39ブラウ2

2835 【主人】

サーカスに到着すると、オウランが出迎えてくれました。

オウランはやって来たオートマタ達を一列に並べます。

オートマタ達は長い間メンテナンスもされずに酷使されていたため、まずノームの検査を受けることになっています。

「帰ったか、ブラウ。よくがんばったな」

「ただいま戻りました。皆様を救うためですから、当然のことをしただけですよ」

「そうか。あの方もお喜びになるだろう」

「ええ。早くご主人様にもご報告しなければ」

「そうだな。ここはオレとヴィレアでやっておく。早く行くといい」

「ありがとうございます」

オウランに一礼すると、リノに「また後で」と告げました。

サーカス団の主であり、僕の本来のご主人様を探しに行きます。

「お帰り、ブラウ」

「お疲れ様、ブラウ」

テントの外ではルートやメレンが自分の仕事をこなしていました。サーカスの施設内を全て見ましたが、ご主人様は見つかりませんでした。

気が付くと、すっかり日が落ちていました。

夜のサーカスでは、集められたオートマタ達が思い思いにくつろいでいました。

ノームの検査を終えて、みんなの顔色が心なしか変わったように見えました。

「ここはとても良いところだね」

「誰にも命令されないで過ごせるって、素敵なことなのね」

「ブラウ、ありがとう。とても清々しい気分だよ」

彼らがかつての境遇から救われたことに安堵した僕は、もう一度ご主人様を探しにテントの外へと出ました。

「ブラウ、お帰り。どうしたんだい?」

ご主人様の部屋に行こうとすると、ノームに声を掛けられました。

「ご主人様を探しています。仕事の報告をしなければ……」

「そう。でも団長はもう寝ているよ、邪魔をしないほうがいい」

「ですが、次の命令をいただかないといけません」

そう言うとノームは少し沈黙しました。その沈黙に、僕は得体の知れない不安を覚えます。

「……朝になれば会えるから大丈夫だよ。さ、ブラウもメンテナンスをしよう」

ノームは僕の腕を引いて、別のテントへと連れて行きました。

作業台に横になると、シルフが僕の匂いを嗅ぎに上ってきます。

「ダメだよシルフ。ごめんね、ブラウ」

「いえ……。 あの、朝になったら本当にご主人様に会えますか?」

「ブラウは心配性だね。メンテナンス中は電源を落とすから、朝なんてすぐにやって来るよ」

「そうですか。それなら良いのですが」

「うん。大丈夫だよ、何も心配いらないからね」

僕達に不思議な力を授けてくれたからでしょうか、ノームの声は不思議と落ち着きます。

「さあ、目を閉じて。お休み、ブラウ」

シャットダウンの瞬間、ノームの顔にノイズが混じったように見えました。

ノイズが消えると同時に意識が遠のきます。以前は感じられなかった心地の良い静寂が僕を包みます。

「おやすみなさいませ……ご、しゅじ……さ……」

目を覚ますと、もう朝でした。

朝の光がテントに差し込み、埃っぽいテントの中を僅かに明るくしていました。

「朝になれば会える」

ノームの言葉を思い出した僕は、起き上がってテントの外へと出ました。

僕はまず、ご主人様の部屋へと向かいました。

ご主人様の部屋はサーカス団のテントの中でも一番大きく、豪華に作られています。

僕がいない間は別のオートマタによって清掃がされていたのでしょうか。部屋の中は僕が最後に清掃を行ったときと同じくらい清潔に保たれています。

ご主人様は部屋にいらっしゃいませんでしたが、ベッドにはご主人様が寝ていた跡がありました。

サイドテーブルの上に置かれている小さな自動人形付き置き時計が止まっていました。またノームに修理を頼まなければいけませんね。

僕はベッドのシーツと毛布を綺麗に整えると、ご主人様の部屋を後にしました。

倉庫となっているテントに赴くと、ルートが倉庫の掃除をしていました。

「おはよう、ブラウ」

「おはようございます、ルート。ご主人様を知りませんか?」

「~~様なら、お前が連れてきたオートマタを見ているよ。あっちのテントにいるはずだ」

不意に、ルートの声にノイズが混じります。何故か僕の耳は、ご主人様のお名前を正確に聞き取ることができませんでした。

「……あの、ご主人様のお名前をもう一度言っていただけませんか?」

僕の言葉にルートは怪訝な顔をしました。

僕達を導いてくれる尊いご主人様の名前が聞こえないなど、あってはならないことです。ルートの表情は当然でしょう。

「どうした? 我々のご主人様は~~様、だろう。調子が悪いのなら、一度ちゃんとしたメンテナンスを受けた方がいい」

やはりご主人様のお名前の部分にだけノイズが混じります。どうして僕にはご主人様のお名前が聞こえないのでしょう。

「そうですね……。失礼します」

倉庫を後にすると、ルートが教えてくれたテントへと向かいます。

テントでは何体ものオートマタが修理の順番を待っていました。奥の方ではノームがリノのメンテナンスをしています。

「ノーム、少しよろしいでしょうか」

「うん? どうしたの?」

ノームは手を止めてこちらを振り向きます。その一瞬の間ですが、ノームの顔にノイズが混じったように見えました。

「ご主人様を知りませんか? こちらにいると伺ったのですが」

昨日と同じようにノームは沈黙しました。その沈黙が、僕にはとても長く、そして恐ろしいものに感じられました。

「……団長ならさっき森を散策してくると言って出掛けたよ。夕方には戻ると思う」

「そうですか」

「ああそうだ。夕方、団長が戻る前にここにおいで」

「……わかりました」

ノームの言葉に疑問を感じましたが、逆らうような気にはなりませんでした。

彼の言うことを聞かなくてはいけない。そうご主人様から命令を受けていたような気がしたからです。

ノームのテントを後にした僕は、周辺の森を歩くことにしました。

どこかでご主人様に出会えるかもしれない。そんな僅かな希望を抱いて、僕は森を歩き回りました。

段々と空が橙色に染まっていきます。夕暮れが近いのでしょう。

「ブラウ、こんなところで何をしているのですか?」

「ご主人様を探しています。メレンはご主人様が何処に行かれたか知りませんか?」

森を歩いていると、機械の洗浄に必要な水を運んでいるメレンに出会いました。

メレンも僕の質問に怪訝な顔をしています。

「~~様は、サーカスから出ていない筈です。サーカスの中は探しましたか?」

やはりご主人様のお名前にはノイズが混じり、上手く聞き取ることができませんでした。

「はい。でも――」

その後の言葉が出てきませんでした。ノームがご主人様が森を散策しておられると教えてくれた、と、そう言おうとしただけなのに。

「ブラウ、大丈夫ですか?」

「大丈夫……です……」

「もう戻りなさい。~~様はサーカスのどこかにいらっしゃる筈ですよ」

「わかり……ました……」

言葉を上手く紡ぐことができなくなった僕を見たメレンは、悲しい表情で僕をサーカスへと送り返しました。

僕は再び、ノームのテントを訪れました。

あれだけいたオートマタ達の姿は、一体も見えません。

「お帰り、ブラウ。団長は見つかったかい?」

「いいえ」

「残念だね。でも大丈夫、もうすぐ会えるから。さあ、目を閉じて」

ノームに言われるがまま、僕は目を閉じました。すると、急に意識が落ちるような感覚が襲ってきます。

「ノー……ム……なに……を」

すぐに意識は浮上しました。ノームに何をされたのか問い質そうと口を開きましたが、言葉は上手く出てきませんでした。

「ブラウ、よくやったね」

突然、ご主人様が僕に声を掛けて下さいました。そして、ご主人様は労わるように僕の頭を撫でてくれました。

ご主人様が笑うのが見えました。でも、その笑みは僕の知るご主人様のものではないような気がします。

僕の胸に小さな疑問が浮かびました。ご主人様はこんなにお若い声でいらっしゃったでしょうか。このように僕に笑いかけて下さった事があったでしょうか。

「ああ、ご主人様」

ですが、頭を撫でられる程、さっきまで感じていた不安や恐怖が遠のき、歓喜の気持ちが僕を支配します。

この方が僕のご主人様であることは確かなのかもしれません。

「でも、すぐに君を売らなければならない。どういう意味か、賢い君ならわかるね?」

「はい、ご主人様」

「いい子だ、ブラウ。成功を祈っているよ」

ご主人様の笑みを見届けると、僕は再び意識を失いました。

気が付くと、僕はまた競売に掛けられていました。

さあ、新しいご主人様、僕を買ってください。僕はその見返りとして、たくさんのオートマタを救ってみせましょう。

「―了―」