3376年 【光明】
「これより最終ブリーフィングを開始する」
作戦会議室にはA中隊に所属する全ての隊員と、他の中隊の隊長格が集まっていた。
エンジニアの用意した大型のモニターには渦周辺の様子が映し出されている。
「これが今回の作戦で攻略する渦の全容だ。規模はBクラス、敵性生物の脅威度はC。場所はレジメント施設から東へ300リーグ。旧オーネ山の麓となる」
A中隊付きのエンジニアであるラッカが、渦の説明を開始する。
世界で初めての渦を消滅させる作戦が開始される。その先陣を切るのはミリアン達A中隊だ。
作戦概要を聞いていたミリアンは自然と威儀を正した。それは他の隊員達も同様だった。
レジメントの隊員は、この日のために幾度とないブリーフィングと訓練を重ねてきた。今回の作戦が成功を収めれば、自分達がやっていることの正しさが証明され、世界を渦の脅威から救う光明が見える。
それを思えばこその緊張だった。
◆
「どうした、緊張してるのか?」
ブリーフィングが終了した後、ヘルムホルツに肩を叩かれた。
「俺のセリフだろう、それは。お前こそ筋肉が震えてるぞ」
「馬鹿を言うな。こりゃ武者震いだ」
ヘルムホルツは戯けたように肩を竦めた。緊張の中にあってもいつも通りの態度が取れるこの男は、隊の中では貴重な存在である。
「まあいいさ。これが成功すれば俺達のやってきたことが徒労でないと証明できる」
「相変わらず真面目だな」
「かもしれん。さあ、もうすぐ作戦開始だ」
「ああ。頼りにしてるぜ、ミリアン」
◆
ミリアン達は新型のコルベットで、旧オーネ山へと近付いた。
新型コルベットが四機、コアを回収するための装備を乗せたアーセナルキャリアが一機という編成だった。
◆
渦が近づいてくる。
「突入するぞ!」
通信が入り、ミルグラムの声が聞こえた。
ミリアン達は身構える。渦へは調査作戦では何度も行ったが、戦闘が主目的で突入するのは今回が初めてである。
渦への突入と同時に、ミリアンは一瞬だけ船酔いのような気持ち悪さに襲われる。
「作戦展開位置への到達を確認、降下します」
操縦席のダニエルからの合図と共に、コルベットとアーセナルキャリアが降下する。
そこは風が強く吹き、灰色の砂が支配する不毛の砂漠だった。
幸いにも日光になるものは出ておらず、熱で体力を奪われることは無さそうである。
コルベットから隊員達が降りると、ミルグラムが最終指示を出す。
A中隊全員が同一の行動を執るのは、ここまでであった。
「A3、A4小隊は予定通りここでコルベットの護衛を頼む。我々の帰還予定は四時間から五時間後だ」
ミルグラムはA中隊全員の顔を見回している。極度の緊張に置かれていないかを確認するためだ。
「異界では通信に制限がある。我々の帰還が予定時間を超過した場合は全滅したとみなし、速やかにここを脱出せよ」
ミルグラムの言葉に隊員達の表情が強張る。頭では理解しているものの、やはり緊張下で聞く言葉は重みが違う。
「では、出発するぞ!」
男達の雄叫びが異界に響き渡った。
ミリアンはA2小隊の小隊長としてアーセナルキャリアを護衛しながら、渦の中心であるケイオシウムコアのある場所へと向かっていった。
◆
「70アルレ先に反応。コアと敵性生物です!」
A1小隊の索敵担当からアーセナルキャリアに通信が入る。ミリアン達はライフルの安全装置を外して身構える。A1小隊は斥候として先行しており、ミリアン達A2小隊の200アルレ程先を進んでいる。
渦を消滅させるために必要な工程は、全てアーセナルキャリアが握っている。
ミリアン達A2小隊の任務は、コア周辺の敵性生物やコア生物と呼ばれる魔物を狩り、アーセナルキャリアがコアを回収するまで護衛することだ。
さほど経たぬ内に魔物の悲鳴が聞こえてくる。
「三時の方角に敵性生物の反応を確認!」
「迎撃しろ、こちらに近付けさせるな!」
敵性生物がアーセナルキャリアに向かって突進してくるのが見えた。距離を測って合図を出す。三時方向にいる隊員達が一斉にアサルトライフルを掃射する。
何とか第一陣を退けたが、間髪を入れずに第二陣が襲ってくる。
「撃て! 一匹も逃すな!」
ミリアンもアサルトライフルで応戦する。ここでアーセナルキャリアが行動不能になれば、全てが無に終わる。
負傷者を出しながらも、どうにかして敵性生物を掃討した。
あとはA1小隊と合流し、コアを回収するだけだった。
◆
A1小隊は、既にコアを守る敵性生物と交戦中であった。
「接敵! 斉射!」
「ベゴーニャが負傷! 衛生兵!」
隊員達の声が飛び交う中、ミリアン達A2小隊はライフルでA1小隊を援護する。
「A2小隊到着しました!」
ミリアンはミルグラムに駆け寄り、状況を報告する。
「アーセナルキャリアは?」
「上空の安全が確認できたので、50アルレ上空で待機しています」
「わかった。コアはすでに確保している。あとはここの敵性生物を掃討するだけだ」
「了解しました!」
どれくらい戦ったのだろうか。感覚が麻痺するほどの激戦であった。ライフルの弾は尽きかけ、セプターのエネルギー残量もあと僅かであった。
「コアの回収を確認。撤退するぞ!」
ミルグラムから合図が出された。ミリアンは額に浮いた汗を拭いながら周囲を確認する。そこには敵性生物の死体しかなかった。だが、こちらの負傷者も数え切れない。
それでも、コアを回収したという達成感がそこにあった。
「退路を確保した! この先には敵性生物の反応なし!」
「油断するなよ。必ず敵性生物が襲ってくると思え!」
ミルグラムの指示にはっとする。帰還途中に敵性生物に襲われないとは限らない。コルベットに残したA3、A4小隊も心配であった。
もしコルベットが破壊されていれば現世界への帰還は不可能になる。最後まで油断は禁物であった。
◆
負傷者を庇いながら作戦展開位置まで戻ると、負傷したA3、A4小隊の面々がほっとしたような表情で出迎えた。
「お前達、随分とボロボロだな。何があった?」
「お前らが行って暫くしたら、狼みたいな姿の敵性生物が大群で襲ってきやがった」
「まあ全部掃討したがな。この通り、コルベットは無事だ。死者も出ていない」
A3小隊の指揮を執っていたヘルムホルツとブルベイカーの報告を受ける。
やはり、敵性生物は我々が『招かれざる客』であることを本能的に察知しているようだった。
「コルベットに搭乗しろ! 帰還するぞ!」
◆
帰りのコルベットの中では、行きと違って、皆疲れてはいるがどこか晴れやかな表情で外を眺めていた。
結節点《ノード》を通り、見慣れた現世界の大地が姿を現した。渦は最後尾のコルベットが現世界に姿を現したと同時に、揺らめきながら消えていった。
「やった……」
ミリアンは小さく呟いた。力の入らなかった拳に力が戻ってきたような気がした。
コルベット内のあちこちから感極まったような声が聞こえ、ついには大歓声となった。
ふと、ミリアンは家族の顔を思い出した。妻と子供が遠くから満面の笑みで手を振っている、そんな錯覚に囚われていた。
◆
コルベットが施設に帰還すると、A中隊の面々はスターリング自らの出迎えを受けた。今回の渦の消滅に成功したことは、既に施設内に知れ渡っているようだった。
検疫を受けた後、A中隊には酒と食事が振る舞われた。最初の作戦を成功裏に収めたことを祝して、ささやかながらの宴が催されたのだった。
◆
「なあ、ミリアン。お前、どうしてこの連隊に入ろうと思ったんだ」
ヘルムホルツが酒の勢いで聞いてきた。
「何だ? 改めて。そういうお前はどうなんだ?」
「俺か? 俺は新しい刺激が欲しかったんだ。ただの傭兵をやってるだけじゃ飽きちまってよ」
そう答えるヘルムホルツの目は遠くを見ていた。この男も何か他人には言えない事情を抱えているのかもしれない。
「ほら、次はお前の番だ」
「俺は家族のため、だな」
「家族か」
「あぁ……」
それ以上は答えることができなかった。家族がどうなったかについて、今は語りたくなかった。
連隊に来る前は故郷のみんなを守るために渦の魔物と戦っていた。その時から家族のことは意図的に考えないようにしていた。だが渦の消滅に成功した今、やっと家族のことを振り返ることができた。優しかった妻、生きていれば幼児期に入る子供、渦によって壊されたささやかな幸せ。
渦の消滅という確固たる事象が、どうすることもできなかった無力感を癒していくような気さえしていた。
「これで家族に対して胸を張れそうだ」
「そうだな。渦を消滅させることができた」
もう、あの時のような徒労感に苛まれることはない。
ミリアンはそう強く感じていた。
「―了―」