49メリー1

—- 【夢路】

優しい光が降り注ぐテラス。そこではメリーと隣国の王子であり婚約者であるヴィルヘルムが、午後のひと時を過ごしていた。

「ハーブ園の視察はいかがでしたか?」

「よく育っていたよ」

「ああ、楽しみ。貴方の国のハーブで入れるお茶は、とても優しい味がしますから」

メリーは、小国ながら資源と自然が豊かな国の姫だった。威厳ある父王と優しい母、頼もしい女騎士であるルディアと共に、平和に暮らしていた。

しかしある時、北の大国が豊かな自然と鉱山欲しさに、王女であるメリーとの婚姻を求めてきた。

縁深い隣国の王子であるヴィルヘルムとの婚姻が決まっていたこともあり、メリーの父がそれを拒否したことから平和は崩れ始める。

資源を合法的に奪うことができないのであれば滅ぼしてしまえ。そう考えた大国の侵略を受けてしまったのだった。

国のシンボルであった瀟洒な城は、大国の軍隊によって瞬く間に炎に包まれた。

王と王妃は北の国に囚われてしまった。メリーはお付きの騎士であるルディアと共に、運よく逃れることができた。

逃げ延びた先で、メリーはルディアに問う。

「ルディア、私は国を救いたい。何か方法はないかしら?」

「まずは隣国に助けを求めましょう。ヴィルヘルム様ならきっとお力添えをしてくれるかと」

「でも、あの方たちを巻き込むわけには……」

「姫様。北の国は恐ろしい国です。我々の国を攻めただけで終わるとは思えません。隣国にも北の国の恐ろしさを知らせる必要があります」

ルディアに説得されたメリーは、隣国へ逃れるとヴィルヘルムに助けを求めた。

北の国の横暴に心を痛めていた隣国の王は、メリーから事情を聞くと、二人に食事と寝所を提供した。そして一つの道をメリーに示した。

「聖なる山に世界の理を知る賢者が住んでいる。だが、彼の者の力を借りるには姫自身が試練を乗り越えねばならないでしょう」

「国を救うためなら何でもできます。ルディアと共に聖なる山に向かいます」

メリーはルディアと隣国一腕が立つという仮面の騎士を伴い、聖なる山に出発した。

仮面の騎士は寡黙だった。メリーやルディアの会話に口を挟むことなく、ただ前を守るようにして進んでいた。

程なくして騎士の正体は明らかになった。道中で出くわした魔物の一撃で、騎士の仮面が飛ばされてしまったのだ。

「ヴィルヘルム様!?」

仮面の騎士の正体はヴィルヘルムだった。

ヴィルヘルムは手にした剣で魔物を打ち倒すと、悪戯がばれた子供のようにばつが悪そうな顔でメリーに向き合った。

「旅が終わるまで隠しておくつもりだったんだけどね」

「なぜ? 王様が心配なさいます。早くご帰還くださいませ」

「将来の伴侶を放っておけないからね。父の承諾は得ているよ」

困惑するメリーの頭をヴィルヘルムが優しく撫でる。そんな二人の様子を、ルディアはニコニコと笑って見守っていた。

メリーは、ヴィルヘルム、ルディアと共に聖なる山を登っていった。

道中には賢者が人を遠ざけるために仕掛けた罠があったり魔物に襲われたりもしたが、三人で力を合わせて乗り越えていった。

「小国の姫、よくぞここまで辿り着いた。試練を乗り越えたお主に知恵を授けよう」

聖なる山に住む賢者は、少年と青年の間のような年頃に見える男だった。

「賢者よ、北の国から私たちの国を救う知恵をお貸しください」

「北の国は悪魔に支配された国。悪魔を倒すには東の海の神殿に眠る秘宝の力が必要だ」

「秘宝?」

「神殿に眠る秘宝には世界を正しく方向に導く力があるという。そして秘宝を手にすることができるのは、強い思いを持つ者に限られる」

賢者は大昔の文献に書かれていることを伝えた。

「秘宝を手に入れる道程は困難を極める。それでも行くか?」

「はい。私は国を、父と母を救いたいのです。賢者ギュスターヴ、知恵をお貸しいただきありがとうございました」

「吾も共に行こう。世界を導く秘宝と世界を導く姫を、この目で見届けたい」

賢者は杖を取り立ち上がった。こうして、国を救う旅に稀代の賢者ギュスターヴが加わった。

ギュスターヴの魔術と知恵は困難を乗り越える助けとなった。東の海の底にある神殿に入るのにも、ギュスターヴの知恵が役にたった。

秘宝を守るための罠や仕掛けを解除し、ついに神殿の奥深くに安置されていた秘宝に辿り着いた。

強い光で神殿の内部を照らしていたのは、複雑な多面体で構成された秘宝だった。

「姫よ、秘宝を手にするがいい。お主にはその資格がある」

メリーが手を伸ばすと、秘宝はメリーの手におさまった。

「これが秘宝……」

秘宝はメリーの手の中で淡い光を放っていた。

「おお。吾にもよく見せてくれ」

「ええ」

メリーはギュスターヴに秘宝を見せるべく、その手を差し出した。

「これこそ、吾が長い間求めていた秘宝。真に世界を動かす力をもつ、世界の要」

秘宝を手にしたギュスターヴは、突如高らかに嗤った。

「全ては吾の手の内よ。では、用済みの姫には消えてもらうとしようか」

ギュスターヴの杖が怪しく輝くと、一筋の閃光がメリーに向かって放たれた。

「姫様!」

メリーはルディアに突き飛ばされる。ルディアはメリーに代わってギュスターヴの術を受けた。

「ルディア!」

「ギュスターヴ! 賢者である貴方がなぜ!?」

「賢者などと言われていたのは昔の話よ。この秘宝を手に入れるために、吾は長い年月を費やした」

「我々を騙したというのか!?」

ヴィルヘルムが剣でギュスターヴに斬り掛かるも、秘宝の力で弾かれてしまう。

「姫様……」

「ルディア、そんな……死なないで」

「どうか……いき……」

「雑魚が、煩いぞ」

再びギュスターヴの杖が光る。ルディアはそのまま物言わぬ灰と化した。

呆然となるメリー達を一瞥すると、ギュスターヴは黒い光の矢となって北の国の方角へと飛び去っていった。

悲しみに暮れるメリーとヴィルヘルムは、ルディアの最後の言葉を胸にして北の国へと向かった。

北の国は邪な秘宝の光に包まれており、あらゆる生物は死に絶え、魔物が闊歩する地獄のような場所となっていた。

メリーとヴィルヘルムは暗闇の中心へ急ぐ。そこは北の国王の居城だった。

玉座にはギュスターヴがいた。秘宝を手に持ち、魔物とも人ともつかない配下を従えていた。

「ふん、吾を追ってここまでやって来るとは、ご苦労なことだ」

「北の王はどうした!?」

「最初から北の王など居りはせんよ。居たとすれば、それは吾の分身だ」

ギュスターヴは配下を下がらせ、自らメリー達の前に立つ。

ヴィルヘルムが剣を抜いた。白銀の剣は、すでに何体もの魔物の血でくすんでいた。

「秘宝をどうするつもりだ」

「お主らに言ったところで、理解など得られる筈もなかろう。吾は無駄なことはしない主義でな」

「貴様!」

ヴィルヘルムがギュスターヴに向かって剣を振り抜いた。

ギュスターヴの杖が剣を受けると、そのままヴィルヘルムに向かって魔術を仕掛ける。

距離を取ろうとするギュスターヴ、肉薄するヴィルヘルム。ヴィルヘルムの攻撃の手が緩むことはなかった。

ついにヴィルヘルムの剣がギュスターヴの手から秘宝を弾く。メリーは急いで転がり落ちた秘宝を拾い上げた。

しかしそれと同時に、ギュスターヴの魔術がヴィルヘルムの腹部を貫いた。

「メリー……」

「あぁ……そんな……ヴィルヘルム!」

ヴィルヘルムは秘宝を手にしたメリーを見つめて微笑むと、そのまま絶命した。

ヴィルヘルムの亡骸を抱きかかえたメリーは、静かに涙を流した。

「小賢しい真似をしてくれる。小娘、秘宝を吾に渡せ」

メリーは答えない。痺れを切らせたギュスターヴがメリーに向けて杖を振るう。

ギュスターヴの魔術がメリーを襲うが、秘宝の力がギュスターヴの術を寄せ付けなかった。

「……許さない」

メリーの冷たい声が、王座の間に響く。

メリーは強く祈った。秘宝はメリーの思いに感応し、赤黒い光を放ち始めた。

「ギュスターヴ様、ここは危険です」

配下の言葉はギュスターヴに届かなかった。

「これが秘宝……吾の望みを真に叶える鍵」

秘宝の光に魅入られたギュスターヴ。その目には赤黒く光る秘宝しか映っていなかった。

「全部、なくなってしまえ!」

メリーの目から涙がこぼれた。涙が秘宝を濡らしたその時、メリーを中心に赤黒い闇が世界を覆い尽くした。

一つの世界が終わりを告げた。人も、動物も、無機物も。闇は全てを飲み込んだ。

「この世界も違ったようですね」

何もない空虚な場所で、桃色の衣装を身に纏った幼いメリーは、溜息と共に呟いた。

目の前には淡く輝く多面体の結晶が浮かんでいる。

手をかざすと結晶はゆっくりと回転を始め、面ごとに様々な世界を映し出す。

「お兄さん……」

メリーの呟きに呼応するように、結晶体は煌めいていた。

「―了―」