が起きる以前はグランデレニア帝國とルビオナ連合王国の文化が行き交う、最大の交易都市であったという。

しかし戦争が起きてからは、帝國と連合王国の両者の間で激しい制圧戦が繰り返されていた。

膠着する戦いに痺れを切らせた帝國は、『死者を操る術』を用いて、プロヴィデンスを死者の国へと変えてしまった。

死者の軍勢を討伐する戦いにお前達の力が必要だと、道中、パルモはアスラから聞かされていた。

パルモ達は今、封鎖されたプロヴィデンスへ向かう街道からおよそ1リーグ離れた場所に陣地を形成していた。

ここを仮の拠点として部隊を展開し、プロヴィデンスを解放する作戦を開始するのだと聞いていた。

「スプラート、本当にいいの?」

夜営の準備をする最中、パルモはスプラートに尋ねた。

パルモがシルフと共に再び戦場に立つことを決めた時、スプラートも付いていくと言って聞かなかったのだった。

当然、パルモやシルフ、それにパルモの両親も反対したのだが、スプラートはパルモやシルフの傍を離れようとはしなかった。

根負けしたパルモとシルフが折れる形で、スプラートはこの部隊に参加することとなった。

「うん。早く戦争が終われば、それだけ早くアインを探しに行けるし」

「そう。でもこれだけは約束して。危なくなったらすぐに逃げるの。あなたにはやるべきことがあるのだから」

「パルモとシルフを置いては行けないよ!」

「この戦争は私達の世界の問題だもの。本当はすぐにでも――」

「ダメだよ! パルモたちにはすごく感謝してるんだ。それに、アインを探すのを手伝うって約束してくれたでしょう?」

スプラートに遮られるように言われてしまい、パルモはそれ以上何も言えなかった。

完全に陽も落ち、パルモ達がテントの一角で食事を摂っている時のことだった。

耳障りでけたたましい警報音が陣地に響き渡り、一気に周囲がざわめき始めた。

「ちょっと待っててね」

パルモ達と一緒に食事をしていた女性の兵士――アニスという名だ――が立ち上がり、テントの外へと様子を見に行った。

フォンデラート出身だというアニスは、兵士としての経験がないパルモ達へ上からの伝令を判りやすく伝えるために、パルモ達と行動を共にしていた。

「すぐに準備をして。死者達がすぐそこまで迫って来ている!」

アニスは緊迫した面持ちで戻ってくるとパルモ達にそう伝え、テントに置いていた自身の武装を手早く装備した。

「ごめんなさい。こういうことを言うのは辛いけど、今は聖獣と貴女が頼りなの。急いで!」

パルモはシルフと共に立ち上がった。ここで死者の軍勢を止めることが村を守ることに繋がることを、パルモは理解していた。

「死者の軍勢、来ます!」

「完全に燃やすか頭を壊せ! でなければ際限なく蘇るぞ!」

兵士達の伝令が飛び交う中、パルモとシルフは後方に控えていた。

「シルフ……。 わかってる、村を守らなきゃ」

シルフの目を見ると、シルフの決意が流れ込んできた。

「火を放て!」

隊長格の兵士の号令で、いくつもの火炎放射機から炎が放たれた。

原始的ではあるが、完全に燃やし尽くして灰にすれば、死者はそれ以上蘇らない。

パルモを含めたプロヴィデンス制圧部隊の全員に、携行できる大きさの火炎放射機が支給されていた。

「第一部隊、突破されました!」

「怯むな! ここを突破される訳にはいかん!」

兵士達の雄叫びと銃声、炎が噴射される音が前線から響く。

何とも言い難い腐臭と、それが焼かれる臭いがした。シルフは前方を真っ直ぐに見据えている。

「奴らがここまで来た! パルモ、気をつけて!」

アニスが武器を構えたまま近くに寄ってくる。

死者の呻き声がはっきりとパルモの耳に届く。死者達はすぐそこまで迫ってきていた。

「パルモ、武器の安全装置を解除して。構えて!」

「は、はい!」

アニスに言われるがまま、パルモは持たされた火炎放射機を構えた。

「来ます! 備えて!」

アニス達兵士の火炎放射機から炎が放たれる。だが、パルモは何もできずにただ立ち尽くしていた。

「パルモ! 怯むな! 殺されてしまう!」

「でも……」

アニスに怒鳴られるが、パルモは動けない。

「パルモ! 避けて!」

「きゃああ!」

誰かに突き飛ばされ、パルモは地面に転がった。

先程までパルモがいたところには、数体の死者が群がるようにしてやって来ていた。

「パルモ!!」

「スプラート!?」

目の前には、半分獣と化したスプラートとシルフがいた。

「だめ! 逃げて!」

「ここで逃げたら、パルモもシルフも死んじゃう!」

スプラートはそう言うと、シルフと視線を交し合った。

以前からこの二者の間で何かしらの会話が交わされている気はしていたが、それが確証に変わった。

シルフが臨戦態勢を取り、死者の軍勢を迎え撃つ。死者からの攻撃を受けてもシルフは全く意に介さずにその喉元を噛み千切り、頭を潰していた。

スプラートが獣の身体能力によって死者の動きを押し止め、シルフがそれに止めを刺す、といった連携をも見せた。

「すごい、あれが聖獣の力」

アニスが呟く声がパルモには聞こえた。

最後の死者が誰かの火によって焼却され、死者の軍団は退けられた。

この勝利は制圧部隊に希望をもたらした。火と聖獣、それが圧倒的な物量を誇る死者の軍勢を退ける有効な手段であるということが立証されたのである。

「二人とも、怪我はない?」

「このくらい平気さ。パルモは?」

「私も大丈夫。ごめんね、私、何もできなかった……」

シルフとスプラートの無事な姿を見て、パルモは涙した。

そっとその涙をシルフが拭う。

「ありがとう。シルフ、スプラート……」

夜が明けて、戦死者の葬儀が簡単に執り行われた。

悲しみに暮れる間もなく、日を置かずに制圧部隊は陣地を発った。

プロヴィデンスにあと300アルレというところで、再び死者の軍団と対峙することになった。

パルモも、今度こそシルフ達に遅れをとらないようにと、必死で死者を退けていった。

それでも、人を殺してしまっているという罪悪感から逃れることができず、パルモは泣きながら死者に炎を浴びせていた。

「ああっ!」

激化する戦いの最中、大量の死者によってパルモとシルフは引き離されてしまった。

死者に噛み付いて振り払うシルフだが、プロヴィデンスより際限なく出てくる死者達に取り囲まれてしまったのが、パルモから見て取れた。

パルモもスプラートと共にシルフを助け出そうとするが、死者達に阻まれてしまう。

「シルフ!!」

数が多すぎて、とてもではないがシルフの傍へ行くことができない。

このままシルフが死者の群れに殺されてしまったらどうしよう。そう考えると、気が気ではなかった。

「パルモ、危ない!」

あまりにもシルフに気を取られ過ぎて、パルモは自分に襲い掛かる死者への対応が疎かになっていた。

スプラートの声でそれに気付くが、時すでに遅く、死者がパルモの眼前に迫っていた。

その瞬間、死者の身体が炎に包まれる。

「ア、アスラ、さん?」

パルモの前には、東方の戦闘服に身を包んだアスラがいた。

プロヴィデンスの制圧部隊を指揮する立場にいるとは聞いていたが、最初の説明を受けてからは、ずっと姿を見ていなかった。

「少しは成長したようだな」

「どうして……」

「シルフを御せるのはお前だけだからな」

「そうだ、シルフ! アスラさん、シルフを助けて!」

「いいだろう」

そう言うと、アスラの姿は掻き消えた。

直後、シルフの周囲から先程と同じような火の手が上がるのが見えた。

リュカ大公の側近である彼の戦闘能力は凄まじかった。死者達は次々と火柱に包まれ、その動きを止めていった。

アスラの助力もあり、パルモとシルフは無事に合流することができた。

「ありがとうございます!」

「貴重な戦力を失う訳にはいかない」

変わらず冷たい目でパルモ達を見るアスラが言葉を発するのと同時に、プロヴィデンスを囲う城壁の辺りから地鳴りと共に大きな音が響いた。

身体をびくりと震わせるパルモに、シルフとスプラートが寄り添った。

「城壁の破壊が完了したようだな。プロヴィデンスへ入るぞ」

「は、はい!」

アスラの視線をパルモは追う。その先には、死霊の住処となって荒廃した都市が広がっていた。

「―了―」