47ルディア1

3389 【施設】

ミリガディアの首都ルーベスにある小さな食堂で、ルディアは一人で遅い夕食を取っていた。

出入り口がよく見える席に座り、常に周囲を警戒しながら食事を進めていた。

「ここにいたか」

「なんだ、ウェイザーか」

向かいから声を掛けてきた人物にはっとなって体を強張らせたが、その声が見知った人物のものであることがわかると、胸を撫で下ろした。

「メリーからここにいると聞いたんだ」

ウェイザーはミリガディアに渡る船に居合わせ、偶然にルディアとインクジターとの争いに関ってしまった人物だった。

ルディアは現在、ミリガディアの大聖堂で僧侶をしている彼の力添えで、大聖堂併設の養護院に身を寄せていた。

「ジ・アイの跡地と『施設』についての詳しい場所がわかった」

「何から何まで、悪いな」

ルディアは申し訳なさそうに溜め息をついた。

「これも何かの縁だ。できることは手伝いたい。それにジ・アイについては以前から興味があった」

「何かお礼をしないとな」

「それなら、僕は君がどうしてジ・アイとその施設にこだわるのか。それを聞きたい」

「そうか。そういえば話してなかったな。だけど、そんなのでいいのか?」

「是非とも聞きたい。それともう一つ、君の不思議な力についても」

僧侶という職業がそうさせるのか、ウェイザーの言葉には人を引き付ける力があるように感じられた。

この人になら話しても良いかもしれないと、ルディアは大きく息を吸い込むと、昔のことを言葉にし始めた。

数年前、まだ渦が世界を脅かしていた頃、私はバラク王国の領土にある広大な原生林の一角で生活をしていた。

エンジニアである父と母は、渦が生態系に与えた影響を調査する調査員だった。

「行ってくる。留守は頼んだぞ」

「うん。どこまでいくの?」

「サベッジランドにある施設に行く予定よ。一週間程度で戻るわ」

「わかった。いってらっしゃい」

そう言って、両親はいつものように出掛けていった。だけど、予定の一週間が過ぎても両親は戻ってこなかった。

私は丸い体に手の付いた生活サポート用オートマタのエクセラと共に、住居で両親の帰りを待った。でも、父からも母からも、何一つ連絡は来なかった。

「ドレッセル技官夫妻の定時報告が途絶えている。何が起きているのか報告せよ」

数日が経って、父の上司だと名乗るパンデモニウムの技官から通信が入った。

「父と母は施設に行くと言って雨月七日にここを発ちました。それ以降、こちらに連絡は来ていません」

「そうか」

「父と母が帰ってこなかったら、私はどうしたらいいのでしょうか?」

「それは私が決めることではない。統制局の指示を待て」

それっきり、パンデモニウムからの通信が入ることはなかった。

何度かこちらからの通信を試みたけれど、家にある通信コードではパンデモニウムにコンタクトを取ることはできなかった。故郷に見捨てられたと、その時は思った。

パンデモニウムに通信が取れないとわかった時点で、私は父と母の足取りを追うことにした。

母が出立する直前に言った『サベッジランドにある施設』、それだけが父と母の行方の手掛かりとなる唯一の言葉だった。

私はまず、父と母のコンソールを調べることにした。エクセラが持っていた緊急用の解除コードを使って、コンソール内部のデータを参照した。

調査の合間に、父と母から仕事のことなどに関係する勉学をしていたのが役に立った。

あまりに難しい専門的なデータは理解できなかったけど、調査報告書や類型データ程度であれば読むことができた。

「これかな? エクセラ、この場所がどの地域かわかる?」

何日も掛けてコンソールにある膨大なデータを探っていると、一つのデータ化された地図を発見した。

そのデータはヨーラス大陸全体の地図で、いくつかの地域にマーキングがされていた。

マーカーに残された記述の中に、『施設』とだけ記入されたものを見つけた。

「データ照合が完了しました。旧サベッジランド南部。現在はインペローダ領サラン州となっています。エマ様が仰っていた施設は、この場所で間違いないかと」

エクセラにはコミュニケーション用に高度なAIが備わっていて、適切な情報を拾ってくれる。

「ここに行けば、何かわかるかな?」

「判断できかねます。ですがトビアス様とエマ様がこの場所に向かったことは間違いないと思われます」

私は悩んだ。何度か両親の調査に同行したことがあり、そんなに大きくない魔物程度ならば、追い返すくらいのことはできた。

だけどそれは、両親がいて装備が充実したクリッパーに乗っていての話だ。

渦が発生し続ける大陸を、自分の判断で危険かそうでないかを判断しながら進むことなどできるのだろうか。だけど、悩んだところで両親は帰ってこないだろう。

「エクセラ、父さんたちを探しに行こうと思う」

「それは危険です。施設の近くにはジ・アイがあります。ルディア様お一人でそこに辿り着ける確率は……」

「凄く大変だろうし、もしかしたら途中で引き返しちゃうかもしれない。だけど、ここでずっと帰りを待ってることもできない」

「――承知しました。旅の支度をしましょう」

「ありがとう」

私は旅支度を整えると、エクセラと共にサベッジランドへ向けて旅立った。

エクセラとポータブルデバイスに地図データを入れ、まずはバラク王国にある大きな町へ向かうことにした。

目的の『施設』がある場所は、自分の足だけで進むにはとても遠かった。

私達には馬車なりなんなりの、徒歩以外の移動手段が必要だった。

便利なクリッパーや機械に頼れない道中は、人里離れた原生林の住居からバラク王国の町に向かうだけでも大変だった。

慣れない徒歩、慣れない野宿。エクセラの補助が無かったら、一週間と経たずに投げ出して住居に帰っていたかも知れない。

だけど、本当の問題はそこじゃなかった。

町の形が見えてきたかこないかの地点に辿り着いた時に、私は大型の魔物と遭遇してしまった。

そいつは爬虫類めいた形をした、二足歩行の大きな魔物だった。人と同じように武器を持って、私達に襲いかかってきたんだ。

「ルディア様、危険です」

「わかってる。どこかに隠れる場所は……」

「周辺にはありません」

焦ってはいけない。焦りは更なる危険を呼ぶ。父さんが調査のときに繰り返し言っていたことだった。

父さんが以前作ってくれた、高周波ブレードの柄を握りしめる。

「戦うしかない」

「危険です。逃げましょう」

「隠れる場所も無いんだ。町に逃げ込めたとしても障壁があるかわからない。エクセラ、他に魔物は?」

「この爬虫類型一体のみです」

それを聞いた私は、高周波ブレードを構えた。

身体は震えていたし、緊張やら恐怖やらで吐き気さえ催していた。だけど、それでも目の前の魔物を倒さない限り、先に進むことはできない。

ここで運良くこいつから逃げることができても、旅を続けていればこんな魔物に遭遇することは珍しくないだろう。遅かれ早かれ凶暴な魔物に立ち向かわなきゃならない。それくらいは未熟な私でもわかっていた。

魔物は棒のような武器を私に振り下ろした。私は咄嗟にその場を離れた。

魔物の武器が地面に大きな穴を穿った。動きは鈍重だけど、その巨体に相応しい力はある。一発でも攻撃を食らえば、私は死んでしまうと思った。

父さんと母さんを探すためにも、ここで怖じ気付いてはいけなかった。

魔物の武器がもう一度私に向かって振り下ろされる。地面にめり込んだ武器を引き抜くその隙を狙って、私は無防備な魔物の股下に潜り込もうとする。

だけど、魔物は私を踏み潰そうと足を思い切り上げた。

「ルディア様、伏せてください」

エクセラの声が聞こえた。エクセラの指示通りに伏せると、エクセラがテイザー銃を発射した。

魔物の腕に電磁ワイヤーが突き刺さり、電撃が流れるのが見えた。痺れている魔物をブレードで切り付け、股下を潜り抜ける。足を切り付けられた魔物はバランスを失い、後ろ向きに倒れ込んだ。

すかさず、倒れた魔物の眉間に高周波ブレードを突き立てる。振動により、固い鱗と頭蓋骨に覆われた頭部でも、容易に貫くことができた。

魔物の断末魔が周囲に響き渡る。ビリビリと鼓膜を揺さぶる咆哮に構わず、ブレードを引き抜いてもう一度別の場所に突き立てて、もがく魔物から遠ざかった。

魔物は暫くの間大きな痙攣を繰り返していたが、やがて動かなくなった。

「や、やった……。やったよ、エクセラ!」

「お怪我はありませんか、ルディア様」

「大丈夫。ありがとう」

動かなくなった魔物を見て、私は地面にへたり込んだ。腰が抜けたという表現の方が正しかったかもしれない。

間もなく、町の方から武器を携えた大人達がやって来た。町に近い所だったから、異変に気付いて様子を見に来たようだった。

「大丈夫か!?」

「おい、でかい魔物が死んでるぞ!」

「君がこいつを?」

「凄いな!」

呆けたようにへたり込んだ私を、町の人達が色々と言いながら助け起こしてくれた。

少しずつ虚脱状態から抜けるにつれて、嬉しさが込み上げてきた。

大きな魔物を倒したことで自信が付いたんだろうな。これから先の旅も、エクセラと一緒ならなんとかやっていけると思ったんだ。

そう、ジ・アイが消滅して、インクジター達が私を追うようになるまでは。

「―了―」