—- 【まほう】
とあるおく深い国の、これまた田舎にある小さな町バンマタウン。
その町はずれに、まあるくて大きな家がありました。
朝の光が差しこむその家の部屋に、ネネムはそっと入っていきます。
ベッドにはこの家の主である魔女イヴリンが、小さなね息を立てながらねむっていました。
「せんせい、おきてください。あさですよぉ」
「あら……もうそんな時間なのね……。おはよう、ネネム」
イヴリンは少女のすがたをしていますが、実はもう千年以上の時を生きる、とてもえらくてよい魔女なのです。
ネネムはそんな魔女イヴリンの弟子として、それと、お手伝いさんとしていそがしくくらしていました。
「今日はだれが来るの?」
まだ少しねぼけた様子のイヴリンがネネムにたずねます。
「もうすぐグライバッハさまがおみえになるよていですぅ」
ネネムはコルクボードにはられたメモを読み、イヴリンに伝えました。
人とはちょっとちがう時間の流れを生きる魔女には、人間の弟子が欠かせません。
「そう……。おふろに入らないとね。準備をお願い」
「はぁい」
イヴリンの家には、毎日のように人がおとずれてきます。
それはこの国の王様であったり、お金持ちの貴族であったり、はたまた重い病に苦しむ人の家族であったりと様々です。
「ネネム、お使いに行ってきてちょうだい」
イヴリンの言葉に、ネネムは目をかがやかせます。
ネネムにとって、イヴリンのお使いはぼうけんの始まりの合図なのでした。
◆
「うふふふふ。 楽しいショーの始まりよ」
誰かの呟きが、闇に溶け消えていきました。
◆
「いってきまーす!」
ネネムはおとものよう精であるC.C.といっしょにお使いに出かけました。
今回のお使いは、北方にある山にさく『七色にかがやく花』をかごいっぱいに取ってくること。
だけど、北の山に向かう道にはきけんがいっぱいです。
山に住むイジワルな丘丘人や、大きくてこわい植物がじゃまをします。
「ケケッ、七色の花はオレッちのもんだ! ここは通さないよーん」
「なーに言ってるのよ! 花はあんただけのものじゃないでしょ!」
「C.C.、ちょうはつにのっちゃだめ!」
イジワルな丘丘人は、きみょうにおどりながらネネムたちを魔法でこうげきしてきます。
「もー! せいれいさん、おねがい!」
ネネムも負けじと、お友達の精れいといっしょに丘丘人と戦います。
「ギャーッ! 何をする!」
「わたしだってやるんだから!」
丘丘人の頭からけむりがあがります。C.C.が小さなてっぽうをもって得意げにしていました。
「わたしの科学力をみたか! なーんてね」
C.C.はよう精の中でもひときわ頭がよく、とても強い武器をたくさん持っているのでした。
イジワルな丘丘人にも負けず、ネネムはおとものC.C.と共に『七色にかがやく花』をとって帰ることができました。
◆
「ありがとう、ネネム。よくがんばったわね」
「えへへ」
イヴリンに頭をなでられ、ネネムははにかみます。
ネネムにとって、えらい魔女であるイヴリンにほめられることはこの上ないよろこびでした。
◆
ネネムはイヴリンの弟子として、そして助手として、かいがいしく働きます。
ある日、一人の少女がイヴリンの元をおとずれてきました。
「帰りなさい。ここにあなたの望むものなんてないわ」
ですが、イヴリンはその少女を一目みると、おこって大きな声を出しました。
「そんなことないわ。わたしがほしいのはあなたなの」
「出て行きなさい。わたしたちに関わらないと約束していたはずよ」
「おとなしく言うことを聞くわけないでしょう」
少女はそう言って指を鳴らします。すると、イヴリンはその場で気絶してしまいました。
少女は大きな力を持ちながらも、それを悪いことにしか使わない魔女だったのです。
「せんせい!」
「あなたの大事な魔女はもらっていくわ。あはははははははは」
そうして、悪い魔女はイヴリンをどこかへと連れ去っていきました。
「おいかけなきゃ!」
ネネムは必死で悪い魔女のあとを追いかけていきました。
◆
「C.C.! たいへんなの! せんせいをたすけにいかなきゃ」
ネネムはC.C.の力を借りようと、C.C.をよび出します。
ですが、いつまでたってもC.C.が現れる気配はありません。
よびかけにこたえないC.C.のことは気になりましたが、早くイヴリンを助けなければいけません。ネネムは、ひとりで悪い魔女を追いかけることにしました。
魔女を追いかけることは、つらいことの連続でした。魔女の手下が休むことなくじゃまをしてくるのです。
イジワルな丘丘人も、悪い魔女の手先となって立ちはだかりました。
◆
「魔女様に逆らう者には手かげんしない」
体の半分が機械でできた少女が、うでから魔法を打ち出します。
「せんせいをたすけるまで、ぜったいにあきらめないんだから!」
ネネムは機械の少女のはげしいこうげきにもめげずに、精れいをよび出して戦いました。
「くっ、ここまでか……」
「せんせい、どうかぶじでいてください」
いのるような気持ちで、ネネムは道を進んでいきます。
◆
星がきれいにまたたく夜に、ようやくネネムは悪い魔女のおしろにたどり着くことができました。
「ようこそ、わたしのおしろへ」
悪い魔女の後ろにあるひつぎに、イヴリンが横たえられています。
「せんせいは!? せんせいはぶじなの!?」
「あはははは、どうかしら?」
悪い魔女は大げさな動作で笑いました。
「せんせい!」
ネネムがイヴリンに近づきます。ですがその時、イヴリンの身体はノイズと共にサイコロのような形となって空中に消えてしまいました。
「ほんもののせんせいをどこにかくしたの!?」
ネネムは精れいをよび出し、悪い魔女に魔法を放とうとします。
ですが、精れいも魔法も、すべてサイコロ状になって消えてしまいました。
「やだ、まだこの世界が現実だって信じてるの? あははははは、おっかしい!」
悪い魔女は笑い続けます。
「どういうこと!?」
「この遊びはもうおしまい。ママ、今度はどんな遊びにしよっか? もっと面白いものがいいわ」
「なんでわたしをママってよぶの? あなたはなんなの!?」
「さあ? ところでママは、自分が何者かわかっているの?」
「なにをいっているの?」
「虚構と現実の区別がついているのか、ってことよ」
◆
悪い魔女が指を鳴らすと、魔女の城がイヴリンや精霊と同じように、サイコロ状に形を変えて空中に溶解した。
「なに……これ……」
さっきまで魔女の城の外は星が瞬く夜だったが、今は只、何も無い漆黒の空間が拡がっている。
「これがママの見るべき現実よ。でも安心して、すぐに楽しい世界に連れて行ってあげるから」
「わたしは、このけしきをどこかで……」
薄れゆく意識の中、ネネムは魔女の甲高い笑い声を聞き続けていた。
「次はどんなショーにしようかしら? 楽しみだわ。ねぇ、ママ」
「―了―」